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農業のグローバル化のもとで改めて有機農業とは何かを考える

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

共同代表として関わってきた国際有機農業映画祭が今年で10周年を迎えた。毎年1回東京で開催、やがて全国各地で地域版が開催されるようになった。10回目の今年は12月18日(日)に1日かけて都内で開催する。しかし一方で、この10年、農業はとてつもなく難儀な時代だった。世界のすべてを市場競争に任せるグローバリゼーションが吹き荒れるなかで、農民の農業は淘汰され、農民は土地から剥ぎ取られていった。その難儀さは年々深まっている。有機農業とは何だろう、そのことを考え込む10年でもあった。

国際有機農業映画祭サイト

http://www.yuki-eiga.com/

◆農業のTPP体制化

次期米大統領となったドナルド・トランプは、米国自らが主導してきたTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を明確に言い切っている。その一方、日本の国会はTPP批准・関連法案強行採決で騒がしい。強行採決をしてでも批准を達成しようというのが安倍政権の方針だ。同時に、国内の農業体制は、すでにTPPを先取りして動いている。

その典型が農協への攻撃である。これはすでに功を奏し、協同組合としての農協は解体されつつある。「協同組合としての農協」とは何かというと、小さきもの、日本の農業と農村を構成し、支えてきた1町歩から2町歩足らずの世界標準から見て極小サイズの農家が手を組んで外部資本などと対抗するための組織ということである。協同組合とは小さきものが肩を寄せ合い、自主的に作り運営するものである。現存農協は多くの問題を抱え抱えながらも、その原理は捨てないで来た。そのことを証明したのは、東日本大震災と原発爆発後の福島県の農協の踏ん張りだった。

TPPで農業への国際的な市場競争の持ち込みをめざす安倍政権にとって、弱者連合としての農協は最大の障壁だった。だから壊した。農協が壊れると小さい農家は困る。特に国民年金だけでは食えない高齢農家は生きていけなくなる。そしてむらがなくなる。農業の壊れは村の壊れにつながり、村が壊れたら農業も壊れる。

◆工場生産化する農業

農業近代化が国是となった1960年代、国の農業近代化の柱は「機械化」「化学化」「施設化」だった。TPP農政でいま農業政策が最大の目玉としてあげているのは「IT化」「生命操作」「工場化」である。農業生産対策費のほとんどがここにつぎ込まれている。IT化とは人工知能化・ロボット化と言い換えてよい。農協を壊し、小さい農家を淘汰した後を担う。ロボットに手に負えないところは外国人労働者に任せる。バイオテクノロジーつまり遺伝子組み換えやクローン家畜、さらに最新の生命操作であるゲノム編集などの生物工学を駆使して生命の持つ意味そのものを変える。

そして土と土地ではなく工場生産としての農業をつくりあげる。ここには農民はいらない。土地と自然の制約から解放された農業は食の概念さえ変えていく。地産地消など意味を持たなくなる。

◆社会運動としての有機農業

さて有機農業である。毎年、世界から集まる農業、環境、自然と人間を描いた映像をみんなで選び、上映する活動を続けながら考えたのは、有機農業の実践と思想が持つ意味を世界の現実の中でどうとらえ返すかということだった。

日本の有機農業は1970年代初頭、社会運動のひとつとして動きだした。“殺す技術”としての農薬を軸とする現代農業技術体系に対し、土・微生物・自然を掲げて、大規模ではなく小規模、競争ではなく共生、効率ではなく循環を対抗軸として位置づけた。生産者と消費者という近代社会が生んだ分業を否定し、交換と価格決定についての別のやり方、考え方を具体的につくりだした。単なる考え方、思想ではなく、農業生産と農産物交換の場で具体的な行為としてつくりだしたところに、有機農業運動のすごさがあった。国際有機農業映画祭10年を迎え、有機農業が持つこうした意味を改めてかみしめている

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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