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「イヤよイヤよは嫌なんです」100年前の性犯罪刑法、被害者が「暴行・脅迫要件の緩和」を訴える理由は

小川たまかライター
Change.orgで行われている署名キャンペーンの様子

■上司から性行為の強要 「悪いのは自分」と思い込み

私が新入社員の時でした。営業成績ダントツトップの隣の部の部長に、営業について教えてあげると言われ、同行した帰りに無理やり性行為を求められました。

「嫌です」と言っても聞き入れてくれない。就職氷河期にやっとの思いで入った会社の上司と新入社員という関係で、これ以上どう断ったらいいか分からず頭が真っ白になりました。

出典:「イヤよイヤよは嫌なんです」性暴力被害者が前向きに生きられる日本に!

署名サイト「Change.org」で現在、来年1月に国会で審議される予定の性犯罪に関する刑法について改正を求める署名活動が行われている。署名活動の主催は、4団体から成る<刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト>(※記事末尾に詳細)だ。

2016年6月まで、法制審議会の 刑事法(性犯罪関係)部会 において、性犯罪の罰則についての会議が行われていた。「性犯罪の罰則の在り方に関する論点」として、性交同意年齢の引上げなど6点が議論され(※記事末尾に詳細)、この会議を踏まえた内容が来年1月に国会で審議される予定だ。

審議会の中では、「強姦罪等における暴行・脅迫要件の緩和」についても審議されていたが、結果的にまとめられた要綱(骨子)修正案には、「暴行・脅迫要件の緩和」が盛り込まれなかった。署名キャンペーンでは、この「暴行・脅迫要件の緩和」について強く求めている。現状では、騙して連れ込まれ強姦されたような場合、強姦罪にあたらないケースがある。また、「暴行・脅迫」があった場合でも、その程度が軽いと判断されれば強姦罪とならないことがある。

署名キャンペーンで自分の被害経験を明らかにした女性Aさんは現在38歳。冒頭で引用した被害に遭ったのは22歳の頃だったが、初めて仲の良い友人に自分の経験を話すことができたのは最近のことだ。

近しい友人たちに自分の経験を話すと「あなたは悪くない」とみんなが力強く言ってくれたのです。「私も同じことがあったよ」と話してくれる人もいました。そして日本では私の経験は「嫌と言ったが命を懸けて抵抗していない」ので性犯罪にならないが、海外では「同意がない性行為は犯罪」とされていることを知りました。

出典:「イ ヤよイヤよは嫌なんです」性暴力被害者が前向きに生きられる日本に!

Aさんは上司に抗議したこともあったが、「食事についてくるお前がバカだ」と言われ、まったく取り合われなかった。「悪いのは自分」と思い込み、被害を「強姦」だとはっきり認識できなかった。

「ずっと自分に自信がなくて、何かに怯えて我慢していた。でもその理由がなんだかわかりませんでした。気付いたのは『North Country』(邦題は『スタンドアップ』)という映画を観たとき。性被害を訴えた主人公の裁判でウソの証言をしたクラスメイトの顔を見て、『こういう顔をどこかで見たことがある』と思いました」(Aさん)

「食事についてくるお前がバカだ」と言った上司の顔が、重なって見えたという。

「私は悪くなかったとそのとき思えました。『食事について行ったらそのぐらい(性行為ぐらい)覚悟しないとダメ』なんて、そんなのは……。同意を各段階で取るのが普通ではないのでしょうか」(Aさん)

■65.9%が「知り合い」から 関係性を利用した性暴力の多さ

強姦罪の公訴時効は10年。上司の罪を問うことはもうできない。また、現在の刑法では、強姦を「暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする」(刑法177条)と定義している。13歳以上の場合、「暴行又は脅迫」が強姦の要件となる。

しかしこの要件では、A子さんのように「関係性を利用した強姦」の場合に、被害を立証しづらい。主催団体の一つ、「ちゃぶ台返し女子アクション」共同発起人の大澤祥子さんは言う。

「性暴力は見知らぬ人との間で起こると思われがちですが、本当は知り合いの間で関係性を利用して起こることが多い。2014年の内閣府調査 では、異性から無理やり性交されたことがある人に加害者との関係を聞いたところ、65.9%が『知り合い』と答えています。上司や教師、監護者(親や養親など)といった立場を利用することも多いのです」(大澤祥子さん)

