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敵基地攻撃能力としてトマホーク巡航ミサイルは必要なのか?

JSF軍事/生き物ライター
アメリカ海軍航空システム軍団よりトマホーク巡航ミサイル

日本政府は敵基地攻撃に付いて、1956年に当時の鳩山一郎内閣(船田中防衛庁長官が代読)が国会答弁で以下のように見解を示しています。

第二十四回国会衆議院内閣委員会会議録第十五号(1956年2月29日)241ページ

  • 「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。」
  • 「普通の場合、つまり他に防御の手段があるにもかかわらず、侵略国の領域内の基地をたたくことが防御上便宜であるというだけの場合を予想し、そういう場合に安易にその基地を攻撃するのは、自衛の範囲には入らないだろうという趣旨で申したのであります。」

これは法理論的な議論で、平和憲法とされる日本国憲法第九条の元でも敵基地攻撃は行えるというものでしたが、これまで日本自衛隊は他国の敵基地を攻撃する能力の整備を殆ど行って来ませんでした。しかし北朝鮮の核兵器と弾道ミサイルの脅威が叫ばれる中で、本格的な敵基地攻撃能力を整備しようという議論が活発化しています。その中で真っ先に取得すべき兵器の候補として挙げられるのがトマホーク巡航ミサイルです。

しかしそもそも敵基地攻撃能力を本当に保有すべきなのでしょうか? 政府の見解では何処までの事が出来るのでしょうか? 攻撃能力を保有するにしてもトマホーク巡航ミサイルは適切な兵器なのでしょうか? 疑問な点が多い議論だと思います。

弾道ミサイルを防御する手段がある

日本自衛隊は弾道ミサイル防衛システムを保有済みです。日本政府の見解では、他に防御の手段が有るなら安易に敵基地への攻撃を行う事は自衛の範囲から逸脱していると述べています。つまり弾道ミサイル防衛システムが機能不全に陥る何らかの事態が起きない限り、敵基地攻撃能力に出番は無いという解釈になります。これを解決して敵ミサイルが発射される前に先制的に攻撃する為には、政府が新たな解釈論を提示する必要が有るでしょう。

敵基地への攻撃は必要最小限度の措置

敵基地攻撃は必要最小限度の措置に限定されています。つまり敵国が日本を狙うミサイルを用意して発射することが明白な場合、ミサイルとその基地を攻撃する事は可能ですが、仮に敵国のミサイルが日本の市街地に落下して被害が生じたとしても、報復で敵国の市街地を攻撃する事は許されていません。敵基地への攻撃は日本を狙うミサイルとそれに直接関連した基地施設と解釈されています。つまりミサイルと直接関連の無い敵の司令部施設などを攻撃出来るようなものではなく、敵国領域内のどんな軍事施設でも攻撃してよいという事になりません。これを解決してミサイルと直接関連の無い敵の施設を破壊したい場合にも、政府は新たな解釈論を提示する必要が有ります。

敵基地がもぬけの殻である場合には?

北朝鮮の弾道ミサイルはほぼ全てが車載移動式発射機です。戦争の直前にこれらの移動式発射機は基地を出て全土に散開し身を潜めます。基地はもぬけの殻になり、攻撃しても無意味です。そしてどれだけ多数の偵察衛星や偵察機があっても、逃げ回る移動式発射機を捕捉し切れない事は湾岸戦争で実証されています。数千機の作戦機を投入しても弾道ミサイルを発射前に狩り切る事に失敗し、多数の発射を許しました。この事は最近急速に数を増やしている無人偵察機を投入しても変わりは有りません。もちろん弾道ミサイル狩りに意味が無いというわけではなく、発射後に噴射炎の膨大な熱で位置を露呈した発射機を破壊する事で再発射を防ぐこと、戦闘機が終始空中待機し発見次第攻撃に行く事で弾道ミサイルの発射時間の調整を妨害して同時飽和攻撃を防ぎ、弾道ミサイル防衛による迎撃を容易にする事が可能です。ただしこれを行う為には敵国防空網を全て潰した上で敵国上空に多数の戦闘機を滞空させる必要が有る為、膨大な戦力が必要となります。日本が独自に用意できる物量ではない上に、全ての敵国防空網の完全制圧は日本政府の想定している必要最小限度の敵基地攻撃能力から逸脱した攻撃方法になります。

トマホークは地上移動目標には使えない

そもそもトマホークのような対地攻撃用の長距離巡航ミサイルは移動する目標への攻撃は困難で、過去にも弾道ミサイル移動式発射機への攻撃にトマホーク巡航ミサイルは使われていません。これは長距離巡航ミサイルの移動速度が遅い為です。トマホーク巡航ミサイルの最新型は射程3000kmで巡航速度800km/h、最大射程で撃った場合には目標到達までに4時間弱掛ります。一方で弾道ミサイル移動式発射機は液体燃料式の弾道ミサイルであっても1時間程度で発射準備を整えてしまいます。発見してからトマホークを撃っても全く間に合いません。距離800kmまで踏み込めば1時間ですが、弾道ミサイルの発射準備直後に発見できる保証も無いのでもっと接近しないと間に合いません。200~300kmまで接近しないと間に合わないとなってしまうと、もはやトマホークの長射程は何の意味も無く、別の射程の短いミサイルを使った方が適当になります。

トマホークは自由落下爆弾に比べ貫通力が低い

トマホーク巡航ミサイルの全備重量は約1.5トンで弾頭重量は型式によりますが300~450kgです。巡航ミサイルはエンジンや燃料を積む分、どうしても同じ全備重量の自由落下爆弾より威力が数段低くなります。トマホークにも貫通型はありますが防護力が低い施設が対象で、強固な防護施設には大型貫通爆弾を用意する必要が有ります。

トマホークは発見されると容易に撃墜される

トマホーク巡航ミサイルは低空を這う様に飛ぶ事で発見され難くなりますが、発見されてしまうと単なる亜音速で飛翔する物体に過ぎず、容易に撃墜されてしまいます。巡航ミサイルを発見するには空中から監視するのが最も適当で、早期警戒機を多数保有する軍隊が相手では指示を受けた戦闘機によってトマホークは容易に撃墜されてしまいあまり効果が見込めません。

仮に日本がトマホークを保有して何を狙うのか?

これまで述べたトマホーク巡航ミサイルの特性から分かる通り、この兵器は「地上固定目標で尚且つあまり防護力が高くないもの」を狙い撃つものです。移動発射型の弾道ミサイルの脅威を阻止する目的には使えません。防護の強固な敵司令部への攻撃にも使えません。トマホーク導入論に対しては、そもそもこれで一体何を狙う気なのか、とても疑問に思えます。敵基地攻撃能力の議論で真っ先に取り上げられるのが巡航ミサイル・トマホークです。しかしその能力は限られた条件下の目標にしか効果を発揮出来ず、これさえ有れば何でも問題を解決してくれるような魔法の杖ではありません。同じ重量分の精密誘導爆弾に対して威力が低く高価な兵器で数は揃える事が出来ず、アメリカ軍ではトマホークの事は「開戦初頭に味方戦闘機の侵攻を手助けする第一撃用」と見ていて、トマホークのみを継続して撃ち込んで敵国を屈服させられるとは全く思っていません。トマホークだけで戦争を行うには予算も足りないし能力的にも足りないのです。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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