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Bリーグ・川崎は実業団からプロになれるのか?

大島和人スポーツライター
(写真:アフロスポーツ)

実業団がプロに脱皮できるか――。9月22日に開幕したBリーグの先行きに絡む、大きなテーマだろう。

日本のバスケ界を見れば、05年にbjリーグが発足するなどプロクラブは増えていたが、実業団が戦力的に格上という構図は続いていた。もちろんそれはコート上の話で、集客や場内の演出は話が違う。

NBLは13-14シーズンから企業チームにも自主興行を求めるようになり、トヨタ(現アルバルク東京)や日立(現サンロッカーズ渋谷)はアリーナの演出などである程度“プロ”に向いている印象もあった。しかし東芝(現川崎ブレイブサンダース)は良くも悪くも“実業団色”の強いチームだった。

彼らは15-16シーズンのNBLプレーオフファイナルを制し、直近の日本代表にも最多の4名を送り出しているBリーグ初年度の優勝候補だ。ただし昨季まで選手全員が社員契約で、午前中は出勤もする体制だった。

東芝は強豪サッカー部を擁しつつ、Jリーグ入りを選択しなかった数少ない企業の一つだ。その流れはコンサドーレ札幌に引き継がれ、東芝はサッカーから手を引いている。ラグビー、社会人野球では今も強豪チームを運営しているが、実業団の枠内で強化に取り組む企業だ。そこがどれだけ地域に密着して、ブースター(サポーター)を増やせるのか?重厚長大の製造業である東芝が、畑違いのプロスポーツにどう適応するのか?それはBリーグの成否を占う一つの“リトマス試験紙”だろう。

アリーナへ入る前に感じた変化

9月30日、とどろきアリーナで川崎ブレイブサンダースのホーム開幕戦が行われた。まず入口の雰囲気が昨季までとは違って嬉しくなった。デコレーションがあり、場外の飲食売店も「0」から「4」に増えている。プロスポーツとして当然ではあるが人の賑わい、活気が生まれていた。

以前は「本当に試合があるのか?」と不安になるような殺風景だったことを思い出す。当日券売り場も人がほとんど寄り付いていなかった。東芝は会社として「ブレイブメイト」という後援会組織を運営している。昨季まではバスケ(ブレイブサンダース)、ラグビー(ブレイブルーパス)、野球(ブレイブアレウス)の3種目の公式戦が年3千円で見放題だった。「2試合見れば元が取れる」というよく言えばお得な、悪く言えば採算度外視の価格設定で、それは実業団だからこその仕組み。そもそも社員観戦者が多く、定価でチケットを買うお客は皆無に近かったのだろう。

ブレイブサンダースはプロ化に伴って、この制度から抜けている。プロクラブならばチケットを売って稼ぎ、経済的にも親会社への依存度を低めなければならない。しっかりお金を払って見に来る観戦者を増やす必要がある。

開幕戦の来場者は3366名

フロアにはそこまで大きな変化がなかった。好プレーなどを再生できるカラーの大型ビジョンは2つ用意され、照明も多少カラフルになっていたが、選手のファウル数などを確認できる「四面ビジョン」はまだない。ただアリーナの雰囲気を良くするのはどんな凝った装置よりも、大勢のお客に尽きる。

ホーム開幕戦は土日でなく金曜夜の開催だったが、集まった観衆は3366名。近年では最多の観客数で、北卓也ヘッドコーチや各選手がわざわざ喜びを口にする人数だった。個々の盛り上がりで言えば対戦相手・横浜ビーコルセアーズの方が上回っていたようにも思うが、川崎の応援に参加する“浮動票”は想像以上に多く、かなりいい雰囲気が生まれていた。

開幕戦は3800席を設置したとのことで、満員に近い状態だった。ただし一階席はまだ増設が可能。平日のリーグ戦で「3366人」は悪くない数字だが、これを維持し、プレーオフなどの大一番ではさらに増やすことが必要だ。

ユニフォームは胸だけでなく背中、パンツとスポンサーロゴがいくつも入り、プロらしくなっていた。東芝一社が支える体制から三井住友海上火災保険、荏原製作所、オカムラなどの企業がオフィシャルスポンサーとして加わっていた。

