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「武蔵丸が五郎丸」を実現させた、川崎フロンターレの「もうひと手間」

二宮寿朗スポーツライター
始球式に登場した武蔵川親方は「五郎丸ポーズ」を披露(写真は川崎フロンターレ提供)

武蔵丸が、五郎丸。

4月2日、川崎フロンターレの本拠地、等々力競技場では鹿島アントラーズ戦を前に始球式が行なわれていた。

万雷の拍手を受けて登場したのが、背番号「6340」(むさしまる)の特注ユニホームを着た元横綱・武蔵丸の武蔵川親方。メインスタンドの前であいさつの言葉を述べてから、のしのしとゴールのほうへと向かっていた。

ペナルティーマークに置かれたボールのもとまで一度足を進ませ、一歩、二歩と下がる。

こ、これは!?

両手の人差し指をピタリと合わせて、拝むように大きな体を前に屈めての「五郎丸ポーズ」にスタンドがどっと沸く。ポーズを解くと、愛嬌たっぷりの顔を戻して真剣モード。アメフト仕込みのキックを披露してゴールに叩きこんだ。

この様子を伝えた報道写真は「ヤフー」のトップページで掲載されたため、きっと多くの人が目にしたはずである。

川崎フロンターレのイベントは、アッと驚く企画を仕掛けることで知られる。

スタジアム横のイベント広場「フロンパーク」で動物と触れ合える「牧場」を設けたり、試合のハーフタイムに陸上トラックを利用してスーパーフォーミュラカーが爆音をとどろかせて走ったり、試合前日に天体観測と防災体験をセットに「スタジアムお泊りツアー」を展開してみたりと、挙げるとキリがない。

大相撲とのコラボレーションは2009年から。川崎市にある春日山部屋の協力を仰ぎ「イッツァスモウワールド」と題し、定期的にイベントを行なってきた。2年ぶりの実施となった昨年は振分親方(元小結・高見盛)と春日山親方の始球式を行ない、フロンパークでは力士がGK役となる「どすこいPK対決」から始まり、「大銀杏の実演」「まげ結い体験」「キッズ相撲対決」「力餅販売」とてんこ盛りの企画で来場者を喜ばせた。

今回の「イッツァスモウワールド」は13日に等々力アリーナで開催される大相撲の春巡業「川崎ふるさと場所」をPRする目的もあったようだ。武蔵川親方を招き、「親方と握手会」「どすこいPK対決」「相撲文字教室」などが行なわれている。

しかし春巡業のPRがあったとはいえ、武蔵川親方に「五郎丸ポーズ」をやらせてしまうとは……。どうやって実現にこぎつけたのだろうか。企画担当者の高尾真人氏(川崎フロンターレ プロモーション部集客プロモーショングループ)に話を聞いた。

――武蔵川親方にいつ「五郎丸ポーズ」をやってほしいと打診したのですか?

「せっかく武蔵川親方に来ていただいているので、何か盛り上がることはないだろうか、と。僕とは別の担当スタッフがそのアイデアを考えつきまして、当日に親方とコミュニケーションを取っていくなかで、打診というか、そういうこともやっていただくと盛り上がるのかなと持ちかけてみまして」

――当日! 始球式なので普通に蹴ってもらうだけでもいいと思うのですが、そんな無茶ぶりをよく親方がOKしましたね。

「親方は昔、アメフトをやられていたので『芝生が好きだ』と仰っていましたし……」

――これはイケると思ったわけですね。

「いやいや(否定)。『やるかどうかは分からないよ』ということでした。でも蹴る前にちょっと間を置かれたじゃないですか。わっ、やっていただけるんだ、と我々スタッフも感激しました。親方には感謝しています!」

単なる始球式で終わらないあたりが、フロンターレらしいと言える。

実はこの日、ファンサービスで大胆な試みを展開している。「イッツァスモウワールド」の一環として試合直前のメンバー発表を行司の木村光之助さんが務めたのだ(フロンターレのメンバーのみ)。

いつものアナウンスなら「ゴールキーパー、チョン・ソンリョン」と紹介するところを「守護神 チョン・ソンリョン 大韓民国出身 川崎部屋」と相撲調で始まって、ベンチメンバーまで含めて18人。ディフェンダーは「守備」、ミッドフィルダーは「中盤」、フォワードは「攻撃」。オチは風間八宏監督。「親方、風間八宏、静岡県出身、川崎部屋」とのアナウンスにスタンドからは笑いと、拍手が起こった。

何故この企画が大胆なのかと言うと、選手やスタンドがいよいよ試合に入っていくぞというときに、エンターテイメント性が強く出てしまうと批判や反発も予想されるからである。

これは「まさにチャレンジでした」と高尾氏は言う。

「もちろん、ふざけてやっているわけではありません。あくまでユーモアの範囲内だと考えてのこと。(スタンドから)どんな反応が出てくるのかドキドキでしたが、我々としては受け入れていただけたのではないかなと思っています」

企画の根底には試合以外のところでも来場者を楽しませたい、驚かせたいという彼らのサービス精神が働いている。いいと思った企画にはひと手間、ふた手間かけていく姿勢。「イッツァスモウワールド」が名物企画となってファンに認知されてきたとの手応えがあったからこそ、今回は「行司さんの相撲調アナウンス」まで踏み込んだのだろう。決してファンに押しつけはせず、もし批判的な反応が大きいということであれば、次回からは違う路線の企画を進めるに違いない。

フロンターレはJリーグスタジアム観戦者調査の「地域貢献度」で2010年から5年連続で1位を獲得。昨年、市民22万人万分の署名でメインスタンドが改修され、観客動員数をグンと伸ばしている。

驚きの企画を次々と打ち出してきた天野春果サッカー事業部プロモーション事業部長兼広報グループ長は、その原点について以前このように語っていた。

「やっぱり(クラブは)競技力だけじゃない存在意義を持たなきゃいけないって思っています。川崎市は都心にあって、地域で人間関係を築くのも簡単じゃない。フロンターレがイベントを考えるときに大切にしているのが、話題性、地域性、社会性です。スタジアムを有効活用しながらそれらを大事にすることで、地域のつながりに少しでも貢献できればいい。そして、とにかくみんなの笑顔を見たい、ハッピーになってもらいたい、スポーツの可能性を引き出したいというのが根幹にはあります」

協力してくれた相撲界への御礼として、等々力アリーナの「川崎ふるさと場所」ではJリーグ3年連続得点王の大久保嘉人が横綱に川崎の名産品を贈呈するという。フロンターレオリジナルのまわし姿で登場するとか。

武蔵丸に五郎丸ポーズをさせ、大久保にまわしを巻かせる。

ファンサービスとは何か、地域密着、地域貢献とは何か。

川崎フロンターレの企画から考えさせられることは非常に多い。

スポーツライター

1972年、愛媛県出身。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、2006年に退社。文藝春秋社「Sports Graphic Number」編集部を経て独立。著書に「岡田武史というリーダー」(ベスト新書)「闘争人~松田直樹物語」「松田直樹を忘れない」(ともに三栄書房)「サッカー日本代表勝つ準備」(共著、実業之日本社)「中村俊輔サッカー覚書」(共著、文藝春秋)「鉄人の思考法」(集英社)「ベイスターズ再建録」(双葉社)がある。近著に「我がマリノスに優るあらめや 横浜F・マリノス30年の物語」。スポーツメディア「SPOAL」(スポール)編集長。

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