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「痴漢は俺の敵」 男性用痴漢抑止バッジ、考案の理由

小川たまかライター
視認性の高い、インパクトのあるデザインを目指したという

痴漢に被害に遭い続けた女子高生とその母が考案した「痴漢抑止バッジ」。この活動を受け、都内在住の男性会社員が「男性用痴漢抑止バッジ」を企画した。企画意図について聞いた。

「痴漢は女性の敵ではなく、社会の敵」

昨年11月、痴漢被害に悩む女子高生が考案した「痴漢抑止バッジ」のクラウドファンディングが立ち上がり、バッジ制作のための募金と、バッジのデザイン案の公募を行った。「『泣き寝入りしません』という意思表示をすることで被害を未然に防ぎたい」「痴漢の被害者も加害者もつくりたくない」という意図から企画されたものだ。

参考:痴漢被害に遭い続けた女子高生が考案した「痴漢抑止バッジ」が大人を動かした(2015/11/2)

実際にバッジをつけはじめてからは痴漢被害がなくなり、性犯罪加害者治療の専門家らも「加害者の思考傾向から考えて一定の有効性があるのではないか」と語っている。電車内の痴漢被害については、被害者の10人に9人が警察に通報・相談を行わないという調査結果もあり(「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」2011年・警察庁)、「被害者が被害を訴え出ない」と考えているからこそ、犯行に及ぶ加害者も多いと考えられる。

クラウドファンディングは想定の4倍以上の募金が集まり、今年1月末にはデザインコンテストの発表も行われた。

この活動を知り、「男性用痴漢抑止バッジ」の制作を企画した男性がいる。都内在住の男性会社員、そんきょばさん(30歳)だ。「痴漢抑止バッジ」の記事が出てから1ヵ月ほどして、自身のブログで「男性用「痴漢抑止バッジ」、作ります。」と宣言した。なぜ「男性用」を制作しようと思ったのだろうか。

「痴漢抑止バッジの記事に書いてある被害を読んで、率直に言ってひどい話だと思いました。同時に、『これを人ごとにしてしまってはいけない』とも思ったんです。痴漢被害について女性にばかり防衛を求めるのはおかしなこと。男性である自分も何かできないかと思いました。痴漢被害については、女性対男性の構造で語られてしまいがちですが、本当は痴漢加害者対それ以外の話です。痴漢は女性の敵ではなく社会の敵。当然、男性にとっても敵のはず。社会全体でこの問題を考えていくのであれば、男性からもアクションを起こすべきだと考えました」

パートナーにデザインを手伝ってもらい、約2ヵ月かけて「男性用痴漢抑止バッジ」を制作。ピンク色のバッジに白と青の文字で「痴漢は俺の敵」「困っている人は助けます」と書かれている。「俺の敵」という言葉には、そんきょばさん自身の体験から来る思いも込められている。

電車通学をしていた中学時代。ドア付近に立っていたそんきょばさんは女性から突然、痴漢加害者に間違われ、電車を降ろされた。両手で漫画を開いて読んでいたことを説明し、事なきを得たがショックは大きかった。

「間違われたことに戸惑ったし、腹も立ちました。でも今、あのときのことを思い出してみると、女性は深刻な顔をしていたし、ものすごい勇気を出しての行動だったと思います。僕が間違われたことで、本当の加害者は『ラッキー』と思っていたなら、本当に腹立たしい。だから僕は、痴漢におびえる女性も、痴漢冤罪におびえる男性も、どちらも痴漢という犯罪の被害者だと思っています」

また学生時代には、男性の友人から「男性から痴漢被害を受けた」という話を聞くことが何度かあった。痴漢の被害者は女性だけではないことも踏まえている。

参考:「青少年の性行動全国調査報告」(日本性教育協会)の2011年調査では、男子中学生では1.2%、男子高校生では2.5%、男子大学生では6.4%が痴漢被害(電車の中などで身体を触られる行為)に遭ったことがあると答えている(調査対象は、順に1260人、1289人、1443人)。「声とかでないし、逃げられないと思った」 男性痴漢被害者の声を聞く(2015/11/11)

