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ネットカフェ難民って「出稼ぎ扱い」なの?

大西連認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

ネットカフェ難民って「出稼ぎ扱い」なの?

本日、僕も所属する<もやい>では、新宿区に対して、「生活保護の適正な運用を求める申し入れ書」を提出し、新宿区の担当者と話し合いの機会を持ちました。

新宿区の対応に非常に問題があったため、あらためてここでも報告します。

■生活保護申請をくじかれたAさん

Aさんは、約1年前に実家を追い出され、新宿区内のネットカフェで生活していました。身体疾患に悩まされて仕事に就けず、生活困窮し1月14日に新宿区に生活保護申請をおこないました。

Aさんは生活保護の申請書を提示し、申請の意思を明らかにしていましたが、区の担当者は「B県にある実家に帰れ」の一点張り。体調もすぐれず、気持ちがくじけたAさんは申請をあきらめてしまいました。

このことを違法な対応ではないかとただしたところ、新宿区からは、

●本人が実家に帰りたいと話したのでその方向性で話をすすめた

●実施責任があるのは実家のあるB県だと判断した

という返答でした。

前者に対しては、Aさん自身が否定されているので、新宿区と完全にすれ違います。この点については、今後、区側と協議していくつもりです。

一方、後者については少しこの場で考えてみたいと思います。

■実施責任って何?

「実施責任」とは、端的に言うと、生活保護の申請があった時にどこの自治体が保護を行うか、ということです。

通常、「住まい(居住地)」がある人の生活保護申請の場合は、その「住まい」がある自治体に「実施責任」があり、「住まいがない(住所不定)」状態の人の申請は「現在地保護」と言って、その方が今いる自治体で生活保護を利用することができる、というものです。

ですので、Aさんの場合は、ネットカフェ生活で「住まい」を失っている状態、「住所不定の状態」であったため、「現在地保護」を求めて、新宿区に生活保護申請をおこないました。

しかし、新宿区は回答のなかで、「実施責任はB県にあると判断した」とあります。

どういうことでしょうか。

生活保護制度の運用について書かれている『生活保護手帳2013年版』を見ると146ページに、

保護の実施責任は、要保護者の居住地又は現在地により定められるが、この場合、居住地とは、要保護者の居住事実がある場所をいうものであること

とあります。

Aさんは約1年ほどまえに実家を出たあと、ネットカフェ難民状態で新宿区内で生活しており、あきらかにB県に居住実態はありません。

ですので、新宿区はもう一つの居住地の解釈をおこなったと考えるしかありません。

同じく『生活保護手帳2013年度版』の146ページに

なお、現にその場所に居住していなくても、他の場所に居住していることが一時的な便宜のためであって、一定期限の到来とともに曽於場所に復帰して起居を継続していくことが期待できる場合等には・・(中略)・・その場所を居住地として認定すること

とあります。

これって、いわゆる「出稼ぎ」の人のための項目です。

新宿区は、Aさんはネットカフェ生活をしながら「出稼ぎ」をしていた、と解釈したのでしょうか。

■ネットカフェ難民は「出稼ぎ扱い」なの?

このように、新宿区が主張した「B県に実施責任がある」という判断は、実際に居住実態がB県にないことがあきらかな以上、この「出稼ぎ」の人向けの項目を根拠にしていると考えることが、唯一の解釈です。

あまりにも苦しいというか、唖然とする方便だと思います。

Aさんは結局、別の区で生活保護申請をおこない、出稼ぎ扱いではなく「住所不定」と認定され、「現在地保護」のもと、現在生活保護を利用し、療養につとめています。

新宿区の意味不明な「出稼ぎ解釈」により、Aさんは不利益を被ったばかりか、そのような野放図な解釈をした担当者を区はあくまでかばうつもりのようです。

正直、申し入れに際しては、区側からは「誤解を与えるような窓口対応があり再発防止に努めます」的な話があるかと思っていました。

なので、ある種、こういった「居直り」的な返答が来るとは思っておらず、唖然としました。

事実関係も含めて、区とAさんと我々とで見解はかなり異なっているのですが、こういった実態を明らかにし、2度と同じようなことが起こらないよう、適正な制度運用と法的解釈を求めていきます。

以下、もやいの公式見解を掲載します。少し長くなりますが全文を載せます。HPではこちら

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本日、新宿区に申し入れをおこないました。

新宿区からは、生活福祉課長、担当係長及び実際に相談対応した職員以下が参加し、申し入れ書への回答及び、意見交換をおこないました。

主な論点としては、

1,事実関係について

2,申請権の侵害について(実施責任をめぐって)

3,今後の対応/チェック体制について

について、議論しました。

以下にその内容を報告いたします。

1.事実関係について

Aさん+もやいの主張は、

●家族との折り合いが悪く、実家には帰れないと福祉事務所に伝えた。

●生活保護申請書を持参し、住所不定の状態で「現在地保護」における生活保護申請をおこなった。(新宿区での申請意思は明確だった)

