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強制入院ができる精神科「指定医」の試験、コピペで不正取得89人の衝撃

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
人のレポートをコピーして国家資格を取得する医者が100人近くもいたとは・・・(写真:アフロ)

とんでもないニュースが舞い込んで来ました。

精神科医のみが取得できる「精神保健指定医」(以下「指定医」)という国家資格の不正取得が相次いでいたというニュースです。簡単に言えば、診察した患者さん8人分の詳細をレポートにして提出するのですが、そのレポートをコピー&ペーストしていたとのこと。それを実際にやってしまった精神科医と、その上司で指導に当たっていた精神科医の計89人が一斉に「指定医」資格を取り消されたのです。これについて、筆者は医師としての立場から解説し意見を述べ、さらに「指定医」の資格を持つ精神科の医師にインタビューを行いました。

<精神保健指定医>90人以上、医業停止へ 資格不正で処分

資格の不正取得は15年に聖マリアンナ医科大病院(川崎市)で発覚。他の医師が診察してまとめた症例リポートを使い回して審査を受けていた医師と、それを見逃した指導医計23人が取り消された。その後、厚労省が全国調査を実施し、指定医49人、指導医40人の不正が発覚。16年10月に資格取り消し処分を決めた。

出典:毎日新聞2016/12/31

ことの発端は昨年10月、聖マリアンナ医大で

実は昨年10月にすでに本件はニュースになっていました。神奈川県の聖マリアンナ医大で、23人もの精神科医がレポートの使い回しやその見逃しとして「指定医」を取り消されたのです。聖マリアンナ医大のホームページには40人の精神科医が掲載されていますから、実に半分以上の医師が不正に取得していたということになります。これは、組織的なやり方であったと言われてもおかしくありません。

それを機に、厚生労働省が全国の「指定医」のレポートを調べたところ、大量のコピー&ペーストがあることがわかり、89人もの資格が剥奪されたのです。さらには「行政処分」と言って、「医師免許を3ヶ月停止」という運転免許の免停のようなものも検討している、ということが12月に報じられました。

「指定医」は人権を奪うことが出来る資格

この、「指定医」とは一体どんな資格なのでしょうか。「指定医」は、例えば「刃物を持って、訳のわからないことを叫んで暴れている」と通報された人が警察に拘束され、精神疾患を疑われて精神科の病院に連れてこられた場合に、「精神疾患である」ことを理由に強制的に入院をさせ、行動を制限(=カギ付きの部屋に入れる)させることが出来ます。いわば人権を一時的に奪う権利を持っているということです。

これは結構とんでもない権利ですので、そんな行為をするための条件はきちんと法律で定められています。その条件とは、「その人が精神障害のために自らを傷つけたり他人に害を及ぼす可能性がある」ことと、そのことを「指定医二人以上が診察し一致する」ことが必要なのです。ここで「指定医」が出てくるのですね(詳細は下記※1)。

強制的に入院をさせられる、とはされる方からしてみれば行動の自由を奪われる訳ですから、一時的とはいえ人権を奪われることに他なりません。ですからこの判断は大変重く、慎重である必要があります。

どうやったら「指定医」になれる?

「指定医」は、国が決めた資格です。ただ医者であるというだけでは「指定医」にはなれません。これも法律(※2)で決められています。これを取るためには5年以上医師として働き、そのうち3年以上は精神科の医師として精神疾患患者さんの診療にあたり、さらにレポートを提出する必要があります。精神科の医師に聞くと、このレポートが大変だそうです。筆者は外科医ですが、研修医のころ精神科で一ヶ月研修したことがあります。その時も「指定医の症例の患者さんの診療経験足りてる?」などと精神科医のあいだで会話になっていました。このレポートは、精神疾患であればなんでも良い訳ではなく、統合失調症1例、感情障害1例などと細かく定められています。実物はこのような物です。

実際のレポート
実際のレポート

試験を受け「指定医」の資格を持っている精神科医に、一体どんな試験なのか、匿名を条件に聞いてみました。すると、「精神保健指定医レポートはいわゆる『てにをは』から法律の文言まで一つもミスは許されず、極めて正確な記載が求められるという認識でした。ですから上級医のみならず複数名の熟練の指導医による何重ものチェックを行い、文章を磨きに磨きあげ洗練された形で提出するものでした。」というコメントでした。

「指定医」の試験、少し簡単すぎるのでは?

