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痴漢被害に遭い続けた女子高生が考案した「痴漢抑止バッジ」が大人を動かした

小川たまかライター
たか子さん(仮名)の手記。便箋4枚に丁寧な字で綴られていた。

電車内の痴漢被害。被害に遭っても、「恥ずかしい」「大事にしたくない」「犯人がわからない」といった理由から警察に届け出ない被害者は少なくない。警察庁がまとめた「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(2011年)によれば、「痴漢被害に遭っても警察に通報・相談していない」と答えた人は304人中、271人(89.1%)。10人に9人が通報や相談を行なっていない計算になる。

犯人を捕まるのは怖いし、恥ずかしい。「やめてください」と声をあげても逆ギレされるかもしれない。痴漢されてから声をあげるのではなく、痴漢行為を未然に防ぎたい。そんな思いから、高校2年生の女子が母と一緒に痴漢抑止バッジを考案した。バッジをつけて通学するようになってから、それまで毎日のようにあった痴漢被害がぴたりと止まったという。今、この痴漢抑止バッジの普及をプロジェクト化する動きが始まろうとしている。

■「どうしたら狙われなくなるのか、ずっと考えていました」

11月2日、株式会社クラウドワークス(渋谷区)で、痴漢被害に悩む女子生徒が考案した「痴漢抑止グッズ」プロジェクトの記者発表が行われた。プロジェクトの内容は、毎日のように被害に遭っていた女子生徒を救った「痴漢抑止バッジ」を普及するため、缶バッジのデザインを同社が手掛けるクラウドソーシングサービス「クラウドワークス」で公募するというもの。11月11日から「Stop痴漢バッジデザイン」コンテストをスタートする。クラウドサービスを利用したコンテストを行うことで、多くの人に痴漢被害の実態に目を向けてもらう効果を期待しているという。

記者発表では女子生徒の手記も発表された。以下に引用する。

記者の皆様

高校に入学して電車通学するようになってから、痴漢に遭うようになりました。私は見た目も地味で、特別目を引くようなタイプではありません。それなのに、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか、今でもわかりません。高校の友人に聞いても、私のように頻繁に痴漢に遭う人がいなくて、自分と周りとの違いは何なのか、なぜ自分がこんなに狙われるのか、どうしたら狙われなくなるのか、ずっと考えていました。

防犯ブザーや、「痴漢です」と音の出るマスコットを持ち歩いたり、同学年の男子生徒に頼んで一緒に帰ってもらったり、様々な工夫をしましたが、どれも効果がなかったり、続けるのが難しいものでした。もうどうすればいいかわかりませんでした。

初めて痴漢に遭ったのは、高校に入学してすぐのことでした。まだ電車通学に慣れていなかった頃、ホームの端の女性専用車に乗らずに普通車両に乗ってしまい、見知らぬ男性にお尻を触られました。車内は満員で、どうする事も出来ずに泣き寝入りしました。最初の頃は、本当にショックで、学校に着くと担任の先生に泣きついてしまう事もありました。

下校時は女性専用車がないので、痴漢に遭うことが多かったです。私をドアに押し付け逃げ道をなくし、降りるはずだった駅を過ぎて知らない場所まで連れて行かれたこともありました。その時はパニック状態で、降りた駅の名前も覚えていません。よく家まで帰れたと思います。そのほかにも、両手でつり革を持ち周囲に気づかれないように股間を押し付けてくる人。やめてくださいと言っても知らん顔で、両手を上げているので周りも無反応。こういうタイプは対処の仕方がわかりません。

そうして一年が過ぎ、段々声を上げられるようになりました。それでも無視するか、「やってないよ!」と言って逃げていく人ばかりでした。これではらちが明かない、今度は勇気を出して痴漢を捕まえてみようと思いました。そして忘れもしない、バッジを作るきっかけとなった事件が起こりました。

(※筆者注:この部分に16行にわたって警察で被害届を出した事件について記述があるが、加害者から本人を特定されないよう、記事掲載の際は省略するように会見で要望があった)

この事件をきっかけに、本格的に痴漢を防ぐ方法を考え始めました。そうして母と考案したのが、「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」と書いたカードです。こういうものをつけるのは恥ずかしい、と人に思われるとは思いましたが、私自身は恥ずかしくありませんでした。ここまですれば痴漢してくる奴はいないだろう、という自信があったからです。むしろこの程度で痴漢が止むなら安いものだ、と思いました。カードをつけはじめてからは、嘘のように痴漢に遭わなくなりました。見知らぬ人にカードについて声をかけられることもありました。「頑張ってね」と応援してくれた人や、「気を付けてくださいね」と心配してくれた人。もちろん、その逆のパターンもありました。下校中に、同じ学校の生徒が、「痴漢する方も相手を選ぶよな」と背後で話しているのが聞こえました。これはいつか絶対に言われると覚悟していました。自分でもそう思うかもしれない、と思ったからです。でも、実際に言われると傷つきました。「狙われてなければつけなくていいのに」と思いました。そうして、デザインを変えようという話になりました。缶バッジにして、少し見た目を良くしました。デザインを変えることで効果が薄れるかもしれないと不安でしたが、今のところ痴漢には遭っていません。

母がSNSに投稿した事で、このバッジは大きなプロジェクトになりました。正直、大ごとになりすぎて驚いています。このバッジが世間に受け入れられるとは思っていませんでしたし、今も不安です。でも、たくさんの大人が協力して真剣に打ち込んでいるところを目の当たりにして、それだけの価値があると思えましたし、嬉しかったです。このバッジが世の中に広がり、少しでも痴漢の被害者を減らせるよう願っています。