目に見える暴行や脅迫を行わずとも関係を強要することが可能な場合がある。加害者と被害者が顔見知りだったり、上司と部下など上下関係である場合はなおさらだ。しかし日本の裁判では、「性行為について合意の有無」ではなく、「暴行や脅迫の有無」や、その程度が争われることが多い。

同内閣府の調査では、異性から望まない性交を強要された女性が警察に相談する割合はわずか4.3%。被害を訴えることのできない人の中にはAさんのように自分を責めたり、知り合いを訴えることをためらったりする人が多くいる可能性がある。被害者に対して「暴行や脅迫の有無」や「どれだけ抵抗したか」を証明させるような裁判が、被害者が告訴に踏み切れない理由のひとつと指摘する識者もいる。署名では、刑法の改正にあたり、この「暴行や脅迫の有無」を緩和することを求めている 。イギリスやアメリカでは「暴行や脅迫の有無」ではなく、「合意のない性交は強姦」という定義があるが、日本の場合は「合意の有無」に焦点が当てられていない。

・平成24年の新潟地裁判決 けがはしたが「積極的暴行は加えていない」

強姦罪や準強姦罪で「暴行や脅迫」の程度が問われた例を挙げる。たとえば、平成24年の新潟地裁判決では、

「(カラオケ店の個室で加害者が被害者に対して)上半身を押し、逃れようとしてソファに倒れた同人の下着等を無理矢理脱がした上、両足を広げるなどの暴行を加え、その犯行を著しく困難にして同人と性交し、逃れようとした同人の頭髪をつかむなどの暴行を加え、上記一連の暴行や、これから逃れようとした同人が左膝を机にぶつけたことにより、同人に全治約10日間を要する後頭部打撲、左顎関節部打撲及び左膝打撲の傷害を負わせた」(新潟地裁判決文より)

という事例が、

「姦淫するために殴る蹴るなどの積極的暴行は加えていないし、被害者のけがも重くなく、態様の悪質性、傷害結果は同種事案の中では軽い」(同)

と判断され、さらに

「深夜のカラオケ店で、部屋代を奢るという誘いに応じ、相当量飲酒し、連絡先を交換するなどしながら数時間を共に過ごす中、友人が帰った後も女性一人で部屋に残り、被告人から肩に腕を回されたり、抱きつかれたりしても強く抵抗していなかった被害者に対し、にわかに欲情を高めて犯行に至ったという経緯も、侵入強姦や路上強姦の事案と比較し、悪質とはいえない」(同)

と、被害者の落ち度を問うかのような判断が下されている。

現状では、女性側が「まさか、この人がこの場所でこんな行為には及ばないだろう」「紳士的な人のはず」と好意的に解釈したことが、仇となりかねない状況があるのではないか。

・平成26年の福岡高裁 被害者の拒絶を加害者が理解できなかったから無罪

さらに平成26年鹿児島地裁と福岡高裁では、ゴルフの指導にあたっていた50代の加害者が、18歳の被害者をラブホテルに連れ込んで強姦した事件について、無罪の判決が下されている。

この事件では、加害者が被害者に対し、ラブホテルの駐車場に止めた車内で「お前は度胸がない。だからゴルフが伸びないんだ」「こういうところに来て度胸をつけないといけない」などと発言し、連れ込んでいた。高裁判決では、被害者に合意の意思がなかったことや、さらに精神的な混乱から表立った拒絶ができなかったことをほぼ認定。しかし、被告人が「無神経」な男性だったため、被害者に拒絶の意思があったことを理解できなかったと判断し無罪を下している。

つまり、被害者が拒絶の意思がありつつも、恐怖や混乱で硬直し、拒絶できない状態であったことを、被告人は理解できなかった。拒絶の意思があるのに無理やり性行為に至ったとまでは考えられないため、無罪、という判決だ。

本件において,被害者が上記のような異常な精神的混乱状態を呈して抵抗できない状況に陥るということについては,被告人があらかじめ想定していたと認めるに足りる証拠がない。被告人において,自分の行動がそのような異常な精神的混乱状態を招く可能性があると理解していなかった可能性は否定できない。

被告人は,犯行当時56歳の社会人男性であるが,心理学上の専門的知見は何ら有しておらず,かえって,女性の心理や性犯罪被害者を含むいわゆる弱者の心情を理解する能力や共感性に乏しく,本件後の被害者の両親に対する言動等に照らしても,むしろ無神経の部類に入ることがうかがわれる。

