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制度だけでワーママ・イクメンは増えない 子育て当事者になる前の「両立体験インターンシップ」

小川たまかライター
スリールが行うインターンシップの最終プレゼンテーション

学生と家庭をつなぐインターンシップ事業で、経済産業省が行う「第5回キャリア教育アワード優秀賞」(2014年)を受賞したスリール。スリールの企画するインターンシップでメインとなるのは、学生が不在中の共働き家庭を訪問し、子どもの面倒を見る「お預かり」だ。学生たちは事前に子どもとの接し方や救急対応などの研修を受け、約4か月の間に月6回、同じ家庭を訪問する。

2010年の創業から間もない期間で実績が認められた理由のひとつは、時代が求める事業をいち早く始めたからだろう。同社の堀江敦子社長がこのインターンシップを始めた理由や今後の展望について聞いた。

■子育て当事者になると声を上げづらいという現実

――堀江社長自身、大学時代に女性起業家のお子さんをお世話した経験があるそうですね。

堀江社長(以下、堀江):はい。小学生の頃から子どもが好きで、近所の赤ちゃんと遊ばせてもらったりしていました。学生時代はベビーシッターのアルバイトや保育園のボランティアをしていたのですが、それを知った知り合いの方が「うちの子見ない?」と声をかけてくださったんです。生後1か月半から、週3回見ていました。

――1か月半だとかなり小さいですね。

堀江:そうですね。頻繁に泣く子だったので、抱っこしながらミルクを作ったり。お世話中に自分でもご飯を食べなきゃいけないのでバウンサーなどの揺れるものに乗せて揺らしながらご飯を食べたりとか。結構壮絶な“母親”体験をさせていただきました。子どもを見るだけではなく、企業家の方の仕事も手伝っていたので、ラジオ収録の際に横で赤ちゃんを抱っこしていた、というようなこともありました。

――卒業後はIT企業に就職し、25歳で独立されていますが、起業しようと決めたのはいつですか?

堀江:2010年4月に思い立ち、8月に会社を辞めて、11月にスリールを設立しました。学生時代の経験から「自分がいつか出産しても、子育てと仕事を両立していきたい」という思いがまず前提としてありました。でも就職してみると、会社はそういう体制じゃない。勤めていた会社が大好きだったし、今でも当時の同僚や先輩を尊敬していますが、子育てに当事者意識を持っている人はすごく少ないんだなという実感がありました。忙しくって23時、24時に帰るのは当たり前の会社でしたし。

当時、社内に17時に帰るワーキングマザーの先輩がいたので、ヒアリングしてみたんです。「うちの会社って子育て中でも働きやすいですか?」って。その方は営業セールスでトップ成績だったのですが、出産後に復帰して時短になったら上司から「それならポジションはないね」と言われてしまったらしいのです。それを聞いてショックでした。自分らしく働きながら子育てしたいって男の人も女の人もみんな思うことなのに、なんでそれが普通にできないんだろうと違和感や憤りを覚えました。この環境を変えていきたいと。

それで考えてみると、子育て中の方って声を上げづらいし、声を上げてもなかなか聞いてもらえないんです。でも、売上げを上げている人が「働き続けていけません」と言えば会社も変わるんじゃないかと思いました。それで同期50人に声をかけました。「家庭を持ってからも働きやすい環境をつくろう」って。拍手喝采だったんですけど、みんな「じゃあ頑張ってね」って。誰一人一緒にやってくれる人はいなかったんです。「自分のことでいっぱいで、先のことなんて考えられないよ」と言われて、その状況に愕然としました。

子育て中の人は声を上げても聞いてもらえない。でも若手はまだ自分ごとだと思っていないんです。3年後に自分が子育てするようになったらまた声を聞いてもらえなくなるのに。この悪循環がこの会社も他の会社も社会も変わらない原因だと思いました。

――確かに、直面してから気付く問題、というのは多いですね。

堀江:少子化対策ってかなり前からやっているけれど子どもは減り続けているし、子どもは減っているのに待機児童はまだ多いです(※)。それは今子育て中の方が声を上げられない仕組みになっているからだし、共働きになると会社の中でマイノリティーになりやすいからだと思います。これからの人を巻き込んで変えていくようにしないと、これからもずっと変わらないと思いました。私はまだ結婚も出産もしていませんが、子どもがいる人は忙しくてできない現状があるので、子どものいない私がやるべきことです。

