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「私が訴えなかったせいで犯人はのうのうと暮らしていた」水井真希監督が自らの性犯罪被害を映画化した理由

小川たまかライター
『ら(英題:KEPT)』(C)NISHI-ZO 西村映造

「平成25年の犯罪情勢」(警察庁/平成26年)によれば、2013年の強姦認知件数は1410件(検挙件数は1163件)。強制わいせつは7672件(同3967件)。また、子ども(20歳未満)が被害者となる割合の高い犯罪については、略取誘拐(84.9%)、強制わいせつ(51.6%)、公然わいせつ(46.5%)、強姦(39.5%)などが、全刑法犯被害件数に占める子どもの割合(19.1%)より高いことが指摘されている。

その被害を訴え出ない者も

被害を忘れなさいと諭す者も

被害の発生を知らない者も

現行法の生易しさも

みんな性犯罪者の味方だ

これは映画『ら』の予告編に使われている、監督自身の言葉だ。

3月に渋谷アップリンクで公開され、4月18日からは名古屋で、5月9日からは大阪、愛媛での公開が予定されている。

この映画の情報を知ったとき、正直に言えば「見に行きたくない」という気持ちの方が強かった。『ら』は、水井真希監督自らが体験した性犯罪被害が元になっている。被害者が事件の現場でどんな目に遭い、どんな思いをしたのか。それを知るのはとても辛いことだ。よくある言葉で言えば「目を背けたくなる現実」。

実際の上映を見たが、思った以上に被害の内容が生々しく描かれていた。悲惨としか言えない「現実」だった。脚本も手がけたという水井監督は、どんな思いでこの映画を撮ったのか。話を聞いてみたいと思った。

『ら(英題:KEPT)』(C)NISHI-ZO 西村映造
『ら(英題:KEPT)』(C)NISHI-ZO 西村映造

■必死に犯人とコミュニケーションを取ろうとした

――水井監督がモデルである主人公の「まゆか」は、拉致されて車に乗せられた後、犯人と必死にコミュニケーションを取ろうとします。その描写が非常に印象的でした。実際に水井監督も、そうしたのでしょうか?

水井真希監督(以下、水井):はい。一部、架空のアイドルの話をしているところなど、創作もありますが、あのやり取りは実際にあったことをかなり忠実に再現しています。実際に、口に貼られたガムテープを剥がしてくれたら「ありがとうございます」とか、相手に媚びているように見えることも言いました。

――なぜコミュニケーションを取ろうと思ったのですか?

水井:私はもともと、自分に起こった出来事を全て人に言いたい方なんです。だからこういう映画を撮ったということもあります。ガムテープでぐるぐる巻きにされて車に乗せられたときはもちろん怖かったですが、とにかく何か話してみようと思いました。「当たって砕けろ」と思いましたし、自分からコミュニケーションを取ることで、私の方が主導権を取れるようにという気持ちもありました。

――まゆかは犯人に対して何度か「ありがとう」と口にします。それで犯人の興奮や加害衝動を多少は和らげたようにも見え、やり取りはとても興味深かったです。でも、男性からすると、なぜまゆかがわざわざ「ありがとう」と言うのかわからない人もいるのではないかなと思いました。

水井:見てくれた男性の中には、「彼女の気持ちがわかった」と言ってくれた方もいました。逆に女性でも「全然意味がわからない」「単調な会話が続いた」と言う人もいて。男性でも伝わっている人はいるし、女性でも鈍い人はいるし、性別ではないと思います。

――映画の中では複数の被害者が登場しますね。

水井:女の子の反応にバリエーションをつける意図がありました。私の場合は、たまたま偶然、車に乗せられて移動するという時間の中で運転中の犯人とコミュニケーションを取ることができたけれど、何も言えないまますごく殴られて被害に遭った女子高生も登場させました。実際に被害に遭った人がほかにもいたからです。

■被害者は他にもいる

――映画の中には、犯人に声をかけられたときに「気軽に触らないでくれる?」「なんであんたなんかと話さなきゃいけないの?」と言って追い払い、被害を免れる気の強い女の子も登場します。彼女を登場させた意図は何だったのでしょうか?

