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電通過労死事件のあとに 長時間労働の原因と対策

太田康広慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
通勤風景。本文とは関係ありません。(ペイレスイメージズ/アフロ)

電通の過労死のケース

広告大手代理店「電通」に勤めていたかたが、昨年末に過労を苦に自死したという痛ましいニュースが報じられている。まずは、亡くなった高橋さんのご冥福を衷心よりお祈り申し上げる。

本件に関しては、電通の労働環境、残業時間、上司の態度など、いろいろなことが話題になっている。休日出勤が常態化し、睡眠時間が2時間の日もあるという状況で、本当に残業時間が100時間程度で済んでいたかどうかはわからない。また、長時間労働そのものは一因にすぎず、仕事の成果を認められず、容姿その他について侮辱を受けて、精神的に追い詰められたことも大きな問題だという意見もある。

このように、いろいろな側面があることは承知しつつも、ここでは、長時間労働を取り上げる。高橋さんの残業時間は、遺族側弁護士によると月130時間を超えることがあったという。実際にはこれ以上なのかもしれないが、三田労働基準監督署が認めた月105時間という残業時間だけでも、過労死ラインとされる月80時間は超えている。

また、電通のケースとは別に、関西電力に勤めていた高浜原子力発電所の40歳代の男性の課長が、過労で自死していたという痛ましいニュースもある。関西電力高浜原子力発電所1、2号機の運転延長のため、過労が重なっていたのだろうか。1、2号機が40年超運転の安全審査に合格した日になくなったとのこと。衷心よりご冥福をお祈り申し上げる。

長時間労働による過労死が頻発する日本の労働環境は異常である。

「かとく」の立ち入り調査

長時間労働が話題になったせいか、東京労働局の過重労働撲滅特別対策班が電通の本社に立ち入り調査に入ったとのことである過重労働撲滅特別対策班は、通称「かとく」と呼ばれ、重大で悪質な労働基準法違反を取り締まるため、2015年にベテランの労働基準監督官を集めて、東京および大阪の労働局に新設された組織らしい

違法性が高く、証拠隠滅の畏れが大きい場合以外には、事前に日時が通告されて、立ち入り調査をするものらしい。今回は、抜き打ち調査ということで「かとく」が電通の労働基準法違反を重大なものと見て、本気で調査をしているという意見もある。

一方で、ネット上の風評ではあるが、電通本社に「かとく」が入っていく映像がメディアで報じられていることをもって、本当に「抜き打ち」だったのかどうか訝かしむ意見もある。東京労働局過重労働撲滅特別対策班が電通本社を「抜き打ち」調査することをメディアが報道すること自体、パフォーマンスだという穿った見方である。どっちが本当なのかは筆者にはわからない。

電通の場合、労働基準法36条にもとづく、いわゆるサブロク協定は月70時間だったという。よって、実態が100時間を超えていても、69.9時間などと記録されていたというのが事実であれば、違法な長時間労働が全社的に常態化していた疑いがあるとみて、刑事事件としての立件を視野に調べを進めることになるのだろう。

厚生労働省では長時間労働はないのか?

しかし、それとは別に気になることがあった。東京労働局の属する厚生労働省で「違法でない」長時間労働が常態化している疑いはないのだろうか。

「違法でない」というのは、一般職の国家公務員は労働基準法の適用除外だからである(国家公務員法附則16条)。真偽のほどはわからないが、インターネット上には、朝9時半から深夜午前2時までの勤務が週の半分くらいあり、土曜出勤はなかったことにされて、だいたい40時間くらいの残業時間しか記載されていないという投稿もある。タクシー券を申請しにくいので執務室のソファで寝泊まりすることもあるという。

また、木曜日の朝から土曜日の朝まで寝ないで仕事をしているという自称防衛省職員の訴えも公開されている。

もちろん、匿名の投稿につき、真偽のほどは不明ではあるが、国家公務員が名前を出して、長時間労働の窮状を訴えることが難しいこともまた事実だろう。

もしネット上の風評が正しければ、厚生労働省においても事情は同じなのかもしれない。そして、もし、長時間労働を問題視し、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を推進している厚生労働省に勤務されているかたが長時間労働をしているとしたら、紺屋の白袴といわれてもしょうがないだろう。

日本の公務員は少ない

かりに官庁で長時間労働が常態化しているとしたら、その背景には「身を切る改革」の名の下に、国家公務員の定数削減が続き、人員が絶対的に足りていないという事情があると想像する。OECDのGovernment at a glance 2015のグラフを見ると、日本の公務員の少なさが目立つ。2013年の統計で、すべての就業者数のうち公的部門で働く人の比率は、取り上げられている33カ国のうち、日本は7.9%でコロンビアの4.1%、韓国の7.6%に次いで3番目に小さい。

Source: ILO, ILOSTAT (database).
Source: ILO, ILOSTAT (database).

