Yahoo!ニュース

アメリカ?ヨーロッパ? バスケ新リーグの進むべき道

大島和人スポーツライター

プロ化はbjが先行 NBLもクラブチームが増加

日本バスケが国際舞台から退場させられかねない瀬戸際にいる。理由は2005年から続くトップリーグの分裂だ。

日本のバスケットボール界は実業団が引っ張ってきた歴史がある。バスケの日本リーグはサッカーに遅れること2年、1967年に発足したものだ。90年代には漫画『SLAM DUNK』のブームが起こり、若年層の競技人口が爆発的に増加した。能代工の田臥勇太を筆頭に有望な人材が次々と台頭し、冬のウィンターカップ(全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会)は空前の熱気に包まれていた。

しかしバスケ界はその波にまったく乗れず、90年代後半は大和証券、熊谷組といった名門の休廃部が相次ぐことになる。

日本のトップリーグに当たるJBL(現NBL)でも、97年に選手のプロ契約が解禁されるなど、緩やかな改革は進められていた。だが本格的なプロ化は進まず、それを是としない“野党”が2005年に新リーグ(bjリーグ)を立ち上げる。bjは協会の傘下に入らぬ独立リーグとして、6チームからスタート。一部チームの活動中止、NBLへの移籍もあったが、現在はその数を「21」まで増やしている。

“与党側”の迷走ぶりについては、様々なエピソードがある。06年の世界選手権に向けた強化、運営の紆余曲折は記憶に新しい。03年に日本協会は代表のヘッドコーチ(いわゆる「監督」)に、ジェリコ・パブリセビッチ氏を招聘する。しかしいざ強化が始まると若手を抜擢しようとした彼と、独自のメンバー選考を許さぬ協会の間に摩擦が発生。サッカーやラグビーの感覚では想像できないようなドタバタだった。世界選手権の運営自体も13億円もの赤字を残す失敗に終わっている。

国際舞台から追放も 理由はリーグの分裂

だが、高度経済成長時代に隆盛を誇った企業スポーツも、徐々に縮小を余儀なくされている。今では与党側のNBLも過半がプロチームとなった。13年末にはパナソニックが撤退し、和歌山トライアンズがチームを引き継いだ。現在はNBLに参加する12チームのうち7つ(レバンガ北海道、リンク栃木ブレックス、つくばロボッツ、千葉ジェッツ、和歌山トライアンズ、兵庫ストークス、熊本ヴォルターズ)が市民チームの体裁で運営をしている。

そうした流れの中で、リーグの分裂を解消しようという提案・試みは過去にもあった。さらには13年12月、国際バスケットボール連盟(FIBA)のバウマン事務局長が来日。「両リーグの対立解消がなければ、日本協会を資格停止処分にする」という“最終警告”も下された。過去にはフィリピン、レバノンが実際に処分を受けており、これは実効性の伴わないブラフではない。

処分が下されれば年代別代表、女子も含めて日本は国際大会に参加できなくなる。このままでは何の罪もない少年少女たちまでが、巻き添えを受けかねない。仮にこの状況がこじれて2020年まで続けば、本来は予選免除で出られる自国開催の東京五輪にすら参加できないことになってしまう。

今なお続く実業団の優位

bjとNBLの統合、新リーグ発足に向けた壁は高い。もっとも折り合わない論点は、実業団チームの扱いだ。bjが目指すのは地域に根差して企業へ依存せず、戦力が均衡した状態で争うNBAスタイルの運営である。19日にリーグが発表した声明にも「こだわりを持って話をしているのはプロという部分であり、バスケットボールを産業としていくことが必要と考えている」という一節がある。確かに彼らはそういう志をエネルギーに拡大してきた。バスケ大国とは言い難い日本でチーム数を増やし、今年のプレーオフファイナルは1万人を超す集客にも成功している。

しかしbjの“実力と資金力”は今なおNBLにかなわないのも事実だ。NBLの過半がクラブチームになったとはいえ、実業団の存在感は今なお大きい。例えば13-14シーズンのNBL王者・東芝神奈川は、社員選手のみで構成されている。日本代表における最大勢力もトヨタ自動車、アイシンといった企業チームの選手たち。大企業は雇用環境、練習施設に明らかな強みがある。実業団の魅力は単に安定しているということだけではない。契約社員という形で千万円単位の収入を得る実質的なプロもいる。

