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アベノミクスと農政「改革」

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

2014年秋、村は米価の大暴落で始まった。コメどころ山形・置賜の百姓、菅野芳秀の手紙から紹介する。

◆暴落する米価

「今年の米価は途方もなく安い。多くの農家が作っている品種「はえぬき」で言えば一俵60kgあたりの仮渡し金で8,500円。一年後の「精算金」を含めても11,000円を超えることはないに違いない。(今から30年前のS59年、一俵あたりの農家の売渡価格は平均で18,668円だった。自主流通米では22,000円ぐらいだったと記憶している。)

一方、今年の2月に農水省は米の2012年産(H24年産)の生産費を発表した。その全国平均が1俵/60kgあたり15,957円。仮にその生産原価に含まれている36%分、5,744円の労働費をゼロにしたとしても、今年の販売価格には遠く及ばない。農家が一年間のタダ働きしたとしても追いつけない安値ということだ。大規模農家といえどもやっていける価格ではない。いや、大規模農家の方が最も大きな打撃を受ける。

ちなみに生産資材は一切値下がりしてはいない。下がっているのは農家の売り渡し価格だけ。このように販売価格が生産原価を下回るという異常な事態はすでに10年を超える。米作りは事業としては全く成立しない。TPPの関税の自由化はこの傾向を更に増大させ、1俵60kgあたり6,000円代にまで米価を押し下げるだろうと言われている。これに対応できるところはない。日本農業の壊滅だろう。」

引用が長くなったが、いま農民と農村が置かれている状況の一端を知っていただきたくて紹介した。その背後にあるのが、「国際競争に勝ち抜く強い農業づくり」という安倍成長戦略農政版である。安倍政権は「強い農業」を引っ提げて、交渉中のTPP(環太平洋経済連携協定)に臨んでいる。TPP交渉の一環として進められている日米交渉では米国産米輸入の特別枠を設定すると日本側が提案したとされている。

安倍暴政戦略はいくつかの「改革」がセットになっている。第一は、従来のコメ政策の転換だ。具体的には、コメ減反の段階的廃止と米価の低落を補うセーフティネットともいえる戸別所得補償政策の廃止がセットになって進められている。

コメ減反のねらいはコメの需給にあわせて生産量を調整していくことにある。コメ生産力の向上と消費の減少、さらにはGATTの自由化交渉で1993年に決まった義務的なコメ輸入などが相まって、国内では恒常的なコメは過剰が存在し、放置すれば米価暴落という事態になる。減反にはさまざまな意見があるが、そうした事態になることを避け、大規模小規模を問わず農家が安定した米価でくらしと営農が成り立つようにととられて措置であることは間違いない。安倍政権はこの減反を今後5年をめどに段階的に廃止し、同時に戸別所得補償制度で減反をした農家に一律に出ている10アール1万5000円の助成金を、14年度から一気に半分の7500円にした。さらに生産者米価が低落した場合、過去3年の平均価格と市場価格の差の8割までを農民も参加する積立金から補てんする制度は廃止された。米価暴落に加え、農民は二重三重の打撃にさらされたのである。

以上のようなコメ政策の「改革」は、減反廃止と輸入増のよってコメ余り状態をさらに進め、加えてTPP加盟によってコメ輸入関税引き下げを実現することで小規模農家を淘汰し、農業を大規模化を促進することをめざしたものだ。

◆農協と農業委員会の解体

安倍農政「改革」のもう一つの柱は、農協と農業委員会という二つの農業団体の解体である。農協解体は、農協組織のトップに当たる全国農協中央会(全中)の一般社団法人化と単位農協に対する指導・監査権のはく奪という形で動き出している。

安倍政権の農協への攻撃がこれで終わるはずはない。次に来るのは、農民の貯金と共済金をを基盤とする膨大な金融資産の農協からの引き剥がしだろう。農民の資金はこうして内外の金融資本に明け渡されることになる。さらには農協経済事業の株式会社化も進め、農協が組合員農家に供給している肥料や農薬、農業機械など生産資材や生活用品への一般企業の参入を促進する。

農協にはさまざまな評価があるか、小さな農家の協同組合として、協同事業を通して兼業農家や高齢農家、女性農家も農業が続けられる仕組みをつくってきた一面がある。その意味では、今回の農協「改革」の狙いを一言でいえば、農村コミュニティーであるむらの解体と、むらに住む専業農家、兼業農家、高齢農家、新規就農小規模有機農家などむら住民を丸ごと排除していくことにあるとみて間違いない。

農協「改革」と並行して進められているのが農業委員会の「改革」だ。農業委員会は各市町村におかれている行政委員会で、委員は公選制で農家の選挙で選ばれる。農業委員会の任務は農地が農民の手から離れるのを防ぐことと農政への提言。農地法によって、農地の所有権や利用権の移転は農業委員会の許可がいることになっている。戦前、日本は地主制のもとにあった。多くの農民は小作として高い小作料を支払わねばならず、貧困にあえいでいた。敗戦によって、農地改革が実施され、日本は零細だが自分の土地を持つ自作農の国になった。「農地は耕すものが所有し利用すべき」という世界の農民運動が追求してきた仕組みが実現したのである。農業委員会はその仕組みの番人として設置され、権限を与えられてきた。

◆農民から資本へ、農業の主役の交代

いま、安倍政権は農業委員会が持つその権限を市町村長に移し、農外資本が農地の所有・利用に自由に参入できる制度をつくろうとしている。土地という農業にとって最も大事な分野でも、いま農民が排除されようとしているのである。“強い農業”をつくるために企業の農業参入を推進する。そのためには、農地への株式会社の参入に制限を設けている農地法がじゃまになる。また、TPPを受け入れるということは、内外の農業資本が進出できるよう農地に関する規制を撤廃するにつながる。その意味では農地法というのは労働法と同じで、非関税障壁とみなされる。

農業の主役、担い手を農民から資本へ移す。安倍政権の農業「改革」はすべてその方向に集中している。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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