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犯罪者は被害者の沈黙をあてにする ノンフィクション『ミズーラ』の告発

小川たまかライター
『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』

昨年、日本では名門大学の学生による集団強姦や疑惑が相次いだ。なくならない性暴力と性暴力被害者を取り巻く偏見について、私たちはどう立ち向かうべきなのか。

『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』(亜紀書房)は、昨年9月に日本語訳版が発売されたアメリカのノンフィクションだ。著者のジョン・クラカワー氏は、『空へ』『荒野へ』などの著書を持つベテランの書き手。『ミズーラ』では、2010年から2012年にかけてモンタナ州ミズーラにある州立モンタナ大学の名門アメフトチーム選手が起こした複数のレイプ事件(集団レイプを含む)を取材した。

本書では、レイプ事件の詳細を被害者らが実名で語る(被害に遭った6人のうち5人が実名で取材に応えている)。裁判記録などから加害者の言い分も明らかになるが、そこでわかるのは、加害者と被害者の間に大きな認識の差があることだ。加害者の多くは、自分の行為をレイプではなく通常の性行為と思い込んでいる。

また、加害者が地元で人気のある大学のアメフトチームに所属していたことから、被害者たちへの痛烈なバッシングが行われたことも本書内では詳細に記されている。ネット上では「あの女は注目を浴びたがってるとしか思えない」「(レイプの訴えは選手に対する)ただの魔女狩り」「有名選手なのだからファックするのにレイプする必要がない」といったコメントが書き込まれ、アメフトチームは、レイプを告発した女性たちが悪で、自分たちがチームの伝統を破壊された被害者であるかのような声明文を出しさえした。

裁判では、被害者の性格や、どのような過去があるか(たとえばいじめを受けていた経験があることなど)も加害者側の弁護士から問題にされ、一方で加害者が普段どれほど優れた人物だったかが強調された。

たとえば強盗や殺人の場合、ここまで被害者が疑われたり責められたりすることはないだろう。性犯罪はこの点で他の犯罪と大きく異なることに読者は気付かされる。

著者のクラカワー氏がこの問題を取材しようと思ったきっかけは、我が子のように考えていた女性がレイプ被害にあっていた事実を知ったことだったという。「レイプの残酷さやレイプ問題の広がりについて何も知らなかった自分を恥じた」というクラカワー氏に、メールでの取材を申し込んだ。

『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』
『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』

■性暴力の申し立てによる学内裁判

――加害者の学生に対しての処分について、大学内で裁判が行われていることに驚きました(※)。日本の大学ではそういったことはありません。アメリカのキャンパスで裁判が行われるのは一般的なことなのでしょうか。また、それは司法から完全に独立したものなのでしょうか。(※)学生が陪審員を務め、加害者と被害者両方が証人を立てて主張を行う。

「アメリカには「タイトル・ナイン」という法律があって、性暴力の申し立てがあった場合、大学は必ず調査しなくてはなりません。申し立てが真実であると認定された場合、大学は加害者から大学に所属する人間を守るために何らかの措置を取ることを求められます。たいていこの措置は加害者を大学から除籍ないしは停学処分にするというものになります。

ただ、付け足しておかないといけないのは、大学は刑事司法制度のような権限があるわけではないということです。大学はレイプ犯を投獄する権限もなければ、性犯罪者として登録することもできません。大学が科すことのできる最大の処罰は退学処分です」

――日本のキャンパスでも複数のレイプ事件が起こっています。2000年代にある国立大学で起こった集団準強姦事件では、大学側が加害者を無期停学処分にしました。この事件は後日、示談・不起訴となったことから加害者が大学の処分を不服として民事で訴え、1審では大学側が敗訴しました(2審で勝訴)。この1審での敗訴があることで、日本の大学はレイプ事件の加害者に対する処分について早い段階での判断を行わないのではないか、と言う識者もいます。

