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女子バレー新戦術「ハイブリッド6」成功の要因は? そして、その先の楽しみ

大林素子スポーツキャスター、女優

アナリストやコーチ陣がいろんなデータを集め、眞鍋監督が研究に研究を重ねて、「MB1システム」を進化させ編み出した「ハイブリッド6」。一人の選手が最低2つのポジションをやるようにし、「掛け合わせ、混ぜ合わせ」て、どこからでも攻撃できるバレー。ロンドン五輪で銅メダルを取り、次は金メダルだと考えたとき、同じことをやっていてはそれ以上はないと臨んだ新戦術だ。

もしかしたらミドルブロッカー(センター)として攻撃できる(他より点を取れる)人がいたらやることはなかったかもしれない。巡り合わせやいろんなことが重なって生まれたのがこのシステムである。

この新戦術は、ある意味、実は原点に立ち帰ったようにも思う。分業制でブロックの選手、リベロの選手と分かれる前は、私もそうだが、80年代の中学生頃のバレーはポジションに関係なく、ローテーションでも、(その場にいたら)その場で打つというのを当たり前にやっていた。全員がレシーブし、全員がアタックを打ち、何かだけできるってのはダメだったので、バレーボールが金メダルを取るためには全員のレベルを高めなくてはいけないという、そういう意味では原点に戻ったのではと。

ただ思ってはいても、実際にやれるかというと難しい。そういう意味で、眞鍋監督の勇気ある決断や選手たちの割り切りがなくてはできなかったと思う。

全日本にはミドルとかポジションの概念はもはやないが、長岡(望悠)が元々のポジションで言うライトではなくミドルに入るとか、今までと違うポジションをやると、やはり70点、80点となり、100%出せないこともある。「こっちの方がうまく打てるのに」やや苦手で慣れないところで打つと、リスクはあるが、他の選手がやるよりもあえて、その選手がやる方がポイントが高いからそうしているわけである。

かつて私も全日本でセンターをやったり(元々はライト)、ミドルブロッカーの吉原(知子)がレフトやライトなど複数ポジションをやったこともある。

こういう戦術は選手が違うポジションに行くことへの抵抗とか、「私はこっちの方がいい」という思いを持ち続けると絶対うまくいかない。自分の持ち場でないポジションをやることに疑問を持ってしまったら、その戦術は成功しない。

今の選手は全員が理解して「やるしかない」と切りかえてやっている。それが何よりも収穫であり、成功の要因だと思う。普通にただやっているのではなくて、割り切ったことでの、このメダルだと思う。

「ハイブリッド6」で最も苦労するのは攻撃陣を操るセッターと、長岡ら違うポジションをこなす(従来で言うミドルに入る)選手、それ以外のメンバーの役割は今はまだ、そうそう変わっていない。新鍋(理沙)などは「だからミドルに入った人たちが負担にならないように自分たちががんばらなきゃ」と言う。

沙織(木村)だけでなく、全員が引っ張らなきゃ、と思ってやっていることは大きい。そういう意味ではリベロの佐野(優子)が帰ってきてくれたことも。新戦術には絶対的なサーブレシーブが必要なので、佐野がいることで、パスヒッターの木村や新鍋の2人が精神的に楽になる。

でも実は「左がレフトから」は打ちやすい

個人的には、実際に徹底して長岡だけでなく他の選手も複数ポジションからの攻撃をやっているっていうのはすごいことだが、長岡のような左利きの選手がああいう動きをしているのは、そんなに驚きはない。それは実際、私も全日本では主に左利きでライトのポジションだったが、センターとしてクイックやブロード攻撃を打ち、センターでブロックを跳んでライトに開くというのもやっていたからだ。新しい発想から生まれた「モトコスペシャル」という攻撃では、ライト側からレフト側に9m移動して打っていた。

実は、左利きがレフトから打つと、「広角に打てる」など、いい面がある。

左はレフト側で打ちにくい、右はライト側で打ちにくいという一般的なセオリーがあるが、それは2段トスになった場合で、確かにボールをとらえる位置が難しかったり、体重を乗せにくくなる。しかしいいトスが上がってくれば、左でレフト側から打つ長岡も、右でライト側から打つ新鍋もそうだが、反対側で打つ場合は、広いコースに打てたり、より角度をつけられたり、超インナーにも打てたり、ブロックアウトをしやすかったり、実は打ちやすかったりもする。

