マリノスの正GKからレッズの控えGKへ。榎本哲也「あり得ない移籍」の理由。

ベテランGK榎本哲也は2016年シーズン、レギュラーとしてチームの堅守を支えた(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

普通なら、あり得ない移籍である。

横浜F・マリノスの正GKが、浦和レッズの控えGKへ。しかも小学1年から下部組織に所属して以降27年間にわたって横浜一筋で在籍したベテランが、である。

1月7日に発表されたリリースには榎本のコメントが記されていた。

「F・マリノスでユニフォームを脱ぐことが、自分の夢であり、家族の願いでしたが、プロのサッカー選手としてやり切り、やり尽くしてから引退したいという思いからF・マリノスを離れるという決断をしました」

横浜でやり切りたかった、やり尽くしたかった。だがその「夢」「願い」を、かなえることはできなかった。

フロントの体制が変わった昨年の春。

シーズン当初はサブGKでリーグ戦の出場がなく、2016年シーズン限りで契約が切れる榎本にはクラブから契約非更改の見通しであることを伝えられていた。無論、ショックはあったがレギュラーの座を取り戻せてもいない。「ならば悔いのないようにやろう」と前を向いた。

33歳になった彼は己の力で風向きを変えようとした。

正GKを務めていた飯倉大樹が5月14日の鹿島アントラーズ戦で負傷したため後半から出場。以降はシーズン最後までレギュラーの座を守っている。今季のリーグ戦は23試合に出場して23失点と安定。J1通算でも238試合(21207分)240失点で1試合の防御率「1.018」は史上2位であり、一時は夢の0点台に迫った。

10月に入って榎本はフロントから呼ばれた。彼は期待した。契約更新を勝ち取ることができたんじゃないか、と。

しかし横浜の提示は、意外なものであった。

それは、来年の単年契約とコーチ兼任。

「あなたはいいプレーをしています」と頑張りを評価されたとはいえ、「コーチ兼任」とは一体どういうことなのか。GKとして高みを目指し、レギュラーを勝ち取ってきた自負がある。その状況で今、引退を考えろ、というのか。いくら頑張っても、来季限りで選手契約は更新しないということなのか。

期待していただけに、失望が広がった。

あのとき彼は言っていた。

「正直、選手兼コーチってなんだよって思いましたよ。会社はそう思ってないかもしれないけど、兼任ということは来季の構想に入っていないのとほぼイコールだなと受け取りました。だってコーチという役回りなら勝負しようにも、勝負できないじゃないですか。この条件でのめないなら出ていってもらって構わないって、そんなメッセージなのかなって」

「まだまだやれる」と自信を深めているのに、引退など考えられるわけがなかった。

その後、浦和レッズからの獲得オファーが届くことになる。

浦和は高く評価してくれていた。何より自分がこだわってきたものをしっかり見てくれていたことが嬉しかった。

彼は言った。

「僕は背の高いGKではないし、サイズが評価基準になっている今、レッズは僕の細かい技術を評価してくれました。弾くところやキャッチするところの判断、ポジショニング、攻撃時の立ち位置……普通のことを普通にやっているその技術のところを評価してくれました」

ミハイロ・ペトロヴィッチ監督も、直接会って話をしたいと言ってくれたという。榎本がインフルエンザを発症して結局その話は立ち消えになったが、十分すぎるほどの誠意を感じた。

だが榎本の結論は出なかった。

いやむしろ、いかなる立場であろうとも自分はマリノスに残らなきゃいけないのではないかという気持ちのほうが膨らみかけていた。

代理人を交えて、横浜と最終的な話し合いを行なった。

しかし榎本は、世代交代を図りたいとするクラブの意思を感じ取った。腹はかたまった。もはや勝負する場所は、ここにない。愛する横浜F・マリノスを離れる決心がようやくついた。

浦和には日本代表GK西川周作がいる。控えGKの立場は理解しているが、西川と切磋琢磨できる喜びを感じている。

今回の移籍について彼に話を聞いたとき、サポーター、ファンに対して、感謝の言葉を何度も口にしていた。

「ミスをしたときにはみんなに怒られたし、逆に試合に出ていないときも励ましてくれた。レッズへの移籍が取り沙汰されたときには、行かないでくれ、と本気で言ってくれた。だから僕としては心が痛かった。みんなとは本当に、本当に苦楽を共にしてきましたからね……心の底からありがとうございました、と言いたいです」

青から赤へ。

旅立ちに、涙は要らない。

浦和レッズで活躍することが、最高の恩返しとなる。