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高齢者の健康寿命を口実に「子犬を売りたい」業界の倫理観

太田匡彦朝日新聞記者
飼い主から飼育放棄された犬には過酷な運命が待つ=広島県動物愛護センター

ペットフード協会の推計によると、日本国内の犬の飼育頭数は2008年をピークに、2010年代に入って右肩下がりになっている。また、血統書発行団体であるジャパンケネルクラブ(JKC)の犬籍登録数も2010年に40万匹の大台を割り、減少傾向にある。

こうした現状に、ペット業界の危機感が高まっている。そしてその危機感の高まりによってペット業界は、いかに販売頭数を増やすか――という方向へと突き進んでいる。

少子高齢化にともなう市場の縮小は、これまで日本国内のあらゆる業界が経験してきた。そんななかで、「子どもが減って困った。よし、子どもを増やそう」という経営方針を掲げる企業または業界団体があっただろうか。常識的に考えれば、既存の製品の付加価値を高めたり、培った技術をもとに他の産業への新規参入をはかったり、構造改革による体質強化をしたり、はたまた業界再編を目指したり、といった経営努力を重ねてきたはずだ。

ところがペット業界は、「子犬を増やそう」という施策に前のめりになっている。ターゲットになっているのが、高齢者だ。

前年秋から全国で相次いだ犬の大量遺棄事件の記憶がまだ生々しかった2015年4月、東京・有明の東京ビッグサイトで業界団体などが主催する展示会「インターペット」が4日間にわたって開かれた。その会場で行われた各セミナーで発せられた業界関係者らの発言は、象徴的だった。

少し長くなるが、いくつか引用してみたい。

●「何もしなければ2400億円が失われる」(越村氏)

たとえば、「ペット産業の新たなビジネスの潮流―人とペットの健康寿命増進はペットとの共生から―」と題したフォーラム。タイトルの通り、高齢者の健康寿命を延ばすために犬の飼育を推奨しようという趣旨のフォーラムなのだが、そのなかで、司会進行を務めた越村義雄・ペットフード協会会長(当時)は次のように危機感をあおった。

「これから(犬の飼育頭数が前年比)3・6%ずつ減少するとして、だいたい2400億円くらいが失われる。一方で、いま殺処分ゼロ運動というものがある。もちろん命を救うのは大切なんですが、いま殺処分されている12万8千頭をゼロにしたら、ま、だいたい84億円くらい。もちろん12万8千頭を救うことも大切ですが、人と動物の共生社会をつくるということに関して、いまのまま業界が(飼育頭数の減少に対して)何もしませんと、最低でも2400億円が損失になるというそんな試算がでている」

日本ヒルズ・コルゲート名誉会長まで務めた越村氏が、殺処分を減らそうという取り組みの「経済効果の小ささ」を指摘してまで、業界として犬の飼育頭数を増やす施策を行うことの大切さを訴えたわけだ。

●「売れ残りの子犬たちをどうすればいいのか」(永村氏)

さらに、同フォーラムの翌日に行われた「いかに頭数を増やすか 飼育頭数増加と健全なペット産業育成策」というテーマを掲げたパネルディスカッションでは、業界団体トップらによる、まさに「いかに頭数を増やすか」に焦点をあてた発言が相次いだ。

まずは、永村武美・JKC理事長が「頭数増の施策としては、一般家庭における犬の繁殖は、年間8~10頭未満であれば(第一種動物取扱業の)登録をしないでもいいように、規制緩和をしていただきたい」と、子犬の生産規模拡大をはかるために、動物愛護法の改正を求めた。さらに続けて、犬猫等販売業者に対する国からの助成が必要だと主張する。

「いまの動物愛護法では、終生飼養の確保という非常に厳しい項目を満たさなければいけない状況になっているが、ペットの販売業者は、非常に言葉は悪いんですけど、売れ残りの子犬たちをどうすればいいのか。新しい飼い主が見つかるまでその子犬たちを飼っておく場所、いわゆるシェルターを自分たちで準備する意識が、小売り関係者の間でもかなり芽生えてきている。一方で、ペットの飼育は国民の健康のためになっており、裏をかえせば医療費がそのぶん軽減されているということ。つまり公共性が非常に高いのだから、(犬猫等販売業者が)シェルターを作る際には3分の1とか半分は、国が助成するといった措置もぜひ考えていただきたい」(永村氏)

