ドイツ・処方箋薬のネット販売禁止に乗り出す? 薬局の存続危機をどう救う
欧州裁判所は10月19日、オランダに本社を構えるドック・モリス医薬品ネット通販(以下ドック・モリス通販)の申し出た「ネット販売における処方箋薬値引きの導入」を認可した。
この判決を受け、薬局経営者たちはドック・モリス通販がさらなる顧客を奪取してしまうのではと動揺を隠せずにいる。
そこで、独連邦保健省へルマン・グローエ相(CDU・ドイツキリスト教民主同盟)は10月末、「処方箋薬のネット販売を禁止したい」と、意向を述べた。
処方箋薬の値引きは国外通販だけに有効
ドイツの医薬品は、1.要処方箋薬(以下処方箋薬)、2.薬局指示薬、3.一般薬、と3つのカテゴリーに分類される。
今回、ドック・モリス通販の起こした訴訟は、1の処方箋薬値引きの認可を申し出たもの。
ドイツ国内で販売される処方箋薬(薬局、通販に関わらず)は、価格拘束の保護により法定価格が決められており、値引きができない。さらに処方箋薬を購入した際、1品につき自己負担である最低5ユーロから最高10ユーロ(600円から1200円・1ユーロ120円で換算)を支払う義務がある。
欧州裁判所は、「処方箋薬の固定価格や個人負担額はドイツ国内の規定。営業や移動の自由を規定した欧州条約および欧州統一市場はドイツ国内法より優先される。そのためネット販売における処方箋薬値引き導入は問題ない」とした。
薬局経営者は、「処方箋薬値引きは、ドイツ国外に拠点を置く医薬品ネット販売だけに有効。これでは通販と差別化されたかのようだ」と、隔靴掻痒の現状にあがいている。
対立する薬局と通販
実は、独薬局とドック・モリス通販の闘争は、今に始まったわけではない。
ドイツ国境からすぐ近くのオランダ側へーレンに本社を構えるドック・モリス通販は、2000年に創業した医療品ネット販売を専門とする企業だ。
2004年からドイツで医薬品通販が解禁されると、ドック・モリス通販は、処方箋薬にかかる個人負担費用の無料化(オランダでは個人負担がない)や、一般薬の定価2割引き、3割引きを売りにして、ドイツ市場を制覇してきた。
さらにドック・モリス通販は、2007年よりフランチャイズチェーン薬局も独国内で開店した。その後の独薬局とドック・モリス通販の攻防戦は複雑かつ長くなるのでここでは割愛するが、両者の顧客略奪と価格闘争は、長年にわたってくすぶり続けている。
ちなみに、かってドック・モリス通販の親会社であった欧州最大手の医療品卸売企業セレシオ(シュトウツトガルト本社)は、2012年、同通販を売却した。
ドック・モリス通販の顧客数は300万人、売上高は3億5千万ユーロ(420億円)に達した。(2014年実績)
今回、処方箋薬の値下げが正式に認められたことから、薬局経営者たちは「これ以上ドック・モリス通販による市場占領を黙ってみているわけにはいかない」とグローエ保健相に請願した。同保健相の「処方箋薬のネット販売を禁止したい」は、このような背景から発言されたものだ。
一方、ドイツ社会民主党(SPD)のカール・ラウテルバッハ氏(医師、大学教授)は、「ネット活用の処方箋薬販売を切り捨てるのは早計だ」とグローエ保健相の意向に反論する。
「薬局のない地方の住民や定期的に医薬品が必要な患者、あるいは1人暮らしで自由に動けない患者にとって、ネット販売は唯一医薬品が入手できるツールだ。これらの消費者を無視するわけにはいかない」
個人薬局2万店の危機
ドイツの薬局は2000年をピーク(21,600店)にその数が年々減少しており、ここ数年2万店(2015年は20,249店)ほどだ。
個人薬局の年間平均所得は200万ユーロ(約2億4000万円)ここから人権費や家賃など諸経費が差し引かれる。数字の上では、儲かる仕事だと思うかもしれない。だが薬局の6割がこの額に達しておらず、必ずしも統計を鵜呑みには出来ない。
独薬局は、2つの点で保護されている。ひとつは3支店まで経営できることと薬剤師免許保有者のみが薬局経営ができる点。ふたつ目は処方箋薬は固定価格法で守られていることだ。
薬局の主な売れ筋は処方箋薬で、全売上高の6割ほどを占める。つまり、売上高の多くを処方箋薬で得ていることになる。客が処方箋薬を入手すれば、薬品価格の3%と1箱8.1ユーロ(1000円ほど)が薬局経営者の懐に入る。
だが、ドック・モリス通販をはじめドイツ国内の医薬品通販の台頭で客離れが深刻化する薬局は、売上減少や経営難に陥るケースが急増した。
薬局経営者は通販に負けまいと、これまで定価で販売していた一般薬の値引きを導入したり、自店のネット販売にも乗り出した。しかし、好きな時に欲しい医薬品を注文できる大手ネット販売企業の利便さと安価な商品を求める客を引きとめる術は見つかっていないようだ。
安価な医薬品は客の負担を軽減
こうした実態に、ドック・モリス通販は、「安価な医薬品を提供したいだけ」といたって冷静だ。
同通販CEOオラフ・ハインリッヒ氏は、こう説明する。
「ネットで処方箋薬販売禁止をするのは、単に薬局経営者を守るためだけの対策だ。医薬品を求める患者数は、薬局店舗数とは比較にならないほど多い。患者や顧客を第一に優先することが重要だ。
処方箋薬1箱につき2ユーロ割引きで試算すると、患者は年間15億ユーロ(=1800億円・120円で換算)の節約が可能となる。もし、処方箋薬のネット販売禁止が発令されれば、この15億ユーロは患者が負担せねばならない。
ドイツ医薬品価格の自由化を求める事で薬品の値が下がり、疾病保険の支出も削減される。処方箋薬値引きで、客は個人負担額を軽減できる」
主戦場はネット販売に移行する?
薬局は、「流通販路の変化に柔軟な対応をしておらず、時代の波に乗り遅れている」という声も上がっている。
確かに患者や客の生命に関わる商品という観点から見れば、対面販売で相談できる薬剤師の存在はありがたい。だが、流通形態がめまぐるしく変容する昨今、同じ医薬品が薬局よりネットで安く販売されているのであれば、消費者がネット販売を利用するのはごく当たり前の心理ではないか。
ドイツは、「処方箋薬の固定価格改定を行い処方箋薬値引きを認可するか、あるいはネットでの処方箋薬販売を全面禁止するか」の選択に迫られている。独政府の決断がどこに向かうのか、今後の動向に注目したい。
参考
フランクフルターアルゲマイネ紙10月19日ほか
ドック・モリスと独薬局の攻防・これまでの経緯