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話題の遺伝子検査、これでは何もわからない 医者が受けて感じたこと

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
実際の筆者の遺伝子検査結果(HealthData Labの結果を一部抜粋)

2014年に大手IT企業のDeNAとYahoo!がスタートした遺伝子検査。このサービスは、爆発的にではありませんが広まってきています。遺伝子検査と言っても馴染みのない人が多いでしょうし、筆者も今回検査を受けるまではどんなものかあまりイメージがつきませんでした。

そこで、本記事ではまず実際に筆者が検査を受けてみて感じたことを述べ、受けた2社(DeNAのMYCODE、Yahoo!のHealthData Lab)の結果についてお話しします。

本記事の内容は以下の通りです。

・実際に検査を受けた結果

・筆者の結果

・なぜこれほど結果が異なるのか

・医学界は警鐘を鳴らす

実際に検査を受けた結果

私が実際に受けた検査は、MYCODE(DeNAライフサイエンス)、HealthData Lab(Yahoo!ヘルスケア)の2社の遺伝子検査です。どちらともインターネット上で申し込みが出来ます。実はもう1社検査を受けたのですが、病気に関する結果が少ないなど想定と異なる結果となったため、今回の記事では割愛します。

両社の比較
両社の比較

2社の検査の価格、結果が出るまでにかかる時間、そして結果はwebで見るのか紙で送られてくるのかを表にまとめました。

これを見ると値段はほぼ同じ、かかる日数もだいたい同じであることがわかります。

では、実際にどのような手順で検査を行ったか、MYCODEを例に説明しましょう。

まとめると、

申し込み→キットが送られてくる→サイトで会員登録・同意書にサイン・だ液を取る→ポストへ

です。

オンラインでクレジットカードによる支払いをすると、3、4日ですぐにこのようなキットが送られてきました。

送られてきた検査キット(MYCODE)
送られてきた検査キット(MYCODE)

まずは専用サイトにアクセスし、会員登録をしたら検査コードと呼ばれる数字を入力します。そして電話番号、住所を登録。次に、同封されていた紙の同意書に手書きで住所・氏名・生年月日を書き、研究への利用に同意のチェックボックスにチェックをします。次に、説明書に従って、数mlのだ液をこのような専用の容器に取ります。

画像

MYCODEの方はレモンが描かれたカードが同封されていたので、おかげ様で簡単にだ液を出せました。あとは封筒に同意書と取っただ液を入れ、普通のポストに投函しておしまいです。全部でかかった時間は20分ほど。もう一方の会社、HealthData Labもほぼ同様の手順でした。

ここで「検査には血液ではなくてだ液で良いのか?」という疑問が浮かびますが、だ液には本人の白血球が多く含まれており、遺伝子を調べるためには問題がないそうです。白血球は普通、血管の中の血液に存在しますが、だ液にも含まれるんだそうです。筆者も初めて知りました。これは、いちいち採血などは必要なく自宅で簡単に取れるので楽ですね。

筆者の遺伝子検査の結果

1、Yahooが提供するHealthData Lab

検査を出したことを忘れた頃に「ゲノム解析が完了しました。」とEメールが来て、さっそくサイトにアクセスします。しかし結果はまだ見ることが出来ません。合計250問の質問に、40分かけて答えました。

その後、やっと見る事が出来るようになった自分の遺伝子検査の結果。ページを開くと、「筆者がかかるリスクの高い病気ランキング」が出ていました。筆者の最もかかるリスクの高い病気は「真性過眠症(かみんしょう)」です。このように表示されます。

筆者の遺伝子検査結果(HealthData Lab)より
筆者の遺伝子検査結果(HealthData Lab)より

少しこの病気を解説しますと、「過眠症」とは、日中に急に眠くなってしまい、会議で発表中だったり運転中という寝てはいけない場面でも寝てしまうもの。詳しい定義は、

日中に過剰な眠気または実際に眠り込むことが毎日の様に繰り返して見られる状態で、少なくとも1ケ月間は持続し、そのため社会生活または職業的機能が妨げられ、あるいは自らが苦痛であると感じるもの

