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性犯罪の厳罰化に日弁連が一部反対の意見書 被害者支援57団体が抗議へ

小川たまかライター
現状の「強姦罪」は男性被害者に適用されることがなく、改正が検討されている

9月、日本弁護士連合会(以下、日弁連)が「性犯罪の罰則整備に関する意見書」を公式サイト上 に掲載した。9月27日には法務大臣や衆参両議員長、各政党などに同意見書を提出している。

性犯罪に関する刑法は改正に向けて2014年から今年6月まで審議が行われてきた。法制審議会を経てまとめられた修正案が、来年の国会で審議される予定だ。基本的に罰則を強化するものであるこの修正案の2か所について、日弁連は一部反対の意見書を出したのだ。

この意見書に「性暴力と刑法を考える当事者の会」など被害者団体は「被害者にとっては『二次被害』とも言うべき、被害の実態からかけ離れた内容」と反発。抗議声明を出している。

日弁連の意見書に被害者団体と支援団体は抗議
日弁連の意見書に被害者団体と支援団体は抗議

まず、日弁連の意見書はどのような内容だったのだろうか。

(1)「強姦」の定義 肛門性交、オーラルセックスは膣への挿入より程度が軽い?

現在の刑法では、強姦の定義は「暴行または脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫 した者」(※姦淫とは膣性交のこと/12歳以下 の場合は暴行・脅迫の有無を問わず強姦)。この定義では、男性や男児は「強姦」の対象とならず、肛門性交をされた場合でも「強制わいせつ罪」にあたることになる。また、男女問わず口への性器の挿入があった場合も、同様に強姦罪とはならない。

改正にあたって、現在の強姦の定義に、膣性交に加えて「肛門性交又は口腔性交」が付け加えられることが国会審議で議論される予定だ。この改正が行われれば、これまで強制わいせつ罪(有期懲役の下限3年)とされていた「肛門性交又は口腔性交」が強姦と同じく下限5年に引き上げられることになる。

この修正案について、日弁連は「肛門性交又は口腔性交」については、現行法と同様に有期懲役の下限を3年 にとどめるべきと主張。膣性交と同じく 5年とする修正案に反対している。

その理由について、一つは、「二重の重罰化」という言葉が使われている。現行法で強制わいせつ罪に該当するものを強姦とする点においての重罰化、さらに強姦の罪の法定刑の下限が引き上げられる点(懲役3年から5年へ)においても重罰化されることの、「二重の重罰化」にあたるとし、これを行うだけの十分な立法事実が示されていないという主張だ。

もう一つは、姦淫は「従来、侵襲性や妊娠の危険という意味で他の性的行為と異なる特別の意味がある等の指摘がなされてきたところ」。つまり、体内への影響度が異なることや、妊娠の危険の可能性がないことから、肛門性交や口腔性交は姦淫よりも罪が軽いと考えられるということだ。意見書では、肛門性交や口腔性交が姦淫よりも「可罰性が低い事案があることは否定できないはず」と書かれている。

(2)親・養親による性交 子どもの合意があればOK?

意見書で触れられているもう一つは、監護者(18歳未満に対して親権を持つ人/親や養親)による、被監護者(子ども)への強姦について。

改正案では、これまでなかった「監護者であることによる影響力があることに乗じたわいせつな行為又は性交等に係る罪の新設」が検討されている。これは、性虐待の実情を鑑み、関係性を利用した強姦の中でも特に被害者の拒否が難しいと考えられることや、その後の人生に与える影響の深刻さから、新設案が出されていたもの。

これについて日弁連は、「被監護者の意思に反する行為のみを処罰対象とし、そのことが文言上も明確にされるべき」と反対の意見を出している。つまり、被監護者が監護者から性交を求められたとき、意思に反することを被監護者が監護者に示さなかった場合は、罪に問うべきではないということだ。※現行法の通り、13歳未満の場合は暴行または脅迫を用いない場合も強姦罪が成立することから、この場合の「子どもの合意があれば」とは、13歳以上の子どもの合意を指す。

この理由については、意見書の中で「自由意思による性交を処罰するのは国家による過度の干渉である」から。また、「13歳以上の者は性交の意味を理解することが可能であるから、相手方が監護者であるからといって直ちに真摯な同意がないとみなすことはできない」と述べられている。つまり、13歳以上であれば、監護者から性的な交渉を求められたときに、その意味を理解し同意する可能性もあるという意見だ。

■被害者団体が反発する理由は

この日弁連の意見書を受けて、「性暴力と刑法を考える当事者の会」(代表・山本潤)は、10月28日に日弁連に質問書を送り、11月2日には、同会長の中本和洋氏宛の「意見書への反対の要望書」を、副会長の山口健一弁護士、事務次長の神田安積弁護士に面談して手渡した。

質問書・反対の要望書 の内容は、日弁連の意見書への強い抗議だ。また、面談に同行した性暴力禁止法をつくろうネットワークの抗議声明 には、被害者支援などに関わる57団体が賛同している。抗議の論拠を下記に要約する。

