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地域密着で選手権制覇をめざす富山第一

大島和人スポーツライター

高校サッカー選手権で13年ぶりのベスト4進出を果たし、初の日本一を目指すのが富山第一高だ。私は富一の試合を現地で取材したことがある。グラウンドの場所は富山駅から平野地帯を東に向かうこと約5キロ。“地鉄”と言われる富山地方鉄道本線に乗り、越中荏原駅から徒歩10分ほどの場所だった。

まず驚いたのが、校舎と道路を挟んで真向いという立地である。教室のベランダから見えるくらいの距離に、公式戦規格の人工芝ピッチ、クラブハウスが完備されていた。加えて「理事長の厚意で」(大塚一朗監督)設置されたという、5段ほどの仮設スタンドも用意されている。

他のクラブチーム、学校にない光景だと思ったのが“普通のお客さん”の多さだ。選手の父兄という雰囲気ではない中高年の男女が、静かに試合を見守っている。歩道からフェンス越しに試合を眺めている人も少なくない。学校は得てして地域住民にとって敷居が高い場所だが、富一イレブンは街の暮らしにすっかりと溶け込んでいた。

富一の試合中に掲げられるのが「This is 富一」の横断幕だ。プレミアリーグ・リバプールの「This is Anfield」に倣ったものだが、大塚監督は「父兄も全員が一つになって、みんなの勝ちを願っている、背中を押しているよ…、という意味を込めている」と想いを明かす。もちろん、地域の声も選手には届いている。「ロッカールームに“県民の声”を貼らせてもらっている」と監督は明かす。選手はその紙にタッチして、ピッチへ出て行くのだという。

大塚監督は富山第一高のOBだが、“トミイチ一筋”という指導者ではない。イングランドでコーチングを学び、アルビレックス新潟シンガポールで監督を務めたという国際的なキャリアの持ち主だ。そんな彼は「僕もイギリスにずっといたので、同じように人々のまとまり、フットボールを愛する情熱を発信したい」と野心を口にする。試合後のコメントもプロチームの監督と同じく、応援してくれている人に向けたものが多かった。“部活”ではあるが、Jクラブと同じく地域密着を追求し、フットボールカルチャーを広めようという志があるからだろう。

お金のやり取りはなくても、“想い”を通じ合わせることは可能だ。自らのプレー、情熱を発信することで、返ってくるものがある。そして父兄やOB、そして地域の後押しを実感させることで選手の自覚、成長が促される――。“地域密着”を通して、そういう幸せなサイクルを生み出しているのが、富山第一高のサッカー部だ。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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