「この問題はアメリカの大学でも同じです。退学になったレイプ犯は時に民事で訴えを起こすことがあります。こうした際、しばしば大学は巨額の和解金をレイプ犯に支払って(たとえ犯人が有罪でも)示談に持ち込み、公判になった場合に生じる悪評を避けようとします。こういった前例のために、キャンパスレイプ犯への処罰を大きく躊躇う大学もあります」

■起訴されることの少ない犯罪

――『ミズーラ』では、主にネット上で、被害者に対する中傷が多数行われたことが書いてあります。こういった中傷はセカンドレイプ(性的二次被害)にあたるものですが、このような書き込みについて、アメリカでは書き込んだ人が特定され、処分を受けた例がありますか? 日本では、キャンパス内で行われたレイプ事件で、被害者を中傷する書き込みをSNSで行った同じ大学の学生が処分を受けた例があります。

「レイプの被害者がインターネットで中傷されたとき、もう一度レイプされたように感じるということは同感です。でも、こうした被害者を誹謗中傷する卑劣な行為の当時者が処罰されたり、何らかの責任を負わされるケースは、アメリカでは非常に稀です。

これは、アメリカで行われたレイプのうち起訴されるのは6%以下に過ぎず、さらにそのうちレイプ犯が有罪となるのは半分以下だということを考え合わせれば、驚くにはあたりません。女性が性暴力の被害にあった時の優に90%を超える事例で、加害者は何の処罰も受けずに済んでいるのです(※)」

(※)日本の場合、強姦の起訴率は37.2%(H26年/検察統計年報)。また、内閣府の「男女間における暴力に関する調査」(H26年度)では、無理やり異性から性交された女性のうち、警察へ相談や通報を行った人は4.3%。

■被害者にとってこれほどトラウマを生む犯罪はない

――『ミズーラ』では、性犯罪被害者に対して理解のある男女と、理解のないように見える男女が登場します。前者と後者は、何が違うと思われますか? 後者が、性犯罪被害者を理解するために必要なものは何でしょうか。

「なぜ、レイプ被害者に同情する人もいれば、被害者を非難し残酷に扱い軽蔑する人もいるのかはわかりません。おそらく、多くの男性が女性のセクシャリティに深い恐れを抱いていることと関係しているのではないかと思います。実際、あまりにも多くの男性が女性全般に脅かされていると感じているのです。

性暴力は疑いなく凶悪犯罪ですが、しかし性暴力をそのようなものとして扱っていない判事、陪審員、検察官、警官、看守、役人、大学当局、そして一般市民があまりにも多く存在します。実際、先の大統領選の結果が何らかの指標だとするならば、6300万人のアメリカの有権者が、性暴力を行っても自分はなんのお咎めも受けないと公然と吹聴してみせたドナルド・トランプを大統領に選ぶことをなんとも思わなかったのです。

性暴力の実際は、被害を受けたことのない人が想像するようなものとはまるで異なります。(アメリカでは)80%以上のレイプ被害者は見知らぬ他人ではなく、信頼する知人から被害を受けています(※)。被害者にとってこれほどトラウマを生む犯罪はまずありません。

心理学者は、レイプがアメリカ人の発症するPTSDの最大の原因のひとつだと報告しています。性暴力のサバイバーは、フラッシュバック、不眠、悪夢、過覚醒、抑うつ、孤独感、自殺願望、突然の激しい怒り、激しい不安感など、戦争のサバイバーと同じ症状や行動を示します。世界がコントロール不能になっていくという感情を抑えることができなくなるのです」

(※)「男女間における暴力に関する調査」(H26年度/内閣府)によれば、日本では、女性の約15人に1人は異性から無理やり性交された経験があると答え、そのうち加害者が「まったく知らない人」と回答したのは11.1%。74.4%が、面識のある相手が加害者だったと回答。

■犯人は平均6人の女性をレイプしている

――著名なジャーナリストであり、63歳の男性であるクラカワーさんがこの本を書かれたことには意味があると思います。女性側から何を言っても、何を書いても聞く耳を持たない層(ときとして、大きな影響力を持っている層)に響くことがあるのではないかと思うからです。そう感じる反響はなかったでしょうか?

