Yahoo!ニュース

洪水に備えて 重点は「一日我慢しろ」と言えないところ

饒村曜気象予報士
防災用品(提供:アフロ)

多くの住民が犠牲となる豪雨災害が、近年各地で多発しています。

2011年8月30日~9月6日のゆっくり北上した台風12号による紀伊半島の水害

2012年7月11日~14日の梅雨前線による九州北部豪雨

2013年10月15日~16日の前線と台風26号による伊豆大島の土砂災害

2014年8月19日~20日の暖湿流の流入により広島市の土砂災害

2015年9月7日~11日の台風と低気圧で形成された線状降雨帯による関東東北豪雨

2016年8月30日の台風10号による北海道と岩手県の水害

日本は自然災害の多い国ですが、その中でも毎年のように洪水被害が発生しています。

しかし、洪水災害は防げるものです。

洪水災害を防ぐ

洪水災害が防げるものというのは、槍が降ってくる場合と違って、雨が降ってくるだけでは災害にはならないからです。

雨が降り、それが集まって洪水となり、また、地中に貯まって土砂災害が発生することから、強い雨が降ってから災害が発生するまでには、少しとはいえ、時間差があります。

しかも、雨が降るということについては予測可能です。いつ、どの場所で、どのくらいの量の雨が降るかという詳細な予報については、今でも難しい予報ですが、この地方でいつごろから災害をもたらすような大雨が降るかという予報については、かなりあたります。

「狼がいつのタイミングで襲いかかるのか」ということは分からなくても、「近くまで狼が来ている」ということは確実にわかる時代となっているのです。

洪水被害の発生しやすい場所

洪水被害が発生しやすい場所は、ハザードマップを見ればよくわかります。

ハザードマップは、洪水が起こったときの被害を事前に想定して、いざという時の避難に役立てようというもので、事前にハザードマップを見た人は、見ない人より平均で1時間早く避難したという例があります。

ハザードマップについては、住民の不安をあおるとか、地価が下がるとの様々な意見があって普及が進んでいませんでしたが、平成13年(2001年)の水防法の改正により、市町村は災害の軽減のためのハザードマップの作成が義務付けられています。

公表の仕方等は自治体により差がありますが、自治体に問い合わせたり、インターネットで検索したりすることで、容易に知ることができます。

洪水被害が発生しやすい場所は、稀に発生する災害時に気をつける必要がありますが、平坦な土地で使いやすく、しかも地価が安いというメリットもあります。

地自体の防災対策が拡充すれば、ハザードマップもそれを反映しますので、普段から、ハザードマップを見ておくことが大切です。

水位は急激に上昇するもの

川の水位は急激に上昇するものです。

雨量計は、水平な面に溜まった雨水の深さをミリメートル単位で測ります。一般には「1ミリメートルの雨」といわずに「1ミリの雨」といいます。

1ミリの雨というと、少ないような印象を受けますが、1ミリの雨に相当する水は、かなりの量で、地面がしっかりぬれます。1坪(畳2枚の広さで3.3平方メートル)に「1ミリの雨」相当する水は、ビールびん5本分にもなります。たとえば、10坪の庭に「1ミリの雨」に相当する水をまくには、ビールびんで50本分が必要です。

1ミリの雨でも、総量となると、人間の生活で比べると相当な量であることがわかると思います。

それが、大雨警報発表時には、1時間に50ミリ以上も降ってくることがあるのです。

気象警報や気象情報のなかで、50ミリの雨が降るというと、「5センチの水溜りができる雨」とイメージする人がいます。確かにその通りなのですが、これを雨の総量で考えるとイメージが変わります。防災上の雨は水の総量で考えるべきです。

例えば、50ミリの雨が100メートル四方に降ったとすると、降った雨の総量は、1立法センチメートルを1グラムとして、500トンになります。

10000センチメートル×10000センチメートル×5センチメートル×1グラム

=500000000グラム=500000キログラム=500トン

100メートル四方で500トンですから、土地の低いところでは、あっと言う間に周囲から大量の水が集まってきて大災害となることがあります。

それも、多くの場合、100メートル四方より広い範囲で降った水が、周囲より低い土地に集まってきます。

防災上は「50ミリの深さの雨」が襲うのではなく、「100メートル四方につき500トンの総量がある雨」が襲ってくるのです。

増えている猛烈な雨

気象庁の予報用語では、1時間に50ミリ以上で80ミリ未満の雨を「非常に激しい雨」、80ミリ以上の雨を「猛烈な雨」といいます。

この予報用語の定義は、21世紀になってから使われているものですが、それまでは、30ミリ以上で50ミリ未満の雨が「非常に激しい雨」で、50ミリ以上が「猛烈な雨」でした。強く降る雨の回数が増えてきたことが、雨の強さの予報用語の基準が引き上げられた一つの要因と思われます。

アメダスの観測が始まってから、日本における詳細な雨の降り方が調べられていますが、それによると、年によって発生数の増減がありますが、平均すれば、「非常に激しい雨」や「猛烈な雨」の発生回数が、近年増える傾向にあります。

