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大学生が働き方の未来を変える  意識高い系でなくても「社会に出ることが楽しみになる」インターンシップ

小川たまかライター
スリールが行うインターンシップでの「お預かり」の様子

「キャリアプランを考える」というときに多くの人が思い浮かべるのは、「どんな業種・職種を選ぶか」「どのように働いていくか」だろう。しかし実際にキャリアを積んでいく上で多くの人は結婚や出産、育児、さらに介護の問題に直面する。キャリアプランとは本来、ライフプランと切り離せないものだ。それなのに、就職活動時にそれらの問題は「いったんないこと」にされる。出産を機に働き方が変わる女性は多いのに、問題は先送りにされる。これはなぜなのだろう。

「インターンシップ先は、家庭」。そんなコンセプトを元に学生と家庭、さらに学生と企業をつなげるインターンシップ事業を行い、昨年経済産業省の「第5回キャリア教育アワード優秀賞」を受賞した企業がある。企業名はスリール。フランス語で「笑顔」を意味する。堀江敦子社長は2010年、25歳で起業した。

起ち上げ当初から学生が子育て家庭を訪問し、子どもを「お預かり」するインターンシップを行ってきたスリール。最近では、学生が志望する企業の社員の家を訪問して子どもを預かるインターンシップもスタートした。なぜ子どもの世話をすることがインターンシップとなるのか。ここには学生たちがライフプランと同時にキャリアプランを考えるためのヒントがある。

■「社会に出るのが楽しみ」な学生を増やすインターンシップ

スリールのインターンシッププログラムは4か月にわたって行われる。メインとなるのは学生が2人1組となって体験する子どもの「お預かり」。数か月にわたって同じ家庭を月6回訪問し、子どもと接する機会を持つ。両親不在の間、学生が数時間子どもの面倒を見るのだ。学生たちに対しては事前に子どもとの接し方や小児救急などの研修が行われるほか、自己分析ワークや現在の日本が抱える課題、将来の世界がどうなっていると予想されるのかといった講義も行われる。

同社がインターン生を対象に行った調査によれば、「社会に出るのが楽しみだ」と答えた学生はインターン前が66%、インターン後が89%、「子育てに対して悩みながらもこなしていける自信がある」が同71%、同94%、「子どもがいる生活を具体的に想像できる」は同34%から同80%にまで上がったという。

学生たちが抱える悩みや課題を、同社のインターンではどう救い上げているのか。

■「先輩がダメなら私が就活で成功するはずない」

2月28日に行われたインターン13期生(36名)の発表会場は和やかなムードに包まれていた。

「知らず嫌いの壁を越えて」というタイトルで発表を行ったのは大学3年生のAさん(女性)。インターン前の社会に対するイメージは、決してポジティブなものではなかったという。

「アルバイト先で休暇を取れない社員さん。舞台活動をする中で知り合った社会人もどこか余裕がないように見えて、働くことに対してネガティブなイメージがありました」

決定的だったのは、成績優秀で課外活動でも活躍、ビジョンを明確に描いていたように見えた憧れの先輩が就職活動でうまくいかず、自己否定的になっているのを見たことだった。

「先輩に比べたら、私は学歴も成績も普通、将来のビジョンもありませんでした。先輩がダメなら私が就活で成功するはずない。何か始めなくてはと焦っているときに、知り合いがスリールのインターンシップを紹介してくれました」

インターンシップの4か月で立てた目標は、「働かなきゃじゃなくて、働きたいと思うようになりたい」。4か月で自分が変われるか不安だったが、充分な転機となった。その理由をAさんは「2人のママさんと出会ったこと」と説明した。

「まずは専属ご家庭(※1)のママさん。フリーランスで働き、好きなことを仕事にしている方でした。休みは月に1回ぐらいだけれど子どもと過ごす時間を工夫して作っていて、とても仲の良い家庭でした。彼女はスーパーウーマン。一つのことにこだわりぬく格好良さと、忙しいことは悪いことではないということを学びました。

もう一人は、ヘルプ先(※2)のママさんです。彼女は一般企業に勤めるママでした。仕事とプライベートを区別して、どちらも充実させていました。彼女から学んだのは、『やりたいことはとにかくやってみる。できるかどうかじゃなくてやってみることが大事』ということです」

(※1)メインで訪れる家庭(※2)メインで訪れる家庭以外に、緊急時などのサポートとして訪れる家庭

2つの家庭を見ただけでも、異なる働き方、時間の使い方、社会との接し方があると知ったAさん。

「今までの自分は社会の一部しか知らなかったと思いました。4か月間で新たにできた目標は2つです。1つは自分がこだわれることを仕事にしたい。2つ目は仕事もプライベートも充実させたい。そう思っている自分に気付きました。ネガティブな部分も世の中には存在すると思いますが、卒業までの間、就活、舞台、卒論、海外旅行など、なんでも挑戦していきたいと思います」

■「意識の高い学生」ではない学生を引き上げる

スリールの堀江社長はIT企業に3年勤めたあと、同社を起ち上げた。インターンシップの1期生は4人だったが、今回発表を行った13期生では36名まで増えている。これまでインターンシップを受けて卒業、就職していった元学生の中には、就職後に社会人メンターとしてスリールに関わる人もいる。

堀江社長は会社設立当時から考え続けている3つの思いをこう語る。

「まずひとつは、人生を諦める人を減らしたいということです。特に女性ですが、自分でガラスの天井をつくって諦める人を減らしたい。結婚や出産を機にキャリアややりたいことを諦めて、『こんなはずじゃなかった』と思ってしまう人です。