セッター宮下をより輝かせる「ハイブリッド6」

「新戦術」は宮下をより輝かせる
「新戦術」は宮下をより輝かせる

新戦術での戦いを見ていると、セッターの宮下(遥)がセンターブロックを跳んでいて、よく決めている。宮下はブロック力があり、高さがある(177cm)ということで真ん中を止められる。中道(瞳)と比べたとき、それぞれによさがあるが、「ハイブリッド6」は宮下に有利な作戦、私には「宮下のためのハイブリッド」かなとさえ見えてくる。竹下(佳江)というセッターはいない、次のセッターで何を作るかということで出てきたのが、この新戦術。宮下がより輝ける戦術だと思う。

159cmの中道が入ったときには木村が反対側までブロックにいくこともあるので、アタッカーのブロックへの負担が増えたり、その後の攻撃に行きにくいということが出てくる。なので、宮下の方がこの新戦術にはあっている。

ただ、中道がいるからこそ、宮下を「思い切って使える」ということでもある。中道というセッターは誰よりも「竹下イズム」を引き継いでおり、アタッカー陣それぞれの特徴や得意なトスなど知りつくしている。そんな中道がいるからこその宮下、なのだ。

もっと速く、もっとバックアタックを

新戦術がさらに進化するためには、もっと攻撃を速くして、バックアタックをもっと多く使っていくとより効果が出てくると思う。アタッカー4人がシンクロして攻撃してくるので相手ブロッカーは的を絞れないばかりか、バックアタッカー2枚が近距離で並んでしかけてきたりするので、よりマークしにくいと思う。誰か一人だけの打数が多くなるのではなく、ポイントゲッター4人が10点以上攻撃で取れてきている。そこは新戦術にとって重要なポイントなので、いい感じだと思う。

「ハイブリッド6」その先は「逆セッター」?

セッターとして、ミドルなどいろいろな場所でブロックを跳ぶというのは運動量もそうだが、その後のトスアップで向きが逆になってしまったりすることがあり、慣れないとものすごくやりにくいし、難しいと思う。

この「宮下仕様」を見ていて、思い出したことがある。1988年のソウルオリンピックの前、当時の山田(重雄)監督が考え出した「逆セッター」。久美さん(中田久美)がセンターブロックに跳び、逆向き(ライト側を向いて)セットアップをして、私がライトからオープンや平行を打つバレーをやっていた。久美さんと私が並んでブロックするという変則。

山田監督はさすがにオリンピックで金メダルを取った監督で、そんな発想をいろいろ遊び感覚で試していたが、ただ、その逆セッターは実用化されなかった。発想があっても実際にやるのはたいへん難しい。この先、新戦術で「逆セッター」なんてこともあるかもしれない。「逆セッター」になると、左の長岡の速い平行や中に切り込んでの攻撃や、他の選手が逆の速攻もできたりするので、面白い。あるいはパスヒッターである木村らが短い速攻もできたりする。今まで右側に返していたサーブレシーブを左側に返さなければならないなどやりにくい部分があるけれど、海外のチームからすると、サーブレシーブが入ったらこういう動きでという体の動きが逆になるわけだから、ブロックマークとかレシーブ隊形がすごく難しい。

私は「ハイブリッド6」が始まった瞬間に、まだ先がある、この先の展望も楽しめると思った。いろんな可能性が広がっている。その先の変化も楽しみにしている。

女子バレーボール ワールドグランプリ2014

2014年度全日本女子バレーチーム(メンバー)

スポーツキャスター、女優

バレーボール全日本女子代表としてソウル、バルセロナ、アトランタ五輪をはじめ、世界選手権、ワールドカップにも出場。国内では日立や東洋紡、海外では日本人初のプロ選手としてイタリアセリエAで活躍した。現役引退後は、キャスター・解説者としてバレーボール中心にスポーツを取材。日本スポーツマスターズ委員会シンボルメンバー、JOC環境アンバサダー、JVA(日本バレーボール協会)広報委員、JVAテクニカル委員、観光庁「スポーツ観光マイスター」、福島県・しゃくなげ大使としても活躍中。また、近年は演劇にも活動の場を広げ、蜷川幸雄作品や『MOTHER~特攻の母 鳥濱トメ物語~』などに出演している。

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