図 アメダスから見た猛烈な雨の近年の増加
図 アメダスから見た猛烈な雨の近年の増加

福井豪雨時の経験

少しでも高いところに大事なものを置くということは、洪水被害を減らす対策の一つです。平成16年7月18日に福井豪雨が発生した時、私は福井地方気象台長でした。福井市内を流れる足羽川左岸の堤防が決壊するなどで、1万5000棟以上が浸水しています。

このとき、足羽川右岸にあった福井地方気象台は、足羽川への排水がうまくゆかず、内水氾濫で床上浸水となっています。

福井地方気象台は、天気予報等の作業部屋や事務室は二階以上にあり、一階は書庫や倉庫として使われ、電源装置は床に直接置かずに、コンクリートベットをつくり、その上に置かれていました。このため、床上浸水の水がコンクリートベットの高さを超えなかったため、床上浸水時でも通常通りの電気が使えました。

もし少し、水位が高くなったら電源が停止したと思いますが、コンクリートベットがあったおかげで、綱渡りでしたが、業務を通常通りに継続することができました。

福井豪雨後、浸水した一階のみならず、そこを通って作業をしていたことから全部の階の消毒作業が行われるなど大変でしたが、気象台が床上浸水したことは、福井県もマスコミ各社も、最後まで気がつきませんでした。

昔は、水害の常襲地帯では、水に濡れては困るものを天井から吊るしたり、畳を積み上げてその上に置いてから避難していたといいます。これも、少しでも高いところに水に濡れては困るものを置いておくという行動です。

運が伴いますが、水は少しでも低いところに流れますので、少しでも高いところにということは、助かる確率を上げる洪水対策です。

日頃の備え

ひとたび大災害になっても「災害は忘れたころにやってくる」です。常日頃から出来る限り備えておきましょう。

備えるといっても、完璧に備えるには、必要なお金も、備えたものを置いておく場所も、かなりのものが必要です。そして、イザという時に使えるようにしておくためのメンテナンスの手間もばかになりません。また、完璧な防災を目指したものの、費用や手間からあきらめて何もしないというのが最悪の結果になります。少しの備えでも、完璧な防災にはならなくても、何もしないよりは災害が軽減(減災)されます。死亡するところが重傷に、重傷のところが軽傷になれば、その後は全く違ったことになるのと同様のことがおきます。

そのため、防災グッズを2つに分けて考えてみてはいかがでしょうか。ひとつは、皆と同じように必要なものです。もうひとつは、個人的に必要なものです。

公的機関や職場等でも備蓄がありますが、災害直後からしばらくの間を凌ぐためには、ある程度のものが必要です。また、近隣住民と協力しあって不足のものを補うとか、代替品をうまく利用する知恵の備蓄も必要です。

保存期限のあるものは、例えば、ペットボトルの水をまとめて買い、古いものから使って少しづつ補給する生活をするなど、普段のリズムの中で備蓄ができていることが理想です。

そして、長続きする防災対策は、楽しみながらで効果がある「ついで防災」と思います。

重点は「一日我慢しろ」といえないところ

防災対策を考えると、いろいろなことをしなければならないと迷います。

その時のキーワードは「一日我慢しろ」です。

「一日我慢しろ」といえないところが防災対策の重点です。

たとえば、おなかがすいている赤ちゃんに我慢しろとはいえません。このため、乳児がいる家庭では、粉ミルクなどの用意が必須です。

また、持病がある人にも我慢しろとはいえません。持病用の薬の用意も必須です。

暖かい食事が食べられないとか、乏しい水を分けなければならなかったなどという報道が見受けられますが、多くの人の生命がかかっている被災地で、多くは一日我慢ができることではないでしょうか。

ただ、これは、一般的な話です。

人によっては、一日我慢できないことが変わります。災害時の無理な我慢は、ほかの人に我慢を強制することになるので好ましくありません。

たとえば、甘いものがどうしても必要なら、善哉の缶詰を用意しておくとか、絵に夢中になる子供がいるなら、お絵かきセットを用意しておくとか、我慢をしなくて済むように、日ごろから個人的に必要なものは個人で用意しておくことが重要です。

家の周囲の点検と家の中で安全な場所

大雨が降りそうなときは、家の周囲を点検し、排水溝付近のゴミをとるというのも大事です。水は必ず低いところに集まりますので、排水溝付近にゴミがあると、排水しにくくなってゴミが排水溝に詰まり、排水機能が失われて一気に水位が上昇するからです。

洪水被害を軽減するには、日ごろの行動が一番ですが、実際に大雨降ったら水は低いところに流れる、地面は水を吸ってがけ崩れが起きやすくなるということを意識し、自分の身を守ることが大事です。

豪雨時には崖に近づかないということが言われます。その通りなのですが、崖の近くに住んでいる人にとっては、なかなか実行できません。その場合は、家の中で一番安全な場所に集まるという考え方があります。例えば、二階の崖とは反対側の部屋です。崖が崩れて、土砂が家の中に流れ込んでも、二階の崖とは反対側の部屋にいたので助かったという実例もあります。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

饒村曜の最近の記事