公務員の人数が少なく、仕事量が変わらなければ、1人あたりの仕事量は増える。ほかの事情が同じなら、それは長時間労働に繋がるはずである。

深夜の質問通告

残業の一因として、国会議員の質問通告が遅れ、深夜まで職員が職場待機するという理不尽なことがあるらしい。最近、野党議員の質問通告が質問当日の午前0時過ぎまで遅れ、与党が抗議したというニュースがあった。質問通告が遅れたため、全省庁の関係部署の職員が深夜まで待機していたという。職員が帰宅するのに必要となったタクシーは200台というツイートもある。

この記事は、すでに多くのニュースサイトで削除されている。一方、質問者からの事情説明も公表されている。嫌がらせの意図をもって質問通告を遅らせたという報道は事実ではないようである。

しかし、質問者が決まったのが質問前日の午後5時半頃であったため、質問通告が質問当日の深夜0時過ぎになり、多くの職員が待機していたという事実は否定されていない。これは、特定の政党の特定の議員が悪いということではなくて、結果として多くの職員を待機させてしまうような仕組みがマズいということである。

質問の前日の夜10時に質問通告すれば、質問に無関係な部署の職員は夜10時以降に帰宅できるかもしれないが、該当部署の職員は徹夜に近い作業が強制されることになる。普通に許されていい慣行だとは思えない。十分な作業時間を確保して締切を定め、質問通告が締切を過ぎた場合には、質問者や質問者の属する政党に金銭的なペナルティを科すことは考えられないのだろうか。質問通告が遅れたことによって発生した全省庁の残業代やタクシー代は負担するのスジだと考える。(ウェブ上の風評が正しければ、サービス残業なのかもしれないけれど。)

たとえ違法性はないとしても、東京労働局の過重労働撲滅特別対策班は、厚生労働省本省に立ち入り調査をして実態を明らかにすると本気度が伝わりやすいのではないか。逆に、厚生労働省では、ほぼすべての職員がほぼ毎日定時で帰っているとすれば、それを一般に周知させることにも一定の意義がある。

民間の長時間労働

長時間労働は、民間でもかなりある。今回の電通や関西電力のケースだけでなく、長時間労働が普通になっているケースは他社にもあるだろう。 

週に40時間労働とすると、1カ月が4週間なら160時間となる。月に80時間の残業は5割増し、160時間の残業なら2倍である。いつも長時間の残業が発生するなら、絶対的に人手が足りていないということだろう。いつも人手が足りていないのに、なぜ企業は人をもっと雇わないのだろうか。時間外労働に割増金が付くことを考えれば、人員を増やして定時で帰ってもらったほうが安上がりのはずである。

そこには、おそらく、売上の変化に合わせて増やしたり減らしたりできる変動費の割合を高めておきたいという経営者の判断がある。同じ売上高利益率の企業が2つあれば、固定費率の高い(変動費率の低い)企業のほうがリスクが高い。売上が下がったときに、変動費はそれに連れて小さくなるが、固定費は変わらないからである。リスクの高いビジネスをしていれば、できるだけ、固定費率を下げておくのは理にかなっている。

そして、従業員を解雇するのが難しい国において、人件費は固定費的な性格が強い。売上が落ち込んだとき、レイオフできないとすれば、人件費のうち、変動費の部分をできるだけ増やそうとするのは自然である。基本給を低く抑えて、ボーナスの比率を高める。必要な人員より少ない人数を雇っておいて、長時間労働をしてもらい、残業代という、いざとなれば減らすことのできる変動費の割合を高くしておく。派遣社員、契約社員といった、いざとなれば削減できる人員の割合を増やす。

つまり、長時間労働は、厳しい解雇規制の結果である可能性が高い。また、非正規雇用が増えて、正社員との格差が拡がっているのも、正社員の雇用が強く守られていることと関係している。年に2回、多額のボーナスが支払われる慣行も、人件費をできるだけ変動費にしておこうという趣旨だろう。

日本では、会社の都合で、従業員を解雇するのは難しい。現在、整理解雇の4要件が確立されている。(1)人員整理の必要性があって、(2)解雇を回避しようと努力し、(3)誰が解雇されるのかを合理的に選び、(4)解雇の手続きが妥当でなければならない。相当にハードルが高いといえよう。

具体的にどうしたらいいか?

