Yahoo!ニュース

小保方氏の疑問に答える(追記):HPについて

小野昌弘イギリス在住の免疫学者・医師

小保方晴子氏がホームページにおいてSTAP現象の存在を改めて主張しはじめたということである。そこで前回の記事に追記する。

適者生存

前回の記事においては、小保方晴子氏の手記(1)のみに基づいて分析を行い、小保方氏が本来的な科学を習得する道を踏み外したきっかけがバカンティ研究室における彼女の最初の成功の瞬間であることを明らかにした。そこにおいて小保方氏は2つの特異な才能を発揮した。すなわち、ボスの心の底にある望み(夢)を忖度し引き出して雄大な「仮説」として提示するという、いわば法螺吹き的な力と、プロジェクトを確かな実験的検証ができない(それゆえに法螺が長続きする)方向に持っていく力という2つの才能である。

ここで法螺という言葉をもってして何かをけなすつもりはない。どんな科学者であってもときどき誇大妄想的な夢に取り憑かれることはあって、それは一部には科学者としての人生を続けていくための原動力でもあるのだろう。ただまっとうな科学者が法螺吹きで終わらないのは、そこで自分自身の誇大妄想と、自分の研究を切り離し、さらに実験結果に対して誠実であるーつまり自分の思い込みよりも実験結果のほうを尊重するーという当たり前のことをしているからである。これらのことは、当たり前すぎて、意識すらしていない。

ところがボスが現場から離れていてもはや現場の直観を失っていると、こうした雄大な「仮説」に気持ちが引っ張られて迷妄してしまうことはありえるのかもしれない。特に、その「仮説」が、自分自身が長く夢みながら実現することができないようなものであったとしたら、そうした強い隠された望みを忖度し、目の前に描き出す人が現れたとしたら、それに惑わされることもあるだろう。

別の言葉でいえば、小保方氏の才能というものは、日米の医学系組織が持っているヒエラルキーの社会に最もうまく「適応」した才能なのかもしれない。つまり彼女の起こした問題は、いまあるヒエラルキー社会の弊害の裏返しであり、いまの社会というものは、多かれ少なかれ、彼女が見せた2つの才能と似たような、中身よりも口先が上手なタイプの人こそがうまく世渡りをして利益を得やすいような社会なのかもしれない。

前回の記事に書いた通り、私が小保方氏の手記を読んだかぎりでは、彼女が誤った方向に進んでいることに気がついて立ち戻ることは最後までなかった。小保方氏が書くことが正確であったなら、故・笹井芳樹氏が、STAP論文が出版された後の次のプロジェクトにおいて小保方氏に実験デザインから教え直すことを述べていた(1)ようだから、論文があそこまで問題を起こさなければ、そのときに小保方氏はまっとうな指導を受ける機会があったのかもしれない。しかしそれは残念ながら実現しなかった。

場外乱闘

科学の世界において、科学的真実をめぐる論争は、あくまで専門家同士の対決の中で行わなければならない。これは具体的には学会発表や専門誌への論文投稿で激しい論争を行うものである。ところがここで普通の科学者なら想像もしないような行動に出る人もいる。その中でも軽蔑される行為は、わけもわからない一般人を引き込んで声の大きさで争うというような場外乱闘であろう。

ところが、これもまた最近ではあまり珍しくなくなったようだ。たとえば福島における甲状腺調査結果や子宮がんワクチンの副作用問題で専門家同士の論争よりもメディアへの記者会見を優先するような行為が最近目に余っていた。これは本来的な専門家の行為ではない。

つまり科学的論争を行うつもりならば、ホームページや手記は無用であり、小保方氏は論文を書いて相応の雑誌に投稿すべきである。ただし、2つのSTAP論文は(今小保方氏が主張しているSTAP現象も含めて)2015年に科学誌Natureが掲載した2研究グループによる小論文(2、3)によって完膚なきまで否定されており、論争の余地はない。それでも自分の「信念」で挑むなら、やってみれば良いと思う。誰も止める人はいないのだから。

文献

1)小保方晴子「あの日」(2015)講談社、東京

2)De Los Angeles A et al. Failure to replicate the STAP cell phenomenon. Nature. 2015 Sep 24;525(7570):E6-9.

3)Konno D et al. STAP cells are derived from ES cells. Nature. 2015 Sep 24;525(7570):E4-5.

イギリス在住の免疫学者・医師

免疫学者、医師。免疫学の研究・教育を行う。生体内でのT細胞の動態を解析する測定技術Tocky(とき)の開発者。京都大学医学部・大学院医学研究科卒業。京大・阪大で助教を務めたあと英国に移動。2013年に英国でラボを開き、現在インペリアル・カレッジ・ロンドンで主任研究者、Reader in Immunology。がん・感染症(コロナなど)・自己免疫におけるT細胞のはたらきについて研究する傍ら、大学の免疫・感染症コースで教鞭をとる。著書「免疫学者が語る パンデミックの「終わり」と、これからの世界」「コロナ後の世界・今この地点から考える」(筑摩書房)、「現代用語の基礎知識」(自由国民社)などに寄稿。

小野昌弘の最近の記事