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漢字制限で「絹雲」と書いたことがある「巻雲」

饒村曜気象予報士
巻雲と電線(ペイレスイメージズ/アフロ)

「空高く馬肥ゆる秋」と言われるように、澄んだ空に巻雲・巻層雲・巻積雲という高い雲が目立ちます。

十種雲形

雲はいろいろと変化していますが、どの雲もそれなりの原因があって変化しています。

雲の変化は大気の変化の反映ですので、雲の変化から将来の天気をある程度予測できます。このため、昔から雲の観測が重視されてきました。

地上から見たさまざまな雲は、雲の形とか雲の高さといったことをもとに,国際的なとり決めで十種類に分類されています(図)。

図

現在使われている分類は、19世紀の気象学者ルーク・ハワードの分類をもとに、ヨーロッパの有識者らが協議し、明治30年(1897年)に作った国際雲図帳がもとになっています。そして、世界気象機関(WMO)が引き継ぎ、適宜、最新版が作られています。

雲は、層雲型と積雲型に分けられます。層雲型は水平に広がって見える雲で、前線面にそって広い範囲の空気がゆっくり上昇したときに生じます。積雲型は綿の塊のように見える雲で、この雲の中では強い上昇流が生じています。

また高さから分類すると、高い方から上層雲、中層雲、下層雲に分けられます。同じ種類の雲でも、発生する高さは緯度によって違い、赤道付近がいちばん高く、極地方にいくにしたがって低くなります。日本付近では、上層雲は5~13km、中層雲は2~7km、下層雲は2km以下で発生しています。

つまり、上層雲である「巻雲」、「巻積雲」、「巻層雲」、

中層雲である「高積雲」、「高層雲」、「乱層雲(昔は乱雲と称した)」、

下層雲である「層積雲」、「層雲」、「積雲」、「積乱雲」の10種類です。 

この高さの基準は、地上から見た雲の高さですので、あくまで雲底の高さです。近年になるまで、雲は地上からの観測だけでしたので、雲の一番高いところ(雲頂)はわからなかったからです。

関東大震災のとき、火事が迫る中で1時間ごとに観測を継続し、東京の最高気温45.2度を観測しています(異常時と観測なので統計上は削除)。その功で、当時としては異例の大学を卒業しないで測候所長にとなった三浦栄五郎が、昭和15年に著した「気象観測法(地人書館)」の中で、次のように述べています。

近頃では測風気球の観測や写真測雲法で、人間の達しえられない10000米以上の雲でも相当正確に観測できるので、この方面の研究は非常に進歩した。これ等の研究は今日では日本のほうが欧米よりも遥かに進歩して居る。又富士山始め諸所に常設の高山気象観測所があるので雲の物理学研究も非常に進歩した。

積乱雲は下層雲に分類されますが、積乱雲の雲頂は、対流圏と成層圏の境である圏境面まで達することが周知の事実となったことから、「積雲」と「積乱雲」を「上昇流による雲(対流雲)」とし、下層雲を「層積雲」、「層雲」に限ることが多くなってきました。

当用漢字音訓表と絹糸のような絹雲

漢字は数が多く、学習に困難であることから制限しようとする動きは戦前からありましたが、戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領政策の下、当用漢字表が昭和21年11月に作られています。

専門用語については、当用漢字を基準として「整理」することが望ましいとされていましたが、昭和23年2月の「当用漢字音訓表」や、昭和31年の国語審議会の「同音の漢字による書き換え」などの動きの中で、気象庁は昭和40年1月1日から「巻雲」を「絹雲」に変更しています。

「当用漢字音訓表」の制約から、「巻」は「ケン」と読めなくなったからです。

そして、気象庁・天気相談所では、「前は巻雲と書きましたが、今年から巻が絹になりました。絹糸のようにスイスイ空に広がっている氷の結晶です(昭和40年9月11日読売新聞夕刊)」という説明をしています。

当用漢字表が廃止となったのは、昭和56年に常用漢字表が告示されてのに伴ってですが、気象庁では、20年近く「絹雲」を使っていたこともあり、「巻雲」に戻したのは準備期間を経た昭和63年4月1日になってからです。

引用:読売新聞(昭和63年2月10日朝刊)

「絹雲」を「巻雲」に

気象庁4月1日から 40年以来23年ぶり変更

気象庁雨は九日、四月一日から、上層雲の中の「絹雲」の「絹」の字を「巻」の字に変更することを決めた。近く告示する。

「巻雲」については明治十三年、「気象観測法」の中で初めて気象観測の指針を定めて以来、長期間、「巻」の字を使ってきたが、昭和四十年、「当用漢字音訓表」の制約によって「巻」を「けん」と読めなくなったため、「絹」の字をあてた。

しかし、その後、学会や教科書などでも「巻雲」を用いることが多くなってきたため、今回の措置をとることにした。

巻雲は低気圧の接近に伴って現れる上層雲の一種で、このほか巻積雲、巻層雲がある。

「巻雲」の「巻」の字

気象庁のホームページには、上層雲について、次のような、わかりやすい説明があります。「巻雲」は、まっすぐに広がっている場合は天気が崩れることがおおく、乱れて広がっていると晴れることがおおいです。

「巻層雲」や「巻積雲」が広がって次第に厚くなってくるようだと次第に天気が崩れることがおおいです。

ここで使われている「巻」の字は、巻いている雲ということで使われます。巻雲は英語で「シーラス(Cirrus)」ですが、この言葉も、もともとは、「カール(曲がっている)」という意味です。

絹のようにうすく広がる意味は、まったくなかったのですが、「漢字制限」という晴天の霹靂によって、「当たらずといえども遠からず」の「絹雲」という言葉が作られ、今でも、使われているのを見ることがあります。

図の出典:饒村曜(2000)、気象のしくみ、日本実業出版社。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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