改正動物愛護法では、犬猫等販売業者にも終生飼養の確保を図ることが義務付けられた(第22条の4)。背景には、生体小売業を中心に据えたペット業界のビジネスモデルがこれまで、大量生産、大量消費、大量遺棄という構図を生み出してきたことがある(タブロイド版「sippo」No.25「ビジネスが犬に「犠牲」を強いる 大量生産、大量消費が招く悲劇」参照)。そんな、犬猫に犠牲を強いる状況を改善するために、新設された条項だ。

にもかかわらず、元農水官僚で、日本最大の血統書発行団体のトップである永村氏は、その条項ができたことで「売れ残りの犬をどうすればいいのか」という問題を犬猫等販売業者は抱えたと発言する。そして今までのビジネスモデルを維持するために、つまりはこれまで通り大量生産・大量消費=頭数増という状況を維持するために、国に助成を求めているのだ。

そもそも永村氏といえば、最近も、業界団体などが主催する別のシンポジウムでこんな発言をしていた。

「急激に規制強化が行われると、(犬の)大量遺棄、廃棄ということが必然的に起こってくる。ブリーディングができなくなっても、それを保健所で引き取ってもらえなくなった。どうしたらいいのか、もう知恵の出しどころがなくて、大量廃棄、遺棄をするということになる」(11月15日に開催された「ペットとの共生推進協議会シンポジウム」での閉会のあいさつ)

先の発言とあわせて、業界団体のトップ自らが、売れ残った犬や繁殖能力が衰えて不要になった犬を各自治体に引き取らせることを前提としている現実に、驚きを禁じ得ない。本来であれば業界団体は、自浄作用を働かせて、そのようなビジネスモデルを変革する方向に向かうべき局面ではないだろうか。

ところがペット業界は、業界をあげてその逆の方向へと突き進もうとしている。大量生産、大量消費、大量遺棄のビジネスモデルを温存したまま、業界は新たに、高齢者に犬を飼わせる(買わせる)施策を積極的に推し進めようとしているのだ。

インターペットの同じパネルディスカッションの後半で、赤坂動物病院医療ディレクターの石田卓夫・日本臨床獣医学フォーラム会長はこう述べた。

「老人が『私はさみしいから犬を飼いたい』といったら、それは何人(なんぴと)も妨げてはいけないという条例ができてほしいと思います。法律では無理かもしれないけど、各地方の条例くらいならできるんじゃないか」

●増加する高齢者による犬猫の飼育放棄

近年、高齢者による犬猫の飼育放棄が全国的な問題になっていることは、11月29日付の朝日新聞朝刊で報じた通りだ。

そもそも「終生飼養」は、すべての「動物の所有者」にとっての責務だ(動物愛護法第7条第4項)。高齢者といえども、この条項の例外ではない。であればやはり、高齢者を含むすべての人が、自分の年齢、健康状態、経済状態、ライフスタイルを鑑みて、犬や猫が「その命を終えるまで適切に飼養すること」が可能かどうか、冷静な判断が求められて当然だろう。石田氏の発言は、現に起きている社会問題に対する解決策や動物愛護法の趣旨と、矛盾していると思わざるをえない。

もちろん、犬や猫を飼いたいという高齢者の思いは尊重されなければならない。そのためにも、高齢者が犬や猫を飼うためのサポート体制を充実させる必要がある。また高齢者自身も、子犬や子猫を買うのではなく、一度捨てられた保護犬や保護猫を「一時預かり」するなどの選択肢を検討してみてもいいかもしれない。

そして何より、ペット業界の根幹にある生体小売業を中心に据えたビジネスモデルを、見直さなければいけない。業界団体による自浄作用が期待できない現状を鑑みれば、動物愛護法改正による動物取扱業者への規制強化を急ぐべきだ。もし現在の環境のままペット業界が高齢者に犬猫の飼養を推奨すれば、そのしわ寄せは、犬や猫、そして各自治体(つまりはすべての納税者)へといく。

高齢者に犬を飼わせる(買わせる)施策を、ことさら推し進めようとするペット業界。この状況を看過すれば、ペット業界のために犬や猫たちが今以上に犠牲になっていく……。

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朝日新聞記者

1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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