(※)少子化社会対策基本法が交付されたのは2003年。また、2005年からの統計で保育所の定員数は増え続けているが、2014年の待機児童数は2万1371人(全国)。保育所に預けることを諦めている潜在的な待機児童数はさらに多いとも言われる。

■子どもを見守る大人を増やしたい

――それで学生のインターンシップを。

堀江:はい。ただ、20代前半の若手会社員に当事者意識がないのよりもさらに学生には当事者意識がないわけです。どうすればいいかを考えて、それなら私と同じような体験をすればいいんじゃないかと。就職する前から仕事と子育ての両立を間近で見て、「大変な部分もあるけれど楽しそうでもある」とか「大変な部分と楽しい部分を両方分かった上で社会を変えていこう」と考える人を増やしたいと思いました。

――インターンシップのメインとなるのは「お預かり」ですね。

堀江:はい。でも、よくベビーシッターのインターンシップだと思われがちですが、それだけではありません。大人の背中を見て、いろんな人生の選択肢を知った上で自分や子どもと向き合ってほしいし、選択肢をたくさん見た上で納得した選択をしてほしいと思いが背景にはあります。仕事と子育ての両立を絶対にやりなさい、というわけではなくて、まずは仕事と子育ての両立に感じているネガティブな印象をポジティブにして、その上で納得して選択してほしいです。

堀江:起業にあたっての軸は3つあります。まずひとつは、人生を諦める人を減らしたいということ。もうひとつは、少しのアクションでもいいので社会を変えていく人を増やしたいということ。

最後のひとつは、子どもを見守る大人を増やしたいということです。子どもと接することで大人が成長することがあるし、子どもにとってもいろいろな大人と接することは意味があります。(※詳細は前記事へ)

また、学生1人に1人ずつ社会人メンターがつきます。月に1回お茶とかしながら、自分の就活や恋愛の相談をします。このメンターは、実はスリールのインターンシップを経て社会に出た元学生たちです。学生たちがメンターを見ながら成長して、社会に出たり子どもを持ったらまたメンターになる。この循環で、いつでも当事者意識を持てる社会にしたいです。いつでも見守ってくれる人がいるという状況をつくりあげる。

――4か月間のインターンシップでは、月に6回同じ家庭に訪問します。複数回同じ家庭へ訪問するのはなぜですか?

堀江:1回だけでもすごく意味があることですが、1回だけだと大変な部分だけ見えてしまったり、逆にいい部分だけ見えてしまったりということもあって、ミスリードしやすいのかな、と。4か月かけて接することで、子どもの成長も分かります。

また、私が学生時代に登録制のベビーシッターをしていたとき、初めてのご家庭にシッターに1回だけ行くということが多かったのですが、それだと、その子が今「普通の状態」なのか「機嫌が悪い状態」なのか、「いつもと違う異常な状態」なのか分かりづらいのです。何度も見ていれば万が一何かあったときに「今日はいつもと違う。おかしい」とすぐに気付くことができます。

■出産後も働きたいけれど不安という学生は多い

――両親不在中のお預かりということで、リスクがあるという人もいるのではないですか?

堀江:これまでスリールのインターンシップ中に事故は一件もおきていません。一番徹底しているのは、お預かり前から家庭との関係を密にしておくことと、学生を必ず二人体制にして絶対に子どもから目を離さない仕組みにしていることです。また、お預かり中はお母さんお父さんに必ず携帯電話がつながる状態にしてもらい、スタッフも何かあったときに連絡を受けられるよう待機しています。

ご両親がいるとやっぱり子どもは両親といたがるので、不在のときにお預かりすることは学生にとって大きな意味があります。また、ご両親にとっても意味があると思っています。離れる時間を取ることで、逆に子どもと向き合うことの大切さに気付いたり、時短を取って会社に申し訳なさを感じていた人の中には、お預かりで久しぶりに定時まで働けたことで「仕事を好きだったことを思い出した」という人もいます。

――学生と接してみて、どんなことを感じますか?