水井:かすみちゃんという名前ですが、彼女の言っていることは私の本音です。「なんであんたなんかと」という気持ちを代弁してもらいました。よく見てもらうとわかるのですが、犯人はかすみちゃんに声をかける前に体に触っているんです。手で彼女の腕のあたりを触ってから話しかけています。「声をかけるだけでは犯罪にならない」と言うけれど、実際に声をかけただけというつもりで体に触っている人もいます。触られたくない相手からそうやって触られるのは怖いし不快なことです。それをあのワンシーンに込めました。

あともう一つ、裏の意味としては「被害者は他にもいる」ということです。私の事件の犯人は、立件されたのは3件でした。他にも被害に遭った女の子はいたけれど立件できなかったんです。それをかすみを登場させることで表現したかった。

それから、みんな気付いていないし、かすみ本人も気づいていないけれど、かすみだって本当は被害者です。突然知らない人から絡まれるという被害を受けている。「ちょっと絡んだだけじゃん」と思うかもしれないけれど、それは彼女が気が強かったからそれ以上の被害を受けなかっただけで、気が弱い女の子だったら強引に連れて行かれたかもしれない。みんな「そのぐらいのことで」と思っているけれど、「そのぐらいのこと」だって迷惑だから止めてほしいんです。

――見た人からはどんな反応がありましたか?

水井:友人で性的虐待を受けていた子がいるのですが、その子には見た後ですごく泣かれました。でも、「今まで見た映画では、性暴力のことは犯人の持つ欲望をエンターテインメントとして描いたり、復讐のカタルシスを味わうためのものとしてしか描かれていなかった。被害者目線で描いてくれて本当に良かった」とも言われました。上映後のトークショーの後に「私も被害者です。私は警察へ行かなかったけれど、声を上げていかなければいけないんだと思った」と言ってくれる人もいました。

ただ、性犯罪被害者を守るいくつかの団体にも呼び掛けたのですが、「協力できない」と言われました。団体として「見てほしい」というわけにはいかない映像ということで。

――性犯罪被害を訴えるということは、いろいろなリスクがあることだと思います。

水井:私はよく、「水井さんは男嫌いですよね」とか「男嫌いと聞いていたから会う前に緊張しました」と言われることがあるのですが、男が嫌いなんて言ったことは一度もないんです。「性犯罪者が嫌い」としか言っていません。でも受け取る人の中で「性犯罪者=男」となっているんだと思います。

――予告にある、「その被害を訴え出ない者も 被害を忘れなさいと諭す者も 被害の発生を知らない者も 現行法の生易しさも みんな性犯罪者の味方だ」という言葉には、水井監督の強い思いが込められていると思います。

水井:「その被害を訴え出ない者も」という部分について、「被害者の中には傷ついて被害を言いたくない人だっているんだから、そういうことを言うな」と言われることがあります。でも、映画を見ていただくとわかると思うのですが、「被害を訴え出ない者」というのは、まず私のことなんです。まゆかは被害に遭った後に警察に電話をしますが、途中で通報を断念してしまいます。その後、被害者が自分の後にもいたことを知り、自分が警察に行けば彼女たちは被害に遭わなかったかもしれないと自分を責めます。これは私が実際に過去に思ったことをなぞっています。私が訴えなかったせいで、犯人はのうのうと暮らしていたんです。犯人を見逃してしまう人間は、犯罪の片棒を担ぐとまではいかなくても、万分の一ぐらいは加担しているのではないかと思います。

その自責の念があるので、どんなに些細な痴漢も捕まえるようにしたいと思っています。無駄だと思うこともあるんですが、自分が捕まえなかったら誰かが被害に遭う。もし被害に遭ったら、犯人を捕まえることで他の被害者を守ることができるので、それは繰り返し訴えていきたいです。

■子どもが「不当なことをされた」と訴えることができるように

――性犯罪をなくすためにできることはなんだと思いますか?