過去にも様々な競技で、プロとアマの摩擦は起こってきた。今回の両リーグを巡る状況が例外的なのは「実業団(アマ)が実力、資金力とも上」というねじれ現象だ。例えば野球でも、プロに行けるほどの実力者が、ハイリスクなプロを避けて社会人を進路に選ぶケースはある。ただ、野球の場合はプロの最高レベルまで行ければ、億単位の収入が手に入る。リスクはあっても夢のあるリターンもあるわけで、実力的に最高峰なら、アスリートは自然とプロに憧れる。一方で、リスクだけでリターンがなく、加えて実力的に格下……となれば、その魅力は消え失せる。

不思議といえば不思議な現象だし、いずれは解消される状況なのかもしれない。しかしbjが9年間の歴史を経てなお、資金力と実力面の実業団優位は変わっていないのだ。

このようなねじれ現象こそが、両リーグの統合を難しくしている。bjは降格制度のない“オール1部”の構成だが、ドラフトやサラリーキャップ(年俸規制)などの仕組みを通じて、21チームの実力差を接近させようというポリシーがある。ここに“自由競争”で選手を獲得し、資金を潤沢に使うことのできる実業団チームが加われば、間違いなく秩序は崩れる。

「bj式のプロリーグ」にこだわるならば、社員選手はすべて退社させて、ドラフトなどを通じて他チームへ振り分けることになるのだろう。しかし選手の立場から考えると、これは著しい理不尽だ。プロ野球ならば最低保障年俸があり、12球団のどこに行っても大よそは均衡した待遇が受けられる。しかしトヨタのような富裕な実業団と、bjリーグのサラリーキャップ(年俸総額制限)7600万を大きく余しているような弱小チームを選べなくなるのは、トップ選手にとって好ましい状況ではない。

こうした環境において、新人選手にドラフトを押し付けるとなれば、それは深刻な人権侵害だ。平等を厳密に確保しようとすれば、今度は待遇を“下寄せ”せざるを得ない。それもまた生活権の侵害だし、そもそもそんなプロを誰が選ぶというのだろう?

仮に“bj式のプロリーグ”を押し通した場合に、トヨタ、東芝といった実業団チームが、アマチュアに甘んじる可能性も小さくない。Jリーグでもホンダのようにプロ化を受け入れず、下部リーグにとどまったチームはある。そうなれば、オールジャパン(サッカーの天皇杯に相当する全国大会)では「実業団がプロを圧倒する」ゲームが続出してしまうだろう。

日本バスケのお手本はスペイン式

このような“悲しいプロ化”を避ける方法はある。絶好のお手本はアメリカでなくヨーロッパだ。

バスケは本場のアメリカを除いた国々でもサッカーに次ぐ人気を誇る国際的なスポーツだ。そのアメリカに次ぐ“世界ランク2位”の座にいるのはスペインである。06年の世界選手権を制し、五輪においても08年北京大会、12年ロンドン大会と銀メダルに輝いている。当地のバスケットボールリーグ(ACB)は、1部から4部に広がる“ピラミッド型”のオーソドックスな構造を採用し、ドラフト制度は導入していない。

ここでスペインバスケに詳しく、日本との橋渡しにも取り組んでいる富田佳宏(とうみん)氏の話に耳を傾けてみよう。彼によるとACBの二強はサッカーのリーガ・エスパニョーラと同じくバルセロナ、レアル・マドリード。1部18チームの戦力・経営規模の格差は非常に大きく、ダブルスコアの試合すらあるという。

それでも興行はしっかり成り立っている。富田氏は「ACBの平均観客数は6千人以上。昨季はバジャドリードが3勝31敗でシーズンを終えたけれど、平均で3500人だった」とスペインの集客事情を説明する。NBAとは比較にならないが、日本のJ2レベルには客が入っている。“戦力を均衡させないとプロリーグは盛り上がらない”という意見も聞くが、スペインの観客は格差を受け入れている。