堀江:最近は専業主婦志向の学生が増えていると言われたりしますよね。私は年間1000人ぐらいの学生に会っているのですが、実際に聞いてみると「本当は仕事をしたいと思っている」という学生が多いことがわかります。でも、「働いている人が大変そうに見えるから不安」だと。「働くと子どもがかわいそうなのでは?」という漠然としたネガティブイメージもあります。特に親が専業主婦だったり、周囲の大人に両立している人がいなかったりすると、「やっぱり私が諦めればいいのかな」となってしまっている。

――ターゲットはどんな学生ですか?

堀江:私たちが対象と考えているのは一般的な学生です。行動力と目的の両方を持っているのが「意識が高い学生」だとしたら、その両方がない学生です。私はその層が学生全体の6割を占めるのではないかと思っています。彼らをもう少し変えないと社会は変わりません。(※詳細は前記事へ)

■学生を長期的なキャリアを考えられる人材にするには

――座学に大企業の社員の方を講師として招いたり、企業と共同でインターンシップを行ったりしていますが、企業からはどんな声がありますか?

堀江:女性活躍のための施策はやっているけれど、現状ではうまくいっていないという話をよく聞きます。制度はあるけれど実際に利用する人がいないとか。そもそものマインドセットというか、一番のネックになっている働く母たちの罪悪感や不安、ワーキングママに対する固定観念を変えて、周囲の理解を促進していければいいと思います。

――「家族留学」をスタートした新居日南恵さんに取材したときも感じましたが、これまで国や企業は制度というハードの部分ばかりを変えようとしていたけれど、新居さんや堀江さんが始めたのは人の気持ちの部分、ソフトを変える試みですよね。その試みにすごく希望を感じます。また、こういう取り組みは女性が得意なことなのかな、とも思いました。

堀江:そうですね。あと、そういう時期になってきたんだと思います。

ワークライフバランスの意義とか、どうすれば残業を削減できるかという話をすると、必ず「でも」という人がいるんですね。「とはいえお客さんが」とか、「そういうことができるのは一部の仕事ができる人だけだ」とか。

そういう声を聞くと「この人たちには生きる目的がないのかな」と思います。この人たちはもし17時に帰れたとしても飲みに行って愚痴を言うだけだなんじゃないかと。たとえば私は新卒で入社してからも、月に1回は18時に帰って子どものお世話をしたり、有給を使って資格を取ったり、そういうことを上司と交渉してやっていました。先輩でも趣味や目的がある人は交渉や調整をして自分のプライベートを確保していた。今だけではなくて将来を考えてやりたいことがあれば、そのために早く帰る努力をします。

もちろん制度は絶対に必要です。制度がない中でやるとわがままになるので。制度がありつつ意識の部分を変えていくことが必要で、意識を変えて行動に移す人を作ることが私自身のミッションだと思っています。

――現在、東京家政大学と共同でインターンシップを行うという取り組みがあるそうですが、他の大学との連携はどうでしょうか?

堀江:大学とはもっとつながっていきたいですが、大学からの反応は本当に固いですね。ベビーシッターや他人の子どもを預かるようなアルバイトを禁止している大学もあります。事故があったら危険だからという理由です。でもそうやって学生を変なかたちで“守る”から自立できないんだよと思います。

――今後の課題は?

堀江:まずはインターンをする学生をもっと増やしたいです。そのために企業とつながることが重要だと思っています。企業の「長期的なキャリアを考えている人を求めているんだよ」というメッセージが伝わらないと学生も動かないので。企業の方にとっても、子育て体験をしている新入社員が入ってくるってすごいことなんですよ。

スリールのインターンシップを受けた学生は、周囲が驚くような人気企業の内定を取ったり、入ってからも1年目から事業企画を担当させてもらったりしています。長期的なキャリアを考えたうえで「今から頑張らなきゃ」と、何をすればいいかがわかっているからです。入社1年目であっても「会社から教えてもらおう」という意識だけではない。そういう学生を増やし、社会に送り出していきたいですね。

【堀江敦子社長プロフィール】

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高校時代までに、ダウン症の子どものお絵かき教室やニュージーランドの高齢者施設など30か所以上でボランティアを経験。日本女子大学社会福祉学科に入学後は「働く女性の子育て支援」を研究し、2007年に卒業。最年少でワーク・ライフバランスコンサルタント講座を修了。IT企業でマーケティング業務に携わった後、2010年11月にスリール株式会社を設立。同年より新宿区男女共同参画推進委員に就任。2014年に経済産業省「第5回キャリア教育アワード優秀賞」を受賞。

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ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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