平成27年11月2日

殿岡たか子(※筆者注:仮名)

■決意表明で自分の身を守る

会見には、たか子さんの母とプロジェクトの代表者である松永弥生さんも出席。

たか子さんと母が2人で制作したカード
たか子さんと母が2人で制作したカード

たか子さんの母、殿岡さんによれば、手記に書かれている以外にも、通学時間を変えたり警察へ相談したりするなど手は尽くしたという。撃退案として「お尻に鉄板をつける」ことまで考えたが、一番良い案に思えたのが「痴漢は犯罪です」「私は泣き寝入りしません!」と書いたカードだった。デザインはフリー素材を使い、家にある材料で制作。今年4月のことだ。「このデザインで大丈夫? 周囲が引いてしまうのでは」と心配する殿岡さんに、たか子さんは「これがいい」と言ったのだという。たか子さんの思惑通り、実際に効果てきめんだった。

プロジェクト化したきっかけは、殿岡さんがSNSに書いた顛末を松永さんが目にしたこと。

「このカードは誰のことも責めていない。泣き寝入りしないという決意表明だけで自分の身を守ろうという、素晴らしい案だと思いました。でも同時に、若い女の子がこれをつけて電車に乗るのは痛々しい、いたたまれないとも思いました」(松永さん)

デザイン変更後の缶バッジ
デザイン変更後の缶バッジ

デザインを替え、缶バッジにすればもう少しつけやすくなるのではと提案。8月にデザインを変更した缶バッジを制作した。当初のものよりも文字や絵が小さく、たか子さんは効果に不安を感じたというが、このバッジに替えてからも今のところ被害に遭っていない。しかし、被害に遭わなくなったものの、心の傷がなくなったわけではない。

■「痴漢加害者に”引いて”ほしいだけ」

「今は痴漢に遭わなくなったけれども、これまでの状況で傷ついています。痴漢に遭っても声をあげられなかったこと、声をあげても誰にも助けてもらえなかったことで『自分はクズのような存在』だと思っているとも聞きました。彼女は『自分が行動しない限り誰も助けてくれない』と思って行動しました。バッジをつくったのは価値のある行動だと彼女に思ってほしいし、多くの人に届けたいと思い、プロジェクトを起ち上げました」(松永さん)

11月11日から24日までの2週間、クラウドワークスで新たなデザインを募集し、同時に株式会社サーチフィールド(渋谷)が運営するクラウドファンディングサービス「FAAVO東京23区」で支援者を募る。どちらもインターネット上のサービスを利用して募集することで、短期間で多くの人に周知することを狙う。

松永さんは言う。

「このバッジがすべての人に受け入れられるとは思っていません。なくてすめばそれでいい。でも切実に痴漢をやめてほしいと思っている子たちも実際にいます。中学生や高校生が被害に遭っています。(バッジをつくった背景には)痴漢の犯人を捕まえてほしいわけではなく、やめてほしいだけという気持ちがあります。痴漢を行う犯人は、泣き寝入りしそうな子を選んでいます。(被害者は犯人を)捕まえるのも、『やめてください』と言うのも逆ギレされそうで怖い。でも実際に被害に遭う前に、(泣き寝入りしないという意思表示で)相手が引いてくれたらそれでいいんです」

左からクラウドワークス執行役員田中さん、殿岡さん母、松永さん、FAAVO田島さん
左からクラウドワークス執行役員田中さん、殿岡さん母、松永さん、FAAVO田島さん

警察庁の発表によれば、電車内での強制わいせつの認知件数は304件。迷惑防止条例違反として検挙された痴漢行為は3,583件(2013年)。しかし冒頭で述べた通り、届け出る人が少ないことから実際の発生件数はこの何倍にも上ると想定できる。

松永さんが言う通り、このバッジがすべての人に受け入れられるわけではないかもしれない。実際に被害に遭っていてもバッジをつける勇気がないという人もいるだろう。「(妊婦のつける)マタニティマークをつけていたら嫌がらせを受けた」というような話もあることから、バッジをつけることで心ない嫌がらせを受けるのではと感じる人もいるだろう。新しい試みなのだから、そういった疑問や不安は当たり前だ。しかし、疑問や不安も含めて多くの人が意見を交わし、被害者を救うための案をさらに磨いていくことができれば、それに越したことはない。クラウドサービスを使うことで、より議論が活発になる可能性もあるだろう。たか子さんのアクションを次につなげていくために、大人たちが動き始めている。

■プロジェクトのサイト

Stop痴漢バッジ

【11月4日16時追記】

予定を繰り上げ、11月4日からデザイン公募とクラウドファンディングを開始したとのことです。

痴漢抑止バッジデザインコンテスト(クラウドワークス)

「痴漢抑止バッジ」をつけて痴漢行為から身を守ろう!(FAAVO東京23区 クラウドファンディング)

【11月2日23時20分追記】

公開時、タイトルと本文で「痴漢撃退バッジ」という表記を使っていましたが、その後、運営の方から「今回のプロジェクトは被害者も加害者も作らないというスタンスから、『痴漢撃退』ではなく『痴漢抑止』という表現を使いたい」とご連絡がありました。「痴漢撃退バッジ」と表記していた部分を「痴漢抑止バッジ」と変更しています。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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