スペイン代表がなぜ強くなったかというと、それは各クラブのアカデミーによる一貫指導が機能したからだ。手塩にかけて育てた選手を、ドラフトで他に奪われる心配もない。

アメリカのように高校、大学がプロ並みの予算を持って強化する国なら、人材育成を外部に任せられるだろう。プロも資金が潤沢なのでドラフトはしっかり機能する。NBAは北米の事情に合わせた、リーズナブルな戦略を遂行しているとも言える。

一方で日本の現状を見ると学校体育はかなり盛んだが、部活カルチャーが現代スポーツに対応し切れていない部分も見て取れる。加えて教育機関も実業団と同様に、社会の荒波を受ける存在だ。体育系教員の採用数が減少しており、一方で教員に勤務時間外の部活指導を強いることは、法的に“グレーゾーン”。スポーツの社会化、学校体育からの切り離しが徐々に進んでいくのは避けられない流れだ。

バスケが十分に浸透していない国情を考えても、この競技に親しんでもらう、関わる人を増やすことが先決になる。スクールの運営は収益事業にもなり得るし、トップチーム昇格の夢を持てる体制ができれば子供たちの夢も広がっていく。バスケの新リーグは「クラブ主導の普及・育成」という選択肢を閉ざすべきでない。

アメリカ式の導入は、バスケ界の首を絞める

企業との関係も参考になる。スペインリーグはプロでありながら企業との距離感も近く、チームの呼称は「クラブ名+スポンサー企業名」が一般的だ。チーム名に企業名が入ることは「ヨーロッパのバスケやハンドボール、フットサルで一般的なこと」(富田氏)だという。スぺインリーグ新会長のフランシスコ・ロカ氏はNBAで長く勤務したアメリカ通だが、スペインに“アメリカ流”をそのまま持ち込むことはないだろう。スペインにはスペインに合ったやり方があるからだ。

もちろん、そんなスペインでも、バスケットボールチームがプロとして運営していくことは楽でない。サッカーの影に隠れてバスケの存在感は小さく、クラブの消滅も日常茶飯事。加えて「ロシアやトルコ、ギリシャの金満クラブに選手が引き抜かれることも多い」(富田氏)という。逆に言えば、彼らが先行するプロスポーツの“ニッチ”を狙わなければいけない厳しい経営環境の中で戦っているからこそ、日本バスケはスペインから学び得る。日本のバスケもまた、野球やサッカーと競い合う土俵の上で戦わなければならないからだ。

スペシャルな人材が自然と育つ、恵まれた経済的基盤を持つアメリカのやり方を、日本にそのまま持ち込むことは上策でない。少なくとも唯一の方向性ではない。

実業団の持つ人材、リソースを生かす。悪い言い方をすれば養分として搾り取る。それくらいの現実性がなければ、日本バスケの発展など臨めない。年に億単位の資本をこの競技に投じてきた大企業の存在は、良くも悪くもこの競技を動かしてきた。それは無視できない現実だ。議論するべきはその排除方法ではなく、前向きな方向に取り込んでいくプロセスではないだろうか?

プロ化で先行したJリーグでさえ、未だに“親会社”から施設提供を受けているクラブが多く、人的・経済的なつながりも残っている。まだ幼児に近い日本バスケを、親から無理やり自立させても、順調な成長は望めないだろう。クラブが発展した結果として実業団を圧倒するようになれば、それは素晴らしい進化だ。しかし権力闘争で彼らを倒すことは、却ってプロの尊厳を貶め、バスケの未来を閉ざす行為となりはしないか?

選手の選択肢、生活権を奪うドラフト制度も、バスケ界にそのまま導入するとなると、マイナス面が多い。バスケ界は学校体育への依存から抜け出せなくなるし、プロによる選手育成であるアカデミー組織の可能性も捨て去ることにもなる。プロとアマの境目がない、柔軟なリーグの運営もできなくなる。

日本バスケの新リーグが向かうべき方向は、断じてNBAの強引な模倣ではない。日本の国情にフィットするやり方は他にある。それはプロとアマの関係がオープンで、資金力に差のあるチームが同じリーグに共存し、プロクラブが選手を育てていく力も持った“スペイン型”ではないだろうか。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

大島和人の最近の記事