試合については“大当たり”の一戦だった。JBLやNBLのリーグ戦は最初に流れが決まると、そのまま淡々と流れる試合展開が多かった印象もある。しかしこの試合は違った。

川崎は9月20日まで代表の4選手がチームを離れており、その影響もあって開幕週は三遠ネオフェニックスに連敗している。相手の横浜も連敗スタートだが、元日本代表の川村卓也、ブルガリア代表のジェイソン・ウォッシュバーンらを加えて陣容に厚みを増していた。

川崎は第1クォーター(Q)から持ち前の守備が機能し、攻撃では外からの3ポイントシュートがよく決まるいい流れ。しかし第3Qに入ると横浜は川村にボールを集めて得点差を「14」から「2」まで縮め、最後まで勝敗が読めない展開になる。最終第4Qの一進一退の攻防は、川崎が制して87-85で今季初勝利をものにした。

辻のプレーから伝わってきた“プロらしさ”

日本代表のガードで、15-16のNBLプレーオフMVPでもある辻直人は、代表の遠征で右太腿の打撲を負っていた。ただ2日前に全体練習へ復帰したばかりの彼は、第1Qには2本の3ポイントを決めるなど、計11ポイントを挙げて勝利に貢献。それだけでなく要所でバックフリップパスのような “魅せる”プレーを見せていた。勝負所では両手を激しく振って客席を煽り一緒に盛り上がる場面もあった。

等々力で客席を煽る背番号14の司令塔--。その姿は中村憲剛と重なった。

辻に尋ねるとそういったプレー、振る舞いはやはり “確信犯”だった。「ホーム開幕なので魅せるプレーをして、楽しんでもらえるようにというのをすごく意識した。後半はちょっと調子に乗ったプレーをして、ミスもしてしまったんですけれど……」(辻)

バスケはサッカーと違って両手を使えるため、トリッキーなプレーを出しやすい種目でもある。もちろん戦術、チームプレーは重要だが、まず「バスケはこんなことができる」「こんなに楽しめる」と新しいファンに示すことは大切だろう。

ここから必要な取り組みは?

川崎はプロチームとして、コート外に打って出る必要もある。北ヘッドコーチも現場のトップとして「チームと選手を認知してもらうことが非常に大事。ウチは出遅れていると思うので、可能な限り取材に応じて、SNSなども使いながら、たくさんの方々に知ってもらう努力をやっていきたい。選手も自分たちが商品だと分かってくれているし、現場も色々な形でそれに協力する」と述べる。

ただ辻は市内のふれあい活動に参加したとき、認知度の低さを実感したという。地元テレビ局、地元紙が熱心に取材しているのは明るい現状だが、そういう草の根の活動は地道に続けて初めて効果が出ること。まだここからの道のりは長い。彼も「焦らないで、今はそういうのが当たり前と自分の中で理解してやっていかなければいけない」と口にする。

細かい課題を挙げればキリがない。川崎フロンターレ戦と違って、武蔵小杉駅から等々力緑地までのシャトルバスは出ていなかった。路線バスの本数が多く、南武線と東横線の各駅から歩くことはできる。しかし初めて来場するお客にとって、交通量の多い道、住宅地の路地を歩いてアリーナに向かうというのは大きなストレス。今後はシャトルバスも必要になってくるだろう。

メディア目線から言えば“机と電源”という最低限の設備がなく、アリーナから試合終了後1時間足らずで出るという規定もあった。締め切り時間がタイトな新聞記者にとっては、酷な使用条件だろう。

ただそれらはバス会社なりアリーナの所有者である行政と、協力関係を保ちつつ、地道に進めていかなければいけない問題だ。一朝一夕に解決しない問題が多々あることも、我々は理解しなければならない。

川崎ブレイブサンダースは悪くないスタートを切った。運営とクラブから“プロの覚悟”も伝わってきた。大切なのはもちろんここからの継続だが、“ザ・企業チーム”はプロに向けてしっかり進み始めている。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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