ネット上を中心に賛同が集まり、「何かできることがあれば協力したい」という申し出も増えている。3月には「男性用痴漢抑止バッジ」を販売するイベントも行う予定だ。

「満員電車だから仕方ない」ではなく、「満員電車だから防げる」に

「男性用痴漢抑止バッジ」制作にあたり、そんきょばさんは“本家”である「痴漢抑止バッジ」プロジェクト代表の松永弥生さんにも連絡を取った。松永さんは、「私たちの活動を受けて、自発的なアクションがあるのはとてもうれしい」と話す。

「『痴漢は社会の敵』という思いは私たちも同じです。たとえバッジをつけていなくても、心の中で『痴漢は私たち全員の敵』と思ってくれる人が増えることを願っています」

「警視庁こども110番の家」もしくは「子ども110番の家」というシールを貼っている家を見たことがある人もいるだろう。子どもが身の危険を感じたときに駆け込んだり、相談したりすることができるという目印だが、「地域の目がある」ことを知らせることで、犯罪被害防止の観点からも効果を見込まれているという。抑止バッジもこれと同じで、「痴漢を許さない」という意思表示により、「痴漢をしづらくする空気をつくる」ことも目的のひとつだ。潜在化しやすい性犯罪被害について、世の中の関心を高め、議論や連動する活動のきっかけになることは間違いない。

警察庁の発表によれば、電車内での強制わいせつの認知件数は304件。迷惑防止条例違反として検挙された痴漢行為は3,583件(2013年)。しかし性犯罪は暗数が多く、実際の発生件数はこの何倍にも上ると想定できる。先述した通り、警察に届け出たり相談を行った被害者は10人に1人という調査結果もある。

また、服の上から触る行為は「迷惑防止条例で摘発される痴漢行為」、下着の中に手を入れたり、性器を露出して押し付けるなどの行為が「電車内での強制わいせつ」と認定されることが多い。白昼堂々、周囲の目がある中で、こういった犯罪行為が行われている。「混み合った満員電車だから仕方ない」と考える人もいるだろうが、逆に考えれば、「多くの人がいる中で、こんな犯罪が易々と行われていることがおかしい」とも言える。被害者の羞恥心につけこんだ卑劣な犯罪だ。「抵抗しないから」「何をされているかわからないだろうから」という理由で、男児も含む、子どもが狙われることもある。

「男性用痴漢抑止バッジ」Q&A

「男性用痴漢抑止バッジ」については、Twitter上などでそんきょばさんの元に質問が寄せられている。よくある質問についての回答を、そんきょばさんのコメントを引用しながら筆者がまとめた。

Q、デザインはこの1種類なのか

A、バッジに書かれている文章の主語は「俺」だが、「僕」や「私」があってもいいと考えているし、実際に要望も来ている。ただ、デザインについては、まだ大きな変更は考えていない。ストレートなメッセージと視認性(目立ちやすく、異物感があること)を最優先した。遠目に見ても「あのバッジだ!」とわかってもらえるのが一番なので、カラーバリエーションは現段階では考えていない。

Q、悪用する人がいるのでは?

A、大多数の善良な男性に働きかけ、痴漢問題に関心を持ってもらい、社会全体で「痴漢しづらい」空気をつくりたい(前段も参照)。とはいえ、悪用を心配する方々の真剣な声を無視したくないため、3月に行うバッジの販売は、コンセプトへの賛同者に限って行う。また、賛同者に二次配布の協力を呼びかけ、周囲の信頼できる人々へと口コミで広げていきたい。

Q、バッジをつけるのではなく、痴漢を見つけた段階で注意すればいいのでは?

A、このバッジの目的は逮捕ではなく抑止。痴漢行為に遭ってから対処するのではなく、行為自体を未然に防ぐのが一番。バッジがあることで加害者に犯罪行為を思いとどまってもらいたいという意図もある。

Q、「男性用痴漢抑止バッジ」ではなく、「痴漢冤罪抑止バッジ」をつくってほしい

A、痴漢に限った話ではないが、当然ながら冤罪の問題は重大だ。痴漢冤罪には、痴漢被害者の「誤逮捕」と、「痴漢でっちあげ」の2種類があり、前者が大きな比重を占めると考えている。前者の場合は痴漢の発生を抑えることで確実に減らせる。このため、「男性用痴漢抑止バッジ」が有効だと考えている。

(関連)

男性用「痴漢抑止バッジ」、配ります。(きょばnote/2016/2/8)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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