もうひとつは、少しのアクションでもいいので社会を変えていく人を増やしたい。今のことだけを考えていても世の中は変わらない。ちょっと先を自分ごと化していって、自分で動いてみる人が少しでも増えていけば世の中が変わっていくと思っています。だからインターンシップでは、30年後の日本や世界がどんな風になっているか、というような座学も行います。

最後のひとつは、子どもを見守る大人を増やしたいということ。自分が親になったとき、親自身が納得した人生を送れているかどうかというのは子どもにすごく影響すると思います。自分自身がいっぱいいっぱいだったら子どもに愛情を注ぐことなんてできないから、それをサポートしていく人を増やしていきたいし、親になる前に『大人になるとはどういうことか。親になるとはどういうことか』を自覚できる場をつくりたい。少子化ですし、近所付き合いも少なくなったと言われる現代で、子どものいない人が子どもと接する機会は減っています。でも子どもと接することで大人が成長することがあるし、子どもにとってもいろいろな大人と接することは意味があります」

ターゲットとしたいのは、いわゆる「意識の高い学生」だけではなく、むしろ「人生を諦めそうになっているもやもや学生」だという。年間1000人近い学生と接する機会があるという堀江社長は、「目的」と「行動力」を兼ね備えた学生は全体の1割程度だと話す。「目的」と「行動」、どちらか1つだけという学生もそれぞれ1割強。6割強の学生は、どちらも持っていない「もじもじ×もやもや学生」だと分析する。(図参照)

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「出産を機にキャリアを諦める女性は6割いると言われます。『もじもじ×もやもや学生』の多くが、結局諦めてしまう層になるんじゃないかと思うんです。普通の大学の学生団体はここ(図の『バリバリ系』)にしかいないと思うのですが、そこだけにアプローチしていても仕方ない」

確かに、社会人になってから学生たちに会うと、「今の学生さんはこんなにしっかりした目的と行動力を持っているのか」と驚くことがある。しかしそれは、その学生たちが社会人に自ら会おうとする目的と行動力を持っているからだ。「もじもじ×もやもや学生」の多くは社会人にたどり着いていない。

■受け入れ側の企業も意識が変わった

昨年、「第5回キャリア教育アワード優秀賞」を受賞した同社。最近の取り組みとしては、企業との連携も力をいれている。大企業の社員が行う学生向けの座学はこれまでも行ってきたが、今期からは、関西の大手企業などとも共同して家庭インターンシップを実施する。

企業と共同インターンシップでは、その企業を志望する学生が、同社社員の家を訪問して子どもと接する。学生にとっては、志望する企業の社員の「オン」の姿だけではなく、「オフ」を知ることでより働き始めてからのイメージを持つことができる。さらに、学生を迎え入れる側の社員にとってもメリットがあったという。

「ある企業では、最初は家の中に他人を迎え入れることに消極的だったご家庭もあったそうです。でもやってみたら社員の方の意識も変わった。あるお母さんは、復職後から時短で働いていて、会社に対する申し訳なさを感じていたそうです。でも月6回のお預かりで、学生が子どもを見ることで少し遅くまで働けるようになった。そこで『自分が仕事を好きだったこと』を思い出したといいます。最初は学生にサポートしてもらうことにも申し訳なさがあったそうですが、それが『自分もいつか誰かをサポートしたい』という思いに。仲介した人事部も驚くほどの変化だったそうです」

スリールでは現在、東京家政大学での講義に協力しているが、今後も大学・企業両方への働きかけ、結びつきを行っていく予定だ。課題は、インターンシップを希望する学生をさらに増やしていくこと。まだ全体の1割ほどという男子学生を増やすことも目標だ。

■世の中全体で「知らず嫌い」を減らすには

前出の学生Aさんは、専属で訪れた家庭でのこんなエピソードも話していた。Aさんが家庭を訪問し始めた当初、5歳の女の子は「お風呂が怖い」と言い、入らせるまでに苦労したというのだ。そこでAさんは、水着を着て一緒に入ったり、シャンプーハットを使ったり、シャワーを弱めてみたり……いろいろな工夫を試みた。次第に女の子はお風呂を怖がらなくなり、インターンシップが終わるころにはすっかり平気になっていたという。

インターンの最後に行われる最終プレゼンの様子
インターンの最後に行われる最終プレゼンの様子

「お風呂嫌いがなくなった女の子の成長を見て、私の『働きたくない』と一緒だったなと思いました。私も子育てと仕事を両立している人から学んで、働いてみたい、挑戦してみたいと思うようになりました。知らないことや嫌いなことを放っておかず、何が嫌なのかを考えてみたり、前向きに挑戦したりしていきたいと思います」

なぜわざわざ人の家庭を見なければいけないのかと思う人もいるだろう。しかしこれまでの日本は、会社で働くことだけを「労働」と考え、家庭内で起こる問題を軽んじてきたのではないか。自殺率の高さや待機児童問題など暗いニュースばかり流れるのに、大人として自分の生活や心のバランスを保つための術を学ぶ機会は少ないし、さらに育児は「子どもを産めば誰でもできて当たり前」とすら考えられている。就職活動で学生が面接官からキャリアの展望を聞かれたとしても、結婚や出産の予定について触れながら話すことは求められていない。よく考えてみれば、これはおかしいことだ。難なく両立や子育てして生活を組み立てていける人だけがOKの社会ではなく、迷う人を引き上げる仕組みがあれば社会は変わる。迷う人は決して少数派ではない。 

仕事も好きだし、家庭も愛している。忙しいけれど両立は楽しい。社会は変えられると思っている。そんな大人が学生と接する場を設けることが、少しずつ、着実に社会を変えていくはずだ。

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ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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