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生活保護法改正法案を成立させてはいけない理由

大西連認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

生活保護法改正法案を成立させてはいけない理由

今国会にて「生活保護法改正法案」と「生活困窮者自立支援法案」が提出されています。

11月13日現在、参議院本会議で両法案は可決され、来週以降、衆議院での審議・採決を経て、このままだと成立する見込みとなっています。

僕は基本的に両法案の成立に反対です。各問題点については以下のリンクに詳細を記していますが、ここでは生活保護法改正法案の問題点について解説したいと思います。

SYNODOS:生活保護法改正法案、その問題点

SYNODOS:新しい支援制度の実態とは_生活困窮者自立支援法案の問題点

そもそも生活保護ってどんな制度?って方にはこちら

SYNODOS:貧困の「現場」から見た生活保護

今回の法改正は戦後最大の制度改正と言われています。

具体的に何がどう変わるかというと、大きな変更点としては、

・制度申請時の手続きの変更

・扶養義務の強化

が挙げられます。

それぞれについて簡単に説明します。

申請書が必要?

生活保護制度の申請は口頭でも可能とされています。しかし、改正案では「申請書」「必要書類の添付」を求めるとしています。

これってもしかしたら当たり前?と思われるかもしれませんが、実際はなかなかそうではありません。

例えば、DV被害を受けて着の身着のまま逃げてきた、病気や障がいで書類を書くことができない・そろえることができない、ホームレス状態で必要な書類を紛失してしまった・・・など、本来必要な、特により困窮した状態の方ほど、そういった書類や必要事項を用意できない可能性が高いのです。

また、「申請書」が必要だとして、「申請書」はどこで手に入るのでしょうか。

役所の窓口に行ったらすぐ手に取る所に置いてあるのであれば問題がないのですが、今のところそういった自治体はほとんどありません。むしろ、申請をさせてもらえない、などの「水際作戦」と呼ばれる窓口での不当・不法な対応も問題になっています。

政府はそういった懸念に対して、

・条文とは違って実際は今後も口頭で申請が可能

・誤った運用が現場で起きないように「説明会」を開いたり、指導をおこなう

と答弁しています。

また、「申請書」が必要だということで、そういった「申請書」を全ての窓口におくかどうか、という野党議員の質問に対しては、政府は「今のところそういうことは求めていない」と回答しています。

申請書を窓口に置くぐらい、すぐできると思うのですが・・・。

まず家族が養うことが原則になる?

もう一つ大きな論点は「扶養義務の強化」です。

生活保護制度のなかの「扶養義務」とは、民法で定められた規定にのっとり、親・きょうだい・子どもなどの家族・親族で扶養できる状況の人がいたら、可能な範囲で支援をしてもらう、というものです。

ここで重要なのは「可能な範囲で」ということです。

実際には、扶養能力がない方、家族も困窮している方はもちろん、DVや虐待により逃げてきた方、何年もご家族と連絡が取れていなくて縁が切れている方など、その方の状況や環境によって、「扶養」というものは法的に強制されるものではありません。

しかし、今回の改正では、

・申請があったら扶養義務者(家族)に、特別な事情がない限り通知する。

・扶養義務者(家族)に対して資産や収入の状況について報告を求めることができる。

・扶養義務者(家族)の資産・収入等について官公署に資料の提供や報告を求めることができる。

・過去(当時)の生活保護利用者およびその扶養義務者(家族)の保護期間中の資産・収入等について、官公署に資料の提供や報告を求めることができる。

・官公署は上記の求めがあれば速やかに資料等の提供をおこなう。

と書かれています。(24条8項、28条、29条)

例えば僕が生活に困って生活保護を申請するとします。

まず、僕が申請をしたら、福祉事務所(役所の担当窓口)から「僕が申請したこと」「僕を扶養できるかどうか」「家族の資産や収入の状況」について、僕の家族に報告を求める通知が届きます。

また、福祉事務所は、公的機関(官公署)に僕の家族の収入や資産の状況について資料の提供や報告を求めることができます。(国会答弁ではマイナンバー制度を扶養調査に活用することも検討していると言っている。)

そうなると正直、メチャメチャ困っていても申請を躊躇してしまいそうです。

これはすなわち、これまでは家族の状況や環境に応じて「可能な範囲」の適用であった「扶養義務」が条文上の適用をされると、事実上の「要件化」につながっていくことをあらわしています。