このような被告人において,上記のとおり,性交に当たって被害者から具体的な拒絶の意思表明がなく,精神的混乱状態を示すような異常な挙動もない状況に於いて,被害者が,本心では性交を拒絶しているが,何らかの原因によって抵抗できない状態になっているため抵抗することができない,というある種特殊な事態に陥っていると認識していたと認めるについては合理的な疑いが残るといわざるを得ない。

出典:福岡高裁判決文

裁判の原則は「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」であることは理解する。しかし、こういった裁判記録を見ると、「加害者が被害者の合意を取っていたことを証明すること」ではなく、「被害者がどれだけ拒絶の意思を示したか/加害者に伝わるように示したかを証明すること」に重きが置かれていることに疑問を感じずにはいられない。

■「私たちのことを私たち抜きで決めないでほしい」

2014年11月から2015年8月まで行われた「性犯罪の罰則に関する検討会」に出席していた委員の一人である、角田由紀子弁護士は言う

「刑法では、暴行脅迫のレベルがどの程度かということは明記されていない。書いていないから判例と学者の意見で判断する。被害者と関係ないところでやっている。被害者の実態と無縁のところでやっているわけです。

現在の刑法は今から100年以上前に作られたもの。1907(明治40)年の法律です。その間に世の中がどれだけ変わったのか。憲法によって女性の位置が変わってきたのに、法は変わってきていない」(角田由紀子弁護士)

性暴力都計法を考える当事者の会の代表、山本潤さんは言う。

「性暴力の恐怖、その影響を誰よりも知っているのは私たち性暴力被害者です。私たちのことを私たち抜きで決めないでほしいのです」

検討会で議論されながら、「暴行・脅迫用件の緩和」が法制審議会に盛り込まれなかった理由は「実務においては,強姦罪については,かなり広く暴行・脅迫を認めているのが現状であり,また,暴行・脅迫はなくても抵抗できなかった事案については,抗拒不能として準強姦の成立を認めている」「これ以上に,同意なき性的行為を全て処罰することになると,弁護側が,同意があったという反証をしなければならないことに追い込まれることになり,現在の訴訟構造から見てもおかしい」(「性犯罪の罰則に関する検討会」取りまとめ報告書より)など。

しかし参加した委員からは「現在の暴行・脅迫要件で適切に強姦罪を認定できるというのであれば,被害者等から,暴行・脅迫要件を撤廃すべきとの意見は出ないはずであることからすると,全ての裁判官,検察官が適切な認定をしているとは思われない。その点については,別途,教育,研修等を考えていただきたい」(同)という意見もあったという。

性犯罪のニュースが報じられると、ニュースサイトのコメント欄では加害者への怒りをあらわにしたり、被害者へ寄り添うようなコメントも見られる。そのような関心を持つ人はぜひ、現在の刑法がどのようになっているのか、そして今、改正についてどのような議論が行われているのかに興味を持ってほしい。Aさんや山本さんのような被害当事者たちが、刑法改正に向けて行動を起こしている。

11月12日には東京ウィメンプラザで「刑法性犯罪を変えよう!キックオフイベント ここがヘンだよ日本の刑法性犯罪」が行われる。

(※)

<刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト>は、フェミニズムアーティスト集団「明日少女隊」、性暴力撲滅に向けた啓発活動を行う「NPO法人しあわせなみだ」、刑法が性暴力の実態に見合った法律になるよう活動する「性暴力と刑法を考える当事者の会」、一人ひとりが自分らしく生き、自由に想いを口できる世界を目指す「ちゃぶ台返し女子アクション」の4団体から成る。

2014年~2015年8月まで開催されていた検討会での性犯罪の罰則の在り方に関する論点

第1 性犯罪の構成要件及び法定刑について

1 性犯罪の法定刑の見直し

2 強姦罪の主体等の拡大

3 性交類似行為に関する構成要件の創設

4強姦罪等における暴行・脅迫要件の緩和

5 地位・関係性を利用した性的行為に関する規定の創設

6 いわゆる性交同意年齢の引上げについて

第2 性犯罪を非親告罪とすることについて

第3 性犯罪に関する公訴時効の撤廃又は停止について

2015年11月から2016年6月までの法制審議会での経てまとめられた【要綱(骨子)修正案 】では、暴行脅迫要件の緩和は盛り込まれていない。

(関連記事)

性犯罪被害者を泣き寝入りさせる日本の刑法。100年以上前の法律を今、変えるべき理由は?(2016年11月7日/治部れんげ)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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