Yahoo!ニュース

<これは経営戦略!>マタハラ防止をきっかけにダイバーシティからダイバーシティ&インクルージョンへ

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
働く女性が妊娠・出産・育児をきっかけに退職を迫られたり、嫌がらせ受けるマタハラ(ペイレスイメージズ/アフロ)

●マタハラは「働きかたへのハラスメント」

「マタハラ」とは、マタニティハラスメントの略で、働く女性が妊娠・出産・育児をきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受けたり、妊娠・出産・育児などを理由とした解雇や雇い止め、自主退職の強要で不利益を被ったりするなどの不当な扱いを受けること。

セクハラ、パワハラ、マタハラで「3大ハラスメント」と呼ばれているが、加害者という視点から見ると、一般的にセクハラは異性であることが多く、パワハラは上司であることが多い。ところが、マタハラは異性・同性を問わず、上司・同僚を問わず、四方八方が加害者になる可能性がある。[図表1]のように「マタハラの加害者」は、直属の男性上司が53.2%と半数を超えるが、同僚の場合では男性9.1%に対して女性は18.3%と、男性よりも女性のほうが2倍も多くなっている。また、本来ハラスメントを防止する立場の人事や経営層がともに23.7%と上位を占めている。

なぜ同じ妊娠・出産経験のある女性や人事や経営層までもが加害者になってしまうのか。それはマタハラが「働きかたへのハラスメント」だからだ。産休・育休で長期の休みを取る。復職しても保育園のお迎えで時短勤務を取得するという働きかたは"異なる働きかた"として排除の対象になってしまう。マタハラは、セクハラ・パワハラのようなモラルに関する問題だけでなく、「働きかたの問題」といえる。

図表1マタハラの加害者(複数回答)
図表1マタハラの加害者(複数回答)

資料出所:マタハラNet調査「マタハラ白書」(2015年3月発表)

[注]1.調査対象 過去にマタハラ被害にあった当事者の女性

2.調査期間 2015年1月16~26日

3.有効回答 186件

●マタハラ4類型「いじめ型」

マタハラには[図表2]のように4つの類型がある。注目は「いじめ型」で、妊娠や出産で休んだ分の業務をカバーさせられる同僚の怒りの矛先が、本来であれば上司や経営層のマネジメント、代替要員の確保の判断といった点に疑問を呈すべきなのだが、妊婦や育児中の女性に向けられてしまう。

“逆マタハラ”という言葉を聞いたことがあるだろうか。妊娠・出産・育児休業で休んだ社員の業務のしわ寄せで、長時間労働を余儀なくされ、過労死しそうな周囲からの訴えを象徴した言葉である。妊婦が「妊娠」というカードを最大限に利用して、仕事や周囲への気遣いをせずに迷惑を掛け、傷つける行為は“お妊婦様”と呼ばれ、逆マタハラの一種である。

職場ではマタハラだけでなく、逆マタハラもあって難しく感じると思うが、ここが「働きかたの問題」といえる所以であり、マタハラ解決の大きなポイントがあると私は思う。

図表2マタハラ4類型
図表2マタハラ4類型

資料出所:小酒部さやか著「マタハラ問題」(2016年1月筑摩書房から出版)

●マタハラ解決のポイントは、逆マタハラの解決

図表3の企業の経営者・管理職を対象にした調査では、「産休・育休を取得する社員がでると、その社員の業務は周囲の社員が負うことになる労働環境だ」という質問に対し、「とてもそう思う」20.3%、「まあそう思う」49.5%と、合わせて69.8%と7割に達している。産休・育休を取得する社員がいる一方で、周囲の社員の業務負担が増大するという実態が浮かび挙がってきた。しかも、そうした傾向は、企業規模別に見ても300人以下と1001人以上の大企業で大差はなかった。

考えてみれば、このような状況が起こることは当たり前だ。例えば、経験の浅い入社1~2年目の女性が産休・育休で休業しても、彼女の業務はパートタイマーや派遣社員で直接代替することが可能かもしれない。しかし、経験豊富な入社15年目の女性が休業すれば、彼女の業務はパートタイマーや派遣社員で代替するのはほぼ不可能で、周囲の社員がフォローするしかない。

では、休業した社員のフォロー分が評価や処遇に反映されているだろうか。調査結果では、多くの企業で人事評価や金銭的報酬への反映は「何もない」という回答だった。結果的に、フォローする側の社員は業務負荷が高まるばかりで、なんら報われていないことになる。これでは「逆マタハラだ!」という声が上がっても不思議ではない。そして、ここにマタハラ解決のポイントがある。