この解雇規制が厳しいことは、ここのところ、日本経済が冴えない理由の1つである。これがあるために、適材適所が進まない。転職市場に流動性がなく、転職すると給料が大きく下がるため、辞めたくても辞められない。長時間労働が続き過労死が出る。正規と非正規の格差が拡がる。新卒一括採用の慣行があり、学生にシューカツの過重な負担がかかる。従業員主権モデルでは、企業がリスクを取らず、投資をしないで、現金を貯め込むので、収益性が低い。代わりに政府が支出を増やすので、政府債務がふくれあがる。

これらのすべてが解雇規制のせいだけだとはいえないが、原因の1つになっているという説明は一応のスジが通っている。ものごとには、ここを押せば全体が動くというツボ(ボトルネック)があることがある。筆者は、解雇規制がいろいろな日本経済の問題のツボの1つだと考えている。

では、具体的にどうしたらいいか。まず、サブロク協定を超えた長時間労働を厳密に禁止する。もちろん、過労死ラインである月80時間を超える上限は禁止すべきだろう。さらに、残業のときの時給を定時労働の2倍から3倍に上げて、残業をコスト高にする。その一方で解雇規制を緩和して、企業が人員整理をしやすくするのがいいだろう。長時間労働の禁止と解雇規制の緩和をセットで進めるのが有効だと考える。 

このほか、若いうちに生産性を下まわる報酬を受け取り、年功で出世すると生産性を上まわる報酬を受け取るような仕組み(暗黙の社内貯金)をできるだけ排除する必要もある。勤続年数が長くなると、退職金などのベネフィットが増える仕組みを禁止し、長期勤続が有利にならないようにする必要もあろう。

流動性ある転職市場の整備

同一労働同一賃金を貫いて、全員が正社員になれるようにするというのは、現在の解雇規制を前提とするかぎり、現実的ではないだろう。全員が正社員になるというのは、全員が正社員をやめるということと同じになる。

一方、ある程度、柔軟に人員整理ができれば、企業も業務に必要なだけ人を雇い、必要がなくなれば人を減らす。そこでは、正規・非正規の格差は小さくなり、異常な長時間労働も少なくとなると予想する。

そして、実は、解雇規制が緩和された世界では、雇用はダイナミックなかたちで守られるのではないか。今は、新卒で就職した企業を退職して転職すると、その人の生産性を大きく下まわる年収までディスカウントされた再就職先しか見つからないことが多い。

しかし、厳しい解雇規制が緩和された世界では、転職が一般的になり、流動性ある分厚い転職市場ができているはずなので、生産性に応じた妥当な年収の再就職先が見つかりやすくなるだろう。

また、生産性の高い労働力が収益性の低い大企業に死蔵されることなく、そうした人材を必要としている急成長中のスタートアップ企業などに配置されやすくなり、適材適所が進んで、日本企業の収益性も高くなることが期待できる。

そうなると、個々の従業員から見ると、社内営業80%で仕事をし、その会社でしか通用しない人材になるのはリスクが高い。よその会社でも通用する汎用的なビジネス・スキルを身につけるために自己投資をしようと自然に考えるにちがいない。専門性が身につきにくい社内の人事ローテーションの仕組みも変わっていくだろう。

何よりも、理不尽なパワハラ、長時間労働の強要に遭ったとき、生産性に応じた年収で転職できれば、「こんな会社、辞めてやる!」とタンカを切りやすくなるはずである。

慶應義塾大学ビジネス・スクール教授

1968年生まれ、慶應義塾大学経済学部卒業、東京大学より修士(経済学)、ニューヨーク州立大学経営学博士。カナダ・ヨーク大学ジョゼフ・E・アトキンソン教養・専門研究学部管理研究学科アシスタント・プロフェッサーを経て、2011年より現職。行政刷新会議事業仕分け仕分け人、行政改革推進会議歳出改革ワーキンググループ構成員(行政事業レビュー外部評価者)等を歴任。2012年から2014年まで会計検査院特別研究官。2012年から2018年までヨーロッパ会計学会アジア地区代表。日本経済会計学会常任理事。

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