●担当者から実家に戻ってから病院にかかること、申請書を出したとしても書類を実家のあるB県(内の福祉事務所)に回す、と言われたため、申請を断念せざるをえなかった。

しかし、それに対して、新宿区の主張は、

●Aさんからは、病気だという話も聞いていたが、B県の実家に戻りたいが、手持ち金がないという相談だったと聞いている。

●戻れる家があるのであれば戻っていただいて、そちらの方で生活保護をと考えた。

●福祉のほうで違法に追い返したなどということはない。

というものでした。

私たちが、Aさんに確認したところ、

●実家に戻れない旨は福祉事務所にて話しているし、戻りたいとは一言も言っていない。

●相談の際に実家に戻るのなら交通費を出すけれども、それ以外の話は聞かないという態度だった。

このように、Aさん+<もやい>と、新宿区の主張は大きく食い違っています。

しかし、Aさんは新宿区に生活保護申請をしたい旨を「申請書」に記載した上で、申請に訪れていて、申請意思は明らかです。新宿区の「実家に帰りたいとAさんが申し述べた」という主張は明らかに矛盾しています。

新宿区の言を取るとするのであれば、Aさんは、新宿区で生活保護を利用したいと意思を表明しつつ、もう一方で実家に帰りたい、という主張をしたということになります。ひとりの人間が同時に矛盾する二つの主張をした、という新宿区の説明は明らかに論旨がおかしいと言えます。

2.申請権の侵害について(実施責任をめぐって)

Aさんは、新宿区内のネットカフェにて生活をしていたため、住所不定の状態から、「現在地保護」において、新宿区に生活保護申請をおこなおうとしました。しかし、新宿区はB県にある実家に戻ることをすすめ、またそれだけでなく、生活保護の申請書をB県に送るだけだ、とまで言い放ちました。

それに対して新宿区としては、

●実施責任があるのは実家のあるB県だと判断した

●本人が実家に帰りたいと話したのでその方向性で話をすすめた

とのことでした。

ちなみに「実施責任」とは、生活保護の申請があった時にどこの自治体が保護を行うか、ということなのですが、「住まい(居住地)」がある方の生活保護申請の場合は、その「住まい」がある自治体に「実施責任」があり、「住まいがない(住所不定)」の方の申請は「現在地保護」と言って、その方が今いる自治体で保護を利用することができる、というものです。

ですから、新宿区の主張によれば、Aさんは約1年ほど前に実家を追い出され、現在は新宿区内のネットカフェにて生活しているのですが、B県にある実家が「居住地」である、ということを主張しているということになります。

もしこれがまかり通るのであれば、「ネットカフェ難民」の人たちも、実家があるのであれば、実家に「居住地」があるという判断をされる、ということになるかもしれません。

実際にAさんは後日、別の区にて生活保護申請をし、「現在地保護」にて現在、制度利用が決定しています。

新宿区はきちんと聞き取りをせずにB県に実施責任があるという判断をおこない、結果としてAさんの申請権を侵害し、不利益を与えたと考えることができます。

仮に、もし実施責任について判断に迷う状況であったとしても、まずは申請を受理して、そのうえで居住地があるかどうかを調査し、保護が必要かどうか判断するべきであり、新宿区の対応は明らかに問題があります。

Aさんは相談対応した担当者に執拗に実家に帰るように迫られ、もともと身体疾患もあることも影響し、申請する意思をくじかれてしまいました。

2006年3月30日厚労省通知「生活保護行政を適正に運営するための手引きについて」によれば、

「要保護者に対してはきめ細かな面接相談、申請の意思のある方への申請手続きへの援助指導を行うとともに、法律上認められた保護の申請権を侵害しないことは言うまでもなく、侵害していると疑われるような行為自体も厳に慎むべきものであることに留意する」

と書かれています。

百歩譲って事実関係に関する新宿区の説明が正しかったとしても、Aさんへの新宿区の対応は、あきらかに「水際作戦」を疑われるような、「厳に慎むべき」行為と言えます。

3.今後の対応/チェック体制について

Aさんの件について、実は<もやい>が申し入れをするまで、課長及び担当係長は事情を知りませんでした。

そのことについて、新宿区に確認したところ、「基本的には担当者がその都度判断している(毎回毎回、係長なり課長なりが判断する訳ではない)」という返答でした。

もちろん、すべての事案について、課長や係長が判断をすることは物理的に難しいかもしれません。しかし、一方で、Aさんの場合は、担当者は、ネットカフェ生活中で約1年帰っていない実家に「居住地」があるという判断を一人でおこなっていました。しかも、それにより結果的に申請権を不当に侵害され、不利益を被っています。

また、Aさんの場合、申し入れ書にあるように、たまたま事情を聴いた<もやい>のボランティアが、担当者の対応の違法性について、上司である係長と話しをさせてほしいと訴えたにもかかわらず認められず、本人は意気消沈して申請をあきらめました。こういった対応は、福祉行政におけるチェック体制の問題をあきらかにしています。

そして、同様の事例があるかどうか区として調査してほしいとの申し出に対しては、「現実的に難しい」との返答でした。

もちろん、福祉事務所の担当者も相談者も人間ですから、うまく説明できないことや、伝えられないこと、誤解を与えてしまうこともあります。しかし、重要なのは、そういったことが起きても相談者が不利益を被らないための体制を整えていくことです。

まず、実際に窓口の現場で担当者がどういった対応を行っているのか「ブラックボックス」になっていることは言語道断ですし、福祉行政として、チェック体制も含めて、どういった対応が行われているのか、不適切なこと、誤ったことがなかったか、襟を正して検証するべきです。

新宿区から今後の体制改善についての提案等は特にありませんでしたが、<もやい>として、このような事態が二度と起こらないように、今後も新宿区の対応について強く抗議するとともに、東京都や厚労省に対しても、働きかけていきます。

もやい一同

以上

認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

1987年東京生まれ。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わっています。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言しています。主著に『すぐそばにある貧困」』(2015年ポプラ社)。

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