出典:日本睡眠学会ホームページ

です。

筆者は医師ですが、正直なところ「真性過眠症」は初めて聞いた病名で、調べたところ詳細は不明ですがかかる人は人口の0.1%未満のようです。この病気になる危険性が他の人より高いと言われても、なにも出来ません。うーむ、これを知ってもどうしようもないのでは、と思ってしまいます。

また、他にハイリスクの病気の中に「C型肝炎」という、感染しなければ絶対にかからない病気の名前もありました。「C型肝炎」のような感染症は、遺伝よりはるかに環境による要素が大きいので、この検査結果から外すべきでしょう。また、他のハイリスクの病気の中には「シリカ誘発性塵肺症」「円錐角膜」など医師であってもピンとこない病名も入ります。

そして筆者が一番気になっていたがんについては、いくつかの種類のがんが他の日本人と比べて高いリスクであると表示されました。また、ある消化器のがん(「Aがん」とします)は日本人平均との比較で0.97倍という結果でした。この数字、後で次のMYCODEの結果も示します。

2、DeNAが提供するMYCODE

先ほどのHealthData Labと同様にEメールが来て、さっそくサイトにアクセスします。前もって登録しておいた会員番号とパスワードを入力し、結果を見ました。このように、かかるリスクが高い順にランキング表示されます。

筆者の遺伝子検査結果(MYCODE)
筆者の遺伝子検査結果(MYCODE)

この結果の中で、筆者はある種の白血病になるリスクが日本人平均の約2倍と出ました。驚いて少し調べましたが、そもそもこの病気は100万人に数人という極めてまれな病気です。ですから、この病気を発症するリスクが2倍であってもやはり極めて低い可能性(0.00001%未満)ですし、予防のために何か出来ることも皆無です。その意味で、この結果を知る意味は乏しいでしょう。

知りたい「がん」のリスクには2社で真逆の結果のものも

そして、他にもいくつかの「がん」にかかるリスクが高いと示されました。しかし、先ほどのHealthData Labの検査でリスクが0.97倍であった「Aがん」は、こちらのMYCODEでは1.51倍という結果でした。この「Aがん」は日本人に多い順で上から5番に入るような、とても頻度の高いものです。ですから是非知りたかったのですが、なんと両社で全く反対の結果となってしまいました。実際の結果の画像をお示しします。

これがHealthData Labの結果で、

HealthData Labの結果
HealthData Labの結果

こちらがMYCODEの結果です。

MYCODEの結果
MYCODEの結果

また、他の「Bがん」はHealthData Labでは1.34倍、MYCODEでは0.96倍という、やはり逆の結果が出ました。

なぜこれほど結果が異なるのか

なぜこの2社で結果が異なったのか。せめてリスクが1.5倍と1.2倍など、どちらもリスクが高い(あるいは低い)のあれば納得がいくのですが、今回の結果では0.97倍と1.51倍、つまり、HealthData Labでは「日本人平均よりリスクが低い」、MYCODEでは「日本人平均よりリスクが高い」という結果です。

このような結果になってしまった理由として、筆者は「リスクの高低を決めるための、根拠となる論文の選び方が異なるため」と考えています。結果が異なったこの「がん」の根拠の論文として、HealthData Labは3本、MYCODEは6本の論文を掲載しています(結果のページではそれらを参照することができます)。そのうち1本のみは同じ論文でしたが、後のものは全て違う論文でした。

そのため、筆者の遺伝子を検査した結果が全く異なってしまったのだと考えられます。となると知りたいのは「どんなルールで論文を選んでいるのか」ということになりますが、残念ながら論文の選択方法までは記載されていませんでしたので、各社のルールは不明です。

医学界は警鐘を鳴らす

この市販の遺伝子検査について、医師などからなる日本医学会からは懸念の声が上がっています。その懸念を筆者の言葉でまとめると、

1、検査の質は大丈夫なのか

2、医療の専門家ではない人による、医療の提供は危険ではないか

3、ビジネスと結びついていることの弊害はないか

となります(1)。以下、筆者の考えも含めて説明します。

なおここで一つ補足ですが、今回紹介している市販の遺伝子検査は、病院で行っている遺伝子検査とは全く別のものです。病院の遺伝子検査は「病気の診断」や「薬が効くかどうか」、さらには「遺伝する病気かどうか」などの目的でがんなどに関連して行っているものがほとんどです。