産休・育休を利用する社員だけでなく、そうした社員をフォローする側に回る社員にも目を向け、お互いWin-Winの関係が築けなければ、フォローする側にとっては産休・育休を利用する女性は迷惑な存在でしかない。結果的に仕事に追われて余裕のなくなる職場、妊娠は個人的なこととみなす風潮がマタハラを生むことになる。

では、どのようにすれば制度を利用する側とフォローする側がWin-Winの関係を築いていけるのか。具体的には、フォローする上司・同僚の評価の見直し、フォロー分の対価の見直し、結婚や妊娠を望まない社員にも長期休暇制度の導入なども検討の余地があるだろう。また、産休・育休の取得で休業者分の人件費コストが浮くのであれば、その分をフォローする部署内で再分配するルールをつくり、フォローする側の業務負担に報いるという仕組みがあってもよいだろう。給与の再分配がなされれば、制度を利用する側も気兼ねなく休業に入ることができる。そして、そもそも長時間労働の是正もしていかなくてはならない。

図表3産休・育休社員の業務は、周囲の社員でカバーする実態
図表3産休・育休社員の業務は、周囲の社員でカバーする実態

資料出所:HR 総研×NPO法人マタハラ Net協働調査「企業におけるマタハラ意識調査」(2016年4月発表)

[注]1.調査対象 上場および非上場企業の経営者・管理職

2.調査期間 2016年2月3~10日

3.有効回答 212件

●マタハラ防止をきっかけにダイバーシティからダイバーシティ&インクルージョンへ

多くの企業がダイバーシティ(組織内に多様な人材がいる状態)を経営戦略に掲げ、ダイバーシティ推進の一環として女性社員に焦点が当てられるようになって久しいが、これまでは女性が“女性”としてではなく、男性並みに働くことが求められてきた。しかし、これからはマタハラ問題の解決をきっかけに、働きかた自体を見直すことで、ダイバーシティ推進に際して女性が象徴的に登用・配置されるのではなく、本当の意味でダイバーシティの成果を得る行動変革の時期を迎えたといってよいだろう。そのために重要になってくるのが、“ダイバーシティ&インクルージョン”(多様な人材が対等に関わりあいながら一体化している状態)という発想である。

アメリカでは1990~2000年ごろ、多くの企業がダイバーシティ・マネジメントに取り組んだ。ダイバーシティ人材として女性や人種的マイノリティの積極的な採用・登用とサポート制度の導入に焦点が当てられたが、アメリカではダイバーシティ・マネジメントはうまく機能せず、せっかく採用・登用したダイバーシティ人材の離職率は高かった。このダイバーシティ・マネジメントの失敗の原因は、ダイバーシティ人材を受け入れ、協同していくという受け入れ側のマインドセットの欠如と変化を拒絶する組織風土だといわれている。そうした反省を活かして“ダイバーシティ&インクルージョン”という概念が生まれ、2000年以降多くの企業が成長戦略として取り組んでいる。

今の日本企業は、ダイバーシティ人材の確保や制度の導入に焦点を当てるダイバーシティ・マネジメントに近い取り組みをしている。これではダイバーシティ人材は他の社員にとってお荷物でしかない。本来はダイバーシティ人材がいることで、他の社員にも好影響がもたらされ、プロセスイノベーションやプロダクトイノベーションが引き起こされることがダイバーシティの成果のはずだ。“ダイバーシティ&インクルージョン”の概念なしにダイバーシティの成功は難しいと考えられる。ぜひマタハラ解決をきっかけに、“ダイバーシティ&インクルージョン”へとつなげていってほしい。

少子高齢により労働力人口が減少しており、2030年にはピーク時(1968年)の61%にまで落ち込むと予測されている日本社会において、育児・介護ばかりでなく、病気やけがなど体力的な事情のため、勤務時間や地域的制約を伴う人材が働き続けることのできる社会の実現が求められる。

“ダイバーシティ&インクルージョン”の概念なしに企業は生き残ることはできないし、生き残りをかける上での経営戦略の一環にしてほしい。

ダイバーシティ&インクルージョンの状態
ダイバーシティ&インクルージョンの状態

資料出所:小酒部さやか著「ずっと働ける会社」(2016年11月花伝社から出版)

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

小酒部さやかの最近の記事