筆者は外科を専門とする医師ですが、まず「試験が無いこと」に驚きました。というのは、医師が取る資格にはたいていもっとややこしい試験があるからです。そこで参考までに、筆者が取得した「専門医」の資格試験がどんなものかお話ししましょう。

外科には「指定医」のような資格はなく、代わりに「専門医」という資格があります。これは国家資格でも何でもなく、ただの学会が決めた資格です。それでも、筆者の専門である「消化器外科専門医」の試験は、その前段階である「外科専門医」を取ってから3年以上を修練し、450件以上の手術経験(その中でも低難度・中難度の手術執刀50例ずつ・高難度の手術参加50例)、論文3本を含む6回以上の学会発表に加え、幅広い分野からのかなり難しいマークシート式試験があります。合格率は毎年約75%です。

「指定医」のような国家が指定した、しかもかなりの権限を持つ資格であるならば、もう少し認定は難しくした方が良いのではと感じます。

もちろんある一定数の「指定医」が全国に満遍なく存在する必要はわかりますが、今回の件を見るにその認定もずさんと言わざるを得ません。なお、本件に関し、厚生労働省は特に誰も責任を取っていません。

これについて精神科医に意見を伺うと、「あくまでもレポートによる資格であり、その人の臨床能力はほとんど反映しないような試験体系」であり、「指定医の合否が必ずしもその医師の能力を反映しないものである」という実感があるとのことでした。つまり、「指定医にストレートで合格しなくてもこれからの日本を代表するような優秀な精神科医がいる」とのこと。なるほど、指定医の試験については現場の精神科医も問題意識を持っているようです。

人権を守る最後の砦はやはり「指定医」

わざわざ筆者が専門外の精神医療に関する本記事を書いたのには、わけがあります。

それは、精神医療に携わる者こそが精神障害者の人権を守る最後の砦であると考えているからです。中でも医師、そして「指定医」は強権を有するからこそ、それに見合う強い人権意識と倫理観、そして高度な知識と技術を持つべきです。なのに、それを認定する試験はレポート8人分で、さらにはコピー&ペーストしていたというこのニュースに筆者は大変驚きました。

業界には強い反省と改善を求め、学会も他人事のような声明を出すのではなく、厚生労働省と連携し新しい制度構築に携わることを強く求めます。

100年ほど前、日本では私宅監置(したくかんち)といい、精神障害者を家の一角などに事実上の監禁をしていました。それから精神病院への移行があり、ついに近代的なものとしてできたこの「指定医」のシステムという歴史的な流れがあったのです。

「指定医」の試験には更なる改善が必要である、とし、筆者の提言といたします。

(※1)

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和二十五年五月一日法律第百二十三号)より引用

(都道府県知事による入院措置)

第二十九条  都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。

2  前項の場合において都道府県知事がその者を入院させるには、その指定する二人以上の指定医の診察を経て、その者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めることについて、各指定医の診察の結果が一致した場合でなければならない。

(※2)

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和二十五年五月一日法律第百二十三号)より引用

第四章第一節

第十八条  厚生労働大臣は、その申請に基づき、次に該当する医師のうち第十九条の四に規定する職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められる者を、精神保健指定医(以下「指定医」という。)に指定する。

一  五年以上診断又は治療に従事した経験を有すること。

二  三年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有すること。

三  厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること。

四  厚生労働大臣の登録を受けた者が厚生労働省令で定めるところにより行う研修(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること。

2  厚生労働大臣は、前項の規定にかかわらず、第十九条の二第一項又は第二項の規定により指定医の指定を取り消された後五年を経過していない者その他指定医として著しく不適当と認められる者については、前項の指定をしないことができる。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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