国はこういった懸念に対して、

・条文とは違って実際はこれまでの運用と変わらず「扶養義務」は「可能な範囲」である。

・誤った運用が現場で起きないように「説明会」を開いたり、指導をおこなう

と答弁しています。

これって、先ほどの「申請手続きの変更」の時と同じ答えなんです。

条文の内容と政府答弁が矛盾

このように、2つの論点については「条文」に書かれた内容と「政府の答弁」が矛盾しています。

国は今回の改正について、

・特別な事例に対応するための変更である。

・運用はこれまでと変わらない。

と言っています。

確かに、例えば、本当は家族が大金持ちで扶養できるのにしていなかった、みたいな事例があったとして(昨年のお笑い芸人のお母さんが生活保護利用されていたケースなど。※例として出しましたがあのケースは現行法上不正受給にあたりません)、それに対応するために条文を整える、というのは一つのアプローチなのかもしれません。

しかし、実際にはそういった事例はほとんどないに等しい一部の事例ですし、現行法でも家裁申立てなど、そのための制度は用意されています。(77条)

むしろ、ここで懸念されることは、そういった「一部の事例」に対応するために、「制度全体の方向性」を変えてしまうということです。

この連帯責任的な感じは何なのでしょうか。

「申請手続きの変更」や「扶養義務の強化」は、実際に生活保護申請をおこなう人の精神的なハードルを上げ、家族に知られたくない、制度利用は恥ずかしい、などの気持ちを持たせてしまいます。(スティグマ性を強めると言います。)

そうすると、本来、生活保護が必要な方が、結果的に制度利用につながれなくなってしまう恐れがあります。

「不正受給対策」をテーマに挙げている今回の改正ですが、結果的には悪質な事例が減るというよりは、全体を抑制する結果になり、より困難な方がこぼれてしまうという可能性が指摘されています。

何でも「運用」の問題

今回の改正は、窓口での「運用」の権限がかなり大きくなる改正になっています。

これは地方分権化の流れの中では必然なのかもしれません。しかし実態はそんなに単純な話ではありません。

例えば、いい自治体は国の答弁通り「これまで通りの運用」をおこなうでしょう。

しかし、悪い自治体は「条文通りの運用」をおこなって、かなり厳しく申請者の気持ちを挫く対応をしてしまうでしょう。自治体によっては条文を「水際作戦」のツールに使いかねません。(申請者本人が「国がこう答弁していた」と抗弁するのは大変です。)

そういった「運用」をどうチェックしていくかという事に対して、国は「誤った運用が現場で起きないように「説明会」を開いたり、指導をおこなう」と言っています。

実際にどのような「説明会」を開いて、また、どう指導・チェック体制を敷いていくかはまだ決まっていません。

そういった状況のなかで実際の「現場」にさらされるのは、生活困窮した方であり、またその方を受け入れる自治体の職員です。

'''国が「運用」をどうチェックしていくのか。どう責任をとって制度を展開していくのか。

その視点が曖昧なままに改正案は国会を通過しようとしています。'''

衆院で可決の前に

今日、参議院の本会議で生活保護法改正法案は可決されましたが、そこには野党議員の要望で「附帯決議」というものがつきました。

附帯決議とは、法的な拘束力はないものの、政府はその尊重を求められています。

附帯決議の内容としては、「申請手続きの変更」に関しては、

・口頭でも可能などこれまで通りであること、「水際作戦」があってはならないことを地方自治体に周知徹底すること。

・「申請書」や「説明資料」を相談窓口に常時配備すること

・相談窓口の対応等の実態調査をおこなうこと

・不服のある相談者が相談できる期間を設置すること

を明記しています。

また、「扶養義務の強化」に関しては、

・「扶養」は生活保護の前提や要件ではないことを明確にすること

・扶養調査に際しては申請の躊躇や家族関係の悪化をきすことがないように十分配慮すること

などが盛り込まれました。

僕たち支援団体などが要望していた内容を概ね入れてくれた結果になったわけですが、これらはあくまで「附帯決議」であって、法的な拘束力がないのも事実です。

私たちの最後のセーフティネットである「生活保護」が、このままでは必要な人が利用しづらい制度へと改悪されてしまいます。

衆議院でのこれからの審議で各党の議員がどのような質問をおこなうのか、その結果を見守っていく必要があります。

認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

1987年東京生まれ。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わっています。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言しています。主著に『すぐそばにある貧困」』(2015年ポプラ社)。

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