1、検査の質は大丈夫なのか

検査の質について、現在日本には評価や認証のルールが、業界内で作った独自の認定機構以外は存在しないので、実際に検査の質が保証されているかどうかを客観的に把握することは困難です。事実、筆者が受けた検査でも2社で全く正反対の結果が出ており、検査の質が高いとは言えません。また、検査の質について日本医師会が

実際には、医療行為として行われるべき遺伝学的検査と紛らわしいものも存在し、その適切な規制の必要性が議論されています。医療である、ないに関わらず、遺伝子の情報を明らかにする場合には、検査の一連の過程が正しく実施されていなければなりません。

出典:かかりつけ医として知っておきたい 遺伝子検査、遺伝学的検査 Q&A 2016

と強く警鐘を鳴らしています。

2、医療の専門家ではない人による、医療の提供は危険ではないか

遺伝子検査が「医療の提供」かどうかが判断の分かれるところです。が、どちらであっても、ただでさえ信ぴょう性の低い検査を行い、ネットで検査結果を伝えるだけで対面による結果説明などがない以上、検査というものの体をなしていないと筆者は考えます。病院における検査は、基本的にすべての検査結果が患者さんに伝えられ、質問などに専門家たる医師が答えるという体制をとっています。米国でもこのことが政府機関から指摘された結果、同様の検査業者は撤退し現在では皆無となっています(2)。

日本医学会が出した答申にも同様の意見がありました。引用します。

医療では臨床遺伝専門職が対面で時間をかけ十分な説明を行う体制ができている。しかし、非医療の分野においては、ただでさえ検査項目の多くが医療分野で実施されているものに比してまだ発展途上であり、(中略)臨床遺伝の専門職との対面で時間をかけた遺伝カウンセリングの提供はなされていない。

出典:第XIV次生命倫理懇談会答申 遺伝子診断・遺伝子治療の課題を提示―生命倫理の立場から p.24

3、ビジネスと結びついていることの弊害はないか

例えばMYCODEの筆者の遺伝子検査結果で、「とあるがんのリスクが平均より高かった」というのページを見ていると、結果の途中に人間ドックの広告がありました。また、さらに見進めていくと「MYCODE生活改善プログラム」というものの紹介があります。検査結果のさらなる説明や生活のアドバイス、そして1対1の50分の面談で2,980円とありました。面談は誰がどのように行うのかも不明ですし、その面談者がどれほど秘密を守ってくれるのかもわかりません。このように「不安をあおることで消費者ニーズを掘り起こし、人間ドックや有料面談などで回収する」という手法にははなはだ疑問です。そもそも、がんの人間ドック利用の有用性は示されていません。

これでは、まるで病院で医師ががん患者に対して「あなたは見た感じ私の経験では、がんになる可能性が高い。しかし私の開発したこの薬を飲めばがんにならずに済む」と言っているようなものです。本当かどうかわからない検査結果をもとにして、しかも医学的、科学的根拠のない方法を薦めているのですから。

日本人類遺伝学会から、「遺伝子検査は、そのすべてのプロセスにおいて医師などの専門家が関与すべき」とする「懸念表明」が2012年にすでに出されていました。

1. 一般市民を対象とした遺伝子検査においては、その依頼から結果解釈までのプロセスに、学術団体等で遺伝医学あるいは当該疾患の専門家として認定された医師等(臨床遺伝専門医等)が関与すべきである。

2. 不適切な遺伝子検査の実施によって消費者が不利益を受けないように、関係者は、関連する科学者コミュニティと連携を図り、ヒトゲノム・遺伝子解析研究の最新の進行状況についての情報を得るとともに、遺伝子解析の意義、有用性、およびその限界に関する科学的な検証を継続的に行うべきである。

