Yahoo!ニュース

今から12年前の福井豪雨は、偶然が重なり十分なリードタイムがあった

饒村曜気象予報士
福井豪雨時の足羽川(気象台屋上から対岸の決壊場所を望む)

防災活動において、リードタイムとは、気象庁(台)が警報や注意報を発表してから基準を超える現象が発生するまでの時間をさし、防災機関や地域住民への伝達、周知に要する時間にあてられます。

リードタイムの設定には難しい問題がありますが、筆者が福井地方気象台長であった平成16年7月17日の福井豪雨のときのリードタイムは、偶然が重なり、防災機関や地域住民への伝達時間などが十分とれたチャンピオンケースです。

難しいリードタイム

・精度を高くするため現象発生の直前まで警報発表を遅らせると行うと、リードタイムが短くなり、防災対策をとる時間が少なくなることで警報の価値が下がります。

・早めに警報を発表してリードタイムを長めにとろうとすると、予測精度が悪くなります。  

・長すぎるリードタイムは、待機時間が長くなって現実的な対応とはなりません。

一般的には、3~6時間、短時間強雨に関するものは2~3時間がリードタイムの目安とされていますが、予報精度の問題、防災対応の仕方の問題、住民の意識の問題、現象発生時刻の問題などによって、リードタイムが大きく異なります。

深夜は避難が困難であるため、深夜に現象が発生するときは長めのリードタイムが必要です。

福井豪雨

現在とは、大雨・洪水警報の発表の仕方が多少違っていますが、うまくとれたのにはいくつかの偶然が重なっています。まず、1週間前に「新潟・福島豪雨」により大きな被害が発生し、その記憶が生々しかったことから自治体や住民が早めに行動をとったことがあげられます(図1)。

図1 新潟・福島豪雨と福井豪雨の大雨域の範囲
図1 新潟・福島豪雨と福井豪雨の大雨域の範囲

福井地方気象台では、新潟・福島豪雨のような大雨が北陸地方に発生しやすい気象条件になると予測されていたので、2日前から気象情報をだすなど、警戒を呼び掛けていましたが、18日2時に福井県北部の芦原温泉付近で1時間に80ミリの解析雨量を観測したことから、急遽2時34分に大雨警報を発表しています。

芦原温泉付近の豪雨は、すぐにやみましたので、予報官は、雨の降り方から、朝方には警報解除も考えなくてはいけないのではとの考えが頭をよぎったそうです。

しかし、この強雨をもたらした積乱雲から噴き出した気流がバンド状の雲域を作り出し、沿岸で発生した積乱雲が次々に同じ場所に流入するというバックビルディング現象によって福井豪雨が発生しています(図2)。

結果的には、十分なリードタイムがとれ、防災活動がしっかりと行われ、大きな物的被害が発生したものの、人的被害を大きく減らしたとされています。とはいえ、死者4名、家屋被害295棟、浸水家屋13,726棟などの被害があり、気象庁が「福井豪雨」と命名するほどの大きな被害でした。

図2 平成16年7月18日の福井豪雨時の1時間雨量分布(左:6時30分、右:7時00分)
図2 平成16年7月18日の福井豪雨時の1時間雨量分布(左:6時30分、右:7時00分)

福井豪雨時の時系列

福井豪雨時の時系列は図3のようになっています。

2時34分の大雨警報の発表をうけ、福井県では3名の関係職員を参集し、市町村の防災対応を支援しています(通常、夜間は無人)。

図3 福井豪雨時の福井市と美山町の1時間雨量と福井市九十九橋における足羽川の水位
図3 福井豪雨時の福井市と美山町の1時間雨量と福井市九十九橋における足羽川の水位

美山町(現在は福井市と合併)では5時10分から6時10分までの1時間に96ミリの記録的な大雨が降っています。美山町の防災担当職員は、乾いた道を車で町役場にかけつけ、防災対応中に大雨が降って乗ってきた車が洪水で流されています。しかし、蔵作地区などを土石流が襲ったときには地域住民は避難を終えていました。

福井県では8時15分から「大雨洪水警報に関する連絡会議」が開かれ、県の関係10課、県警、福井市消防本部、気象台の職員が集まって、今後の対策をきめ、ただちに行動に移っています。

福井市街地を流れる足羽川は川上にある美山町付近の大雨により、水位がどんどん上昇し、10時には河川整備の目標としている水位である計画高水位(堤防はこの水位以下の水を安全に流すように設計)を突破し、12時には堤防の高さを超えたところから越水しています。越水した水が堤防を外側から削ったことから、足羽川の左岸堤防は13時34分に破堤し、大量の水が市街地に流れ込んでいます。

なお、タイトル画像の右上に、滋賀県の防災ヘリが写っています。朝方に降った福井豪雨に対し、当日の昼には全国から救援のための防災ヘリが駆けつけ、活動を開始していました。福井地方気象台は足羽川の右岸にあり、そのすぐ対岸で堤防が決壊したのですが、このとき、滋賀県の防災ヘリが取り残された住民を釣り上げて救助するのが見えました。同様のことが、福井豪雨の被災地で素早く行われていました。

現在の予報技術水準では、いつもリードタイムが十分とれるとは限りません。リードタイムが十分でない場合でも最善の行動がとれるよう、最悪を考えた早めの対応は何なのかということを日頃から考えておくことが大切です。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

饒村曜の最近の記事