水井:小中学生の子が突然痴漢にあったとき、親や警察に言えない子も多いです。それはケーススタディーが足りないからです。親との関係が良好で、言っても恥ずかしくないと思っている子なら言えるけれど、「親に言ってはいけないこと」「恥ずかしいことをされたから誰にも言えない」と思って抱えこむ子もいます。性犯罪被害とは何か、正しく教えておけば「私は不当なことをされた」と言えるのに。子どもに性教育をするというと反対する人も多いのですが、必要なことだと思います。

――今後撮りたい作品のテーマは何ですか?

水井:なんだろう……。私は人生のもう一つのテーマが「自傷行為」なんです。10代の頃に自傷行為をしていたことがありました。自傷行為というと自殺願望と間違われることがあるのですが、私の場合はそうではなくて、心と体が離れていたから痛くなかったし、「自分への罰」という意味もあったんです。自傷行為が何だったのかをいつか映画にしてみたいとは思います。自傷行為と自己犠牲をテーマにアンデッドものを撮るとか(笑)。

――自傷行為はいつからしなくなったのですか?

水井:今は心と体が一緒になったので、していません。中学1年の途中から学校へ行けなくなって引きこもっていたので、最終学歴は「中学中退」だと思っているし、10代の頃に働いていた職場はお給料が少なくて、夜のアルバイトを掛け持ちしないと生活できませんでした。人とのコミュニケーションもうまくなかったと思います。でも映画の業界に入ってしばらくして、今お世話になっている西村映造の社長(西村喜廣氏)と出会ってから少しずつ仲間が増えて、戻れる場所ができたことが自分にとって大きかったのだと思います。

私はなめられやすい外見をしているせいか大人しく見えるみたいで、これまで数えきれないほど痴漢など性的な被害に遭っているし、嫌なトラブルに巻き込まれたこともありました。そのときに感じて腹が立ったことや世間に対する気持ちを持って作品を撮っていくと思います。

――性犯罪被害者に話を聞くと、「あなたは男を誘うような雰囲気を持っているから被害に遭う」と言われたという人がいます。外見や雰囲気についてそう言われることについて、どう思いますか?

水井:私も「あなたの外見は世間一般で思い描かれている気の弱そうな女の子そのもの。だから被害に遭う」と言われたことがあります。そう言われるので、それは事実としてそうなんだろうと思います。でも、じゃあどうしろって思いますよね。実際の私は気が強いですが、電車の中で「私は気が強いです」って言い続けるわけにはいかないので(笑)。

――ありがとうございました。

水井真希監督
水井真希監督

性犯罪被害を訴えると、「被害を訴えるだけでは、何の解決にも結び付かない」というような批判が上がることがある。果たしてそうだろうか。映画の中では犯人が「やっちゃえば(強姦してしまえば)警察へは行けないだろ」と被害者に言うセリフがある。性犯罪被害経験が「人に言えないこと」だという認識があるからこそ、犯行を続ける加害者がいる。

また、これは単なる願望に過ぎないかもしれないが、映画を見て被害を知ることが、世界中にいる性犯罪被害者達の痛みや悔しさを万分の一でも「一緒に持つ」ことになればと思う。水井監督はインタビュー中に、「関心のない人にこそ見てほしいけれど、関心のない人はこういう映画を見てくれない」と言った。関心を持つことは、あなたの世界に被害者を加えること、見えなかった被害者を見える存在にすることだ。悲惨な現実を見せられても何もできない、ということはない。まず知ることが、彼ら彼女らに寄り添うことだ。

『ら』公開情報

4月18日~21日 名古屋シネマスコーレ

5月9日~15日 大阪第七藝術劇場

5月9日~15日 松山シネマルナティック

7月25日 新札幌サンピアザ劇場イベント上映

(水井真希監督プロフィール)

10代の頃に園子温監督のアシスタントをしたことをきっかけに映画業界に入る。その後、西村喜廣監督に師事。映画『終わらない青』に主演するなど女優、グラビアアイドルとして活動。『ら』は初監督作品。

参考:

『ら』公式ページ

『ら』水井真希監督インタビュー(MOVIE Collection)

レイプは“いたずら”じゃない―自らの被害を映画にした女性監督が語る、罪の意識を持たない性犯罪者(ウートピ)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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