出典:拡がる遺伝子検査市場への重大な懸念表明 (会見資料) 日本人類遺伝学会ホームページ

遺伝子検査の将来

以上、筆者が受けた遺伝子検査の結果と、それについての考えを述べました。

遺伝子検査は今後、2つの道が考えられます。

一つは、厚生労働省などにより規制され、ビジネスとしての検査が消滅する道。

もう一つは、このまま少しずつ顧客数を増やし、その結果データが増えて検査の精度が増し、その情報で検査会社が更に手を広げる道です。

どちらにしても、「遺伝子」情報による医療の前進は確実であり筆者も大いに期待するところです。そしてその成果を世界中でいま競い合っているところでもあります。過度な規制はせず、しかし消費者の安全は担保するような方向にしていただきたいものです。

なお、遺伝子検査の規制当局と考えられる厚生労働省のタスクフォースでは、「検査やその結果の質は、一定の水準を確保する必要があるが、企業の参画も重要である。検査の質や遺伝カウンセリングへのアクセスの確保などについて、学術団体・有識者等の参画を得る必要がある。また、国民のゲノムリテラシーの醸成も重要である」とまとめています(3)。

筆者の結論

検査を受けてみて感じたこと。それは残念ながら現状では「遺伝子検査はたいしてアテにならない」ということです。

言い換えれば、例えば「自分は家系に肺がんになった人が多いが、遺伝子検査で自分がどれ位肺がんになる危険があるか」という問いには、遺伝子検査は満足に答えられないということです。また、筆者はこの検査を受ける前、遺伝子検査で自分という人間の大まかな病気の傾向を把握するのに役立つかと思っていましたが、それも出来ませんでした。

ただ、筆者の検査結果という一例のみの結果で「遺伝子検査は無意味」と判断することもまた、危険です。本来ならば100人〜200人ほどが2社の検査を行い、その食い違いを見出してデータを解析すべきです。

参考までに、筆者は自分の知り合いの医師4人(外科医、健康不安のない20歳代〜30歳代)にアンケートを行いました。筆者の検査結果と検査方法や費用を説明した上で「この検査を受けたいですか?」と質問したところ、4人中3人が「無料なら受けてもいい」、1人が「5,000円なら受けてもいい」という回答でした。

しかしこの結論の一方で、筆者は「遺伝子検査による予防医学の発展」を夢見ます。いつの日か、「自分は遺伝子検査によると大腸がんの危険性が人の10倍あるから毎年検査を受けよう」とか、極端な話では「自分は70歳くらいまでしか生きられないようだから、早めにやりたいことをやっておこう」などという日が来ることを願っています。

※本記事の主張は現時点(2016年11月)のものです。学問の進歩は日進月歩であり、近い将来にはまた状況は変わってくるかもしれません。

※遺伝子検査には「肌のタイプ」や「性格診断」などいくつかの種類がありますが、本記事では「病気や体質などの健康についての遺伝子検査」に限定したお話をしています。

※本記事はYahoo!ニュース個人編集部から取材費として遺伝子検査費を負担していただき、また所定の原稿料を受領し執筆しています。が、内容についての干渉はYahoo!からは受けていません。

※検査会社の選定は筆者が独自に行っています。記事中の2社を選んだ理由は、早くから遺伝子検査のサービスを開始し、もっともシェアが大きいと考えたからです。

(参考)

(1)日本医学会「第XIV次生命倫理懇談会答申」(2016.5)

http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20160608_3.pdf

(2) (4)の答申からの引用です。

米国では食品医薬品局(Food and Drug Administration;FDA)が、この手法では業者ごとに独自に選択する多型の箇所、選択数、統計解析方法等により、同じ表現型にも関わらず生み出される予測評価結果にばらつきの大きい点に疑問を呈したこと、そのような信頼度の低いものを検査ビジネスと称して提供するにも関わらず、遺伝カウンセリングなどのface to face でしっかり顧客の疑問や混乱に対応できる提供体制を整えている業者はほとんどいなかった点等を指摘したことで、業者の撤退が相次ぎ、現在ではこの類の検査商品を販売する業者は皆無になった。

出典:日本医学会「第XIV次生命倫理懇談会答申」p.22-23 (2016.5)

(3)「ゲノム医療等の実現・発展のための具体的方策について(意見とりまとめ)」ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース(厚生労働省ホームページ)

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000140440.pdf

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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