「この本を読んで、大部分の男性が性暴力に対する考えを変えてくれることを願っていますが、残念ながらそうはなっていません。性暴力に関する誤った考え-レイプ神話-(※)はわれわれの文化に非常に深く根をはっており、これを改めるのは極めて困難です。

それでも、私の本を読んでレイプに対する理解がすっかり変わり、初めて被害者の視点でレイプを見ることができるようになったと言ってくれる男性もいることはいます。ただ、大半の男性は、『ミズーラ』を書いた私を男に対する裏切り者だとみなしています」

(※)「強姦は、女性側の挑発的な服装や行動が誘因となる」など、真偽に関わりなく広く一般に信じられているレイプにまつわる話。参考:「強姦(レイプ)神話とは」(神奈川県)

――第10章では、「レイプ加害者の6〜7割が繰り返し罪を犯し、さらに彼らのうち全員が自分をレイピストだとは考えていない」というデイヴィット・リザック博士の研究結果が紹介されています。この調査を知ったときに、考えたことを教えてください。

「リザック博士の研究結果はショッキングでした。あらゆるコミュニティでレイプ犯は複数回のレイプを行っていること、女性を食いものにするこうした犯人は平均6人の女性をレイプしているということを発見しました。罰を受けることなく多くの女性をレイプすればするほど、犯人は罰を逃れる術に長けていくのです」

■レイプ犯は被害者の沈黙をあてにする

――日本では昨年、名門大学で起こったいくつかの集団レイプ事件が報じられました。エリートが起こしたこのようなニュースに怒る人は多いけれど、性暴力の問題の背景にあるものや、社会に潜む性暴力事件の暗数に気付いている人は少ないかもしれません。

「あなたの国でも私の国でも広く文化的に受け入れられていることを変化させる唯一の方法は、教育だと思います。変化はすぐには起こりませんが、それでも起こりつつあります。少なくともアメリカでは、レイプ被害者が変化の導き手になっています。

『ミズーラ』で書いたように、レイプ犯は、責任を逃れるために被害者の沈黙をあてにします。性暴力のサバイバーが沈黙を破って公に話をする勇気を得られたとき、加害者に強烈な一撃を加えることができます。前に出る多くの被害者は信用されず、法廷にも大学にも、ほかのどこにも正義を見出せない、これはどうしようもなくそうでしょう。

しかし、声を上げることで、ほかの被害者にも語る勇気を与えることになり、またその過程の一環として自分自身の回復が進んでいくことになるかもしれません。サバイバーが光の当たらないところから外へ出て、性暴力がどれほどはびこっているかを明らかにすればするほど、集団になって強さを結集することができます。

こうして一団となって毅然と立ち向かうことは、すべての被害者の心を動かし、孤立のなかでしばしば抱かれる不当な恥の感覚を消し去ってくれます。自分独りでは恐ろしくて声を上げられない被害者たちの心をも動かすのです」

(訳:内藤寛)

ジョン・クラカワー(Jon Krakauer)

1954年生まれ。ジャーナリスト、作家、登山家。当事者のひとりとして96年のエベレスト大量遭難事件を描いた『空へ』(1997年/日本語版1997年、文藝春秋、2013年、ヤマケイ文庫)、ショーン・ペン監督により映画化された『荒野へ』(1996年/日本語版1997年、集英社、2007年、集英社文庫。2007年映画化、邦題『イントゥ・ザ・ワイルド』)など、山や過酷な自然環境を舞台に自らの体験を織り交ぜた作品を発表していたが、2003年の『信仰が人を殺すとき』(日本語版2005年、河出書房新社、2014年、河出文庫)以降は、宗教や戦争など幅広いテーマを取り上げている。日本で現在公開中の登山ドキュメンタリー映画『MERU/メルー』にも出演している。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

トナカイさんへ伝える話

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