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日本ラグビー、指を見ないで、月を見よう!

にしゃんた社会学者/タレント
(写真:ロイター/アフロ)

前年の王者オールブラックス(ニュージーランド)が昨年に続き優勝、第8回目ラグビーワールドカップ イングランド大会が幕を閉じた。これでオールブラックスはワールドカップで3回優勝したことになる。ちなみに他の国ではオーストラリアは2回、南アフリカが2回、イングランドが1回、過去に優勝している。

ラグビーワールドカップにおける日本の過去の成績にはお世辞にも喜べるものはない。過去7回で戦った24試合中、勝ったのはたった一回(1991年)だけ(しかも相手は弱小ジンバブエ)、2試合引き分けで、残り21試合は負けている。1995年、ニュージーランドとの試合で17対145という天文学的なスコアで敗北を記したこともあった。

2015年のラグビーワールドカップの舞台での日本の代表はまるで違った。奇跡を起こして見せたのだった。なんと日本代表チームがワールドカップの1次リーグで、過去に2度優勝に輝いたことがある南アフリカとの試合の終了間際にトライを奪い34−32と逆転する劇的な一勝を挙げた。その瞬間、世界中に激震が走った。

ホスト英国のガーディアン紙はこの試合を「ラグビーの歴史上最大の衝撃。単なるスポーツの枠を越えて波紋が生じた」と報じ、同国のデイリーテレグラフ紙は「史上最大の番狂わせ」と伝えた。さらにはこの試合が「ワールドカップ最高の瞬間」にも選ばれた。

今大会における日本の活躍は南アフリカに勝っただけではない。戦った4つの試合中、日本代表チームとしては史上初となる3勝をマークした。この嬉しい知らせが あっという間に日本中に広がり、メディアにおいても連日取り上げられるようになった。大会が終わって時間が経ってもその余韻は薄まりそうにもない。

日本におけるラグビーの地位は決して高くない。少なくともワールドカップで活躍している国々と比べて、マイナースポーツと認めざるを得ない。そんな日本にあって今回のワールドカップで日本代表選手の活躍はこの国のラグビー人気を一気に押し上げた功績は計り知れない。

日本で、 自国のラグビー選手の活躍の報道とセットでフルバック五郎丸選手のプレースキック前のルーティーン ポーズが紹介され人気となった。日本の一般の老若男女はもちろん、国の首相までもが真似するところまで至った。五郎丸ポーズの正しい指の重ね合わせ方について時間割いて事細かに解説するメディアコンテンツも現れた。その追求は留まるところをしらず、五郎丸ポーズをする動物を探し出したり、五郎丸ポーズの仏像まで登場するようになった。

五郎丸選手のルーティンポーズによって、マイナースポーツであったラグビーを日本国民が知り、日本ラグビーを応援して、一つになるきっかになったことが喜ばしい。しかし気になるのは、報道が途中から思わぬ方向に向かったように感じたことだった。日本ラグビーの活躍の本質的な部分の報道が薄らぎ、気がついたら「ポーズ」のコンテンツだけが報道されるようになっていた。

今回のラグビーワールドカップの日本チームの活躍をしっかり見つめることは、今後の日本社会全体の成長に当たって、かつて類を見ないような良いチャンスである。しかし本質論を置き去りに、五郎丸選手の指先の話だけが日本社会に残るようになればこんなもったいないことはない。

指先ばかりに気を取られ本質を見ようとしない様子と映画「燃えよドラゴン」でブルースリーが若い弟子に対して使う有名な台詞が重なる。

Don’t think. feel! It’s like a finger pointing away to the moon. Don’t concentrate on the finger, or you will miss all the heavenly glory.

(考えるな!感じろ!それは月を指差すようなものである。指を見ていては栄光はつかめない!)

日本ラグビーの成功を通して私たち本当に何を見るべきなのか。その最大の功績は、何と言っても彼らが日本社会のダイバーシティー&インクルージョンまたは多文化共生のメッセンジャーとして果たした役割である。スポーツとしてのラグビーは、元からダイバーシティーなスポーツである。ポジションなどによって能力は違う者が集まり、それらの違いを力に変えて同じ目標に向かう競技である。ラグビーは、他のスポーツと比べても一つのチームに違う能力の者同士が集まっている点は顕著である。だからこそラグビーに「All for One, One for All」の代名詞がこれほどまでにフィットするのであろう。

2015年ワールドカップの日本代表チームは一段と多様化していた。チームの31人中10人が外国にルーツのある選手で、10人中5人は日本国籍を取得していた。外国にルーツのある選手の恵まれた体格はもちろん、海外で培われた経験やスキル、そして英語力までもが大いに生かされ、ラグビー界に日本の力を見せつけた。海外にルーツのあるリーチマイケル選手が、日本代表キャプテンを務めた。日本代表監督のエディージョーンズもメルボルンと広島のダブルで、日本と海外のラグビーを知り尽くしていたことが勝因となった。

もちろん五郎丸選手が果たした役割が非常に大きい。彼は1次リーグ4試合で合計58得点を挙げて、出場した20チームの全選手の中で2位に入っただけではなく、今大会で日本人として初めてドリームチーム(ベストフィフティーン)にも選ばれた。しかし、五郎丸選手が果たした最も大きな役割はその他にある。彼が今大会中(9月20日)のツイートして、最もリツイートされたものを紹介したい。

五郎丸歩@Goro_15 9月20日 ラグビーが注目されてる今だからこそ日本代表にいる外国人選手にもスポットを。彼らは母国の代表より日本を選び日本のために戦っている最高の仲間だ。国籍は違うが日本を背負っている。これがラグビーだ。 #JapanWay

五郎丸選手が今回の大会を通して果たした最も大きな役割は、他でもない。日本人チームとして出場した外国にルーツのある選手に対する日本国民の心のアレルギーを払拭して免疫に変える役割であった。大会を終えて、帰国した五郎丸選手が上記のツイートの真意について報道ステーション(10月13日)のインタビューで次のように語っている。

「2019年のW杯に向けて、国民の周知が進んでいないこと。なぜ外国人が日本代表にいるのかという言葉がよく聞かれ、そこをクリアしないと2019年の成功はないと思っているからだ」

今回の日本ラグビーの活躍を、五郎丸選手の指先(ポーズ)で留まるとなれば、日本ラグビーが掴んだ栄光を通して発信されたメッセージと受け手の私たちの受信力の間にはあまりにも大きな乖離(かいり)があるということになる。

今回のラグビーを通して日本が勝ち取った栄光は、ラグビーだけに留めることく、日本社会のあらゆる空間において、違う人間同士が心の垣根を越え、互いの違いを力に変えることにチャレンジしなければならない時代に、私たちが生きている。「All for one,One for All」が各々が生きている場で試みることが求められている。

Don’t concentrate on the finger, or you will miss all the heavenly glory.

社会学者/タレント

羽衣国際大学 教授。博士(経済学)イギリス連邦の自治領セイロン生まれ。高校生の時に渡日、日本国籍を取得。スリランカ人、教授、タレント、随筆家、落語家、空手家、講演家、子育て父などの顔をもっており、多方面で活動中。「Mr.ダイバーシティ」などと言われることも。現在は主に、大学教授傍ら、メディア出演や講演活動を行う。テレビ•ラジオは情報番組のコメンテーターからバラエティまで幅広く、講演家として全国各地で「違いを楽しみ、力に変える」(多様性と包摂)をテーマとする ダイバーシティ スピーカー (多様性の語り部)として活躍。ボランティアで献血推進活動に積極的である。

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