(1)肛門性交・口腔性交を強姦(下限:懲役5年)と同様ではなく、懲役3年に止めるべきという日弁連の意見書に対する反論の論拠

日弁連の意見と被害者団体の抗議の一部を要約
日弁連の意見と被害者団体の抗議の一部を要約
  • 口腔性交・肛門性交より姦淫を特別のものとする医学的根拠はない
  • レイプされたとき、女性よりも男性のほうがPTSD発症率が高いという調査結果がある(男性65%、女性45.9%:Kesslerら/1995年)
  • 法制審議会で委員が「子どもが相手で膣性交ができないから、子どもにオーラルセックスを強要する/大人でも月経中だからオーラルセックスをさせる」という例を挙げているように、膣性交と同じ意味を持って口腔性交が行われている現状がある
  • 同意なく自分の身体を侵襲される打撃において、膣性交も口腔性交も肛門性交も同じである
  • 裁判員裁判では、裁判官のみでの裁判より性犯罪に関する犯罪の量刑が重くなっている。性犯罪を重刑化することは市民の賛同を得ている

ものを食べるとき、排泄をするとき、私たちは繰り返し、性加害とそれがもたらす影響に直面します。自分の同意なく、自分の身体内部に身体に侵襲されたその恐怖と傷つき、悲しみ、苦しさ、悔しさを繰り返し味わうのです。そこに部位の違いを問う意味があるのでしょうか?

出典:性暴力と刑法を考える当事者の会による、日弁連会長宛の「貴会『性犯罪の罰則整備に関する意見書』への反対の要望書」より

(2)監護者(18歳未満に対して親権を持つ人)からの性暴力に対し、被監護者(18歳未満の子ども)の意思に反する行為のみを処罰対象とするよう明確にするべきという日弁連の意見書に対する反論の論拠

日弁連の意見と被害者団体の抗議の一部を要約
日弁連の意見と被害者団体の抗議の一部を要約
  • 発達には個人差があり、日弁連の言う「13歳以上の者は性交の意味を理解することが可能であるから」には根拠がない
  • 支配関係に加え「親密圏」という関係性の中で行われる監護者から被監護者への性交において、被監護者が監護者の意志に反する言動を取ることは極めて困難である

父親からの性被害を受け始めた時、私は13歳でした。父が私の身体を触り始めた時、父が自分に何をしているのかを理解できず、怖さのあまり、私は抵抗することも拒否を示すこともできませんでした。それは私が真摯な同意を示したことになるのでしょうか?

出典:同上

補足すれば、現状の性犯罪裁判では、暴行・脅迫の有無のほか、被害者がどれほど拒否を示したか、相手に伝わるように拒否を示したかが重要なポイントとなることが多い。たとえば、被害者が恐怖のあまり体が硬直してしまった場合、これが「拒否の態度」と見なされづらいことがある。被害者団体が懸念しているのはこういった点である。

また、これは筆者の個人的な意見となるが、日弁連は合意があれば罪に問うべきではないと主張するが、監護者と被監護者の力関係において、監護者が被監護者に対して、たとえば「性交してもいい」と言わせたり、あるいは紙に書かせたりすることは、表立った暴行や脅迫を用いずとも比較的容易に可能ではないのかと感じる。そういった場合の「合意」について、裁判の場でどういった判断が下されるのだろうか。

■日弁連、被害者団体の質問書に回答せず

「性暴力と刑法を考える当事者の会」はこの要望書を踏まえ、「13歳という年齢の根拠について」や「監護者と被監護者の間に真摯な同意が発生する性行為をどのように考えるのか」について5つの質問 を質問書にまとめている。

この要望書と意見書に対し、日弁連からは「回答しない」という返答があったという。

また、筆者が取材を申し込んだところ、日弁連広報課から「取材の趣旨は理解するが、意見書の内容以上の回答はないため、取材には応じられない」という電話での回答があった。

■事例:子どもへの口腔性交が「懲役3年6カ月」

【注】下記に、性犯罪の具体的な描写があります。

最後に、裁判例を一つ紹介する。以下は判決文を筆者が要約したもの。

平成28年3月 神戸地方裁判所判決

被害者(当時7歳)に対して、被害者を保護する立場にあった被告人が、「強制わいせつ罪」や「児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰」などに問われた。

被告人は全裸の被害者に勃起した陰茎を触らせ、口にくわえさせ、被害者の陰部を触り、さらに射精してその精液を被害者の顔に付けた。この行為は、金に困って知人から金を借りようとしたところ、金を貸すための条件として被害者とわいせつな行為をしてこれを撮影し、その画像データを送信するように要求されたことによるものだった。被告人はスマートフォンを使って、被害者が映った画像124点を知人に送付した。

この犯行は、親密な関係性及び性的な行為の意味を理解していない未熟さにつけこんだものであって、悪質で被害は重大。画像データには被害者の顔が鮮明に映っており、データ流出の可能性も考えれば、児童ポルノの製造・提供においても犯情は重い。金を得るための動機も、被害者を商品として扱ったもので、強い非難に値する。

一方で、陰茎が勃起していたことや射精したことについては、過去に交際した女性との性行為等を思い出しながら自慰行為をしたことによるものであり、被害者に対する行為によるものではないと述べている。これは発見された画像データの内容とも整合しており、信用できる。

被害者は、検察官調書の中で、被告人に頼まれて陰茎を洗っていたら「だんだん上を向いてきた」と述べているが、取り調べ当時被害者が8歳であったことを考慮すると、取り調べの状況が明らかでない以上、質問に誘導され迎合するなどした可能性も否定できず、高い信用性は認められない。こういった理由から、被告人に性的意図があったとは認定できない。

被告人の刑事責任は重く、実刑相当。一方で、被告人には前科がなく、反省の態度を示しており、今後同種の再犯に及ぶ可能性は高くない。

主文

被告人を懲役3年6月に処する(求刑は4年6月)

「懲役3年6カ月」。あなたはこの量刑をどう感じるだろうか。

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ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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