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「親子断絶防止法」はどう修正すべきなのか? 弁護士・打越さく良さんに聞く(1)

大塚玲子ライター
(ペイレスイメージズ/アフロ)

離婚前、監護者を取り決めずに一方の親が子どもを連れて別居しない(家を出ない)ことや、離婚後の親子関係の維持を促す「親子断絶防止法」。さまざまな意見が噴出し、賛否が分かれ、今国会では提出を見送られた模様です。

今後、法案の修正が進められる見込みですが、現状の案にはどんな問題があると考えられるのか? 離婚事件を多数扱ってきた、弁護士・打越さく良さんのお話をうかがいました。

※当記事へのご意見は、できるだけコメント欄(または筆者宛)にお願いします。打越さく良さんへの直接のご連絡は、お控えください。今後、離婚家庭の子どもの立場や、別居親の立場の方の声も紹介できればと思っています。どなたさまも、自分と異なる意見を冷静に受け止め、子どものことを一番に考えつつ、議論を深めていただければ幸いです。

*「やるなら、もうちょっと本気になってほしい」

――現状の法案にはどんな問題点があると考えられますか?

まず大前提として、いきなり自分の子どもを連れて行かれて会うことすらできなくなった人は、本当に辛いだろうと思います。わたしだって気が狂っちゃうだろうと思う。だから、そこはなんとかしなくちゃね、というのは理解します。

その上でですが、この法案全体の印象として、やっぱり子どもと一緒に暮らしていない側の親の思いだけが集まっている、という感じがします。一緒に暮らしている親や子どもとか、もっと全体を見る必要があると思います。

いまみたいな「個人に対する努力義務」という組み立てではなく、「面会交流などについて国や地方公共団体がどうサポートするか」というふうに、ベクトルを逆にして組み立てて欲しい。

現状の法案では、国がやることは情報提供くらいにとどまっています。ホームページやしおりを作って、「面会交流は大切ですよ、取り決めなさいよ」といった情報提供をするだけでは、あまりに無責任。面会交流が現時点ではとてもとてもできない子どもにもお仕着せがましいことにもなりかねません。

勘ぐってしまうと、予算的な部分で、財務省を巻き込んでの折衝などが難しいから、あらかじめそういうところをあきらめちゃっていのるかもしれない。しかし、やるならもうちょっと、本気になってほしい。

家庭裁判所も、面会交流の事案がこれだけ増えて大変な状況というのに、ソフト面もハード面も脆弱な態勢のままです。

そんな事態なので、家裁も弁護士も一生懸命やっていても、試行面会がなかなかできなくてずっと先になっちゃったり。調査官もとても忙しいことは承知していますが、「調査、これだけで終わり?」と思うこともあります。

そこはもっと、調査官を増やすとか、各地に家庭裁判所を設けるとか、面会施設をそれこそ各市役所などアクセスしやすいところに作るとか。あとは、今の民間の第三者機関は全国津々浦々にあるわけでもないので、各市役所レベルで面会交流を仲介する部署や公的な機関を設けるとか。その利用は、無償ないし低廉にするとか。

いろんなことが構想されていいと思うんですけれど、そういう「お金がかかる・人もいる」ようなことは、具体的に考えられているようにはみえません。

――わたしもいま毎月、あるNPOで面会交流支援を担当してお金をいただいていますが、費用は利用者(離婚した元夫婦)の自己負担なんですね。決してそう安価に提供できるサービスではないので、利用できる人は限られてしまっていると思います。もし各地に面会施設や機関ができたらサービス提供コストを多少は下げられると思うので、期待したいです。

*民法766条の改正で裁判所は変わった

いろんな事情があって、すごく葛藤がある当事者もいます。そういう人も含めて「自分で取り決めしなさいよ」と上から目線でいうよりまず、サポートを構想してほしいです。

たとえば、わたしのような弁護士が離婚する夫婦の間に入って連絡調整をする場合でも、相手の方からものすごく責め立てられるわけですよ。単なる日時調整のメールでも、何スクロールも私への罵倒が続いて、最後に一言、「次回は何月何日でお願いします」とか(苦笑)。

代理人のわたしですら、それはいやな気持ちになりますから、これを当事者でやったらどれほどのストレスかと思います。とてもやれないでしょう。そのような連絡調整の仲介を含めて公的なサポートをすごく手厚くするとかならいいんですけれど、この法案にはそれがないので。

――順序として、まずはサポートをちゃんとして、それからこういう法案を出すべき、ということですか?

一緒にやってくれないと、非常に苛酷な思いをする子どももいそうで、心配です。

サポート以前に、スクリーニング(ふるいわけ)も必要です。子どもへの性的虐待があった場合にも面会交流しろ、とは誰も思わないでしょう。しかし実際には深刻な性的虐待のケースでも、事実関係が否認され、面会交流を求められる場合があります。丁寧なスクリーニングがないまま、当事者に取り決めを義務づけするのは、賛成できません。

平成23年に民法766条が改正されて、離婚時の協議事項に例示として面会交流や養育費があげられた上、協議にあたっては「子の利益を優先して」考慮しなければならない、ことになりました。(*1)

ざっくりとした規定で、それまでの実務を踏襲するだけだと思っていたのですけれど、それでもわたしの感覚では、裁判所はものすごく「面会させろ」というようになってきた。「例外中の例外である」と立証しない限り、「面会させろ」と言ってくる。DVによりPTSDになっていて心身の状態がひどく悪い親にも、「それでもとにかく会わせろ」の一点張り、という感じなんですよ。夫婦間のDVが子どもにも深刻な影響を与えていることが知られ、児童虐待防止法上も虐待であると規定されているのに、実際にお子さんが痛々しい状況にあっても「それとこれとは因果関係が不明」といったふうに、重視していただけない。

現状、ものすごく強硬に「面会交流しろ」と言われているように見えます。

――ただ、それは「裁判所では」というお話ですよね。いま日本の離婚の9割は協議離婚(裁判所を通さない)なので、そっちの人たちにも、そこまでの影響が出ているかどうか? ちょっとわからないと思うのですが。

最新の面会交流実施率調査(母子世帯等調査)が平成23年のものなので(母子家庭で実施率28%、父子家庭で同37%)、民法改正後の数字が出ていません。5年に1度なので、ちょうどいま(平成28年)調査していますが、結果が気になりますね。

そうですね。もう少し頻度をあげて調査してもいいですよね。こうした立法事実に関する基礎的なデータも不足しています。

ただ、あくまでわたしのまわりのひとり親のかたたちは、「(離婚してからも別居親と子どもは)会わせるもんでしょ」という感じですね。

それも、養育費をもらっていなくても会わせてる、という人も少なくないですし。

――わたしのまわりにいる、最近離婚した人たちも、そういう感じはあります。夫のDVで協議離婚したけれど、子どもが会いたがるから会わせている、という友人もいますし。

部分的な傾向かもしれませんが、変わってきているんだといいなと思います。

*国や自治体が何をするかを、より明確に

国が何をするか、地方公共団体が何をするか、ということも、きちんと法案に書いて欲しいですね。

いまの案は「面会交流のサポートは、第三者機関を使えばいいんじゃない」みたいな感じなので、それもどうかと思います。全然自分たち(国や地方公共団体)でやろうとしていなくて、民間の団体にやらせて安く済ませようとしている(苦笑)。

そういう仕組みを公的にちゃんとつくろうとすると、すごくお金がかかっちゃうから、いまがんばっている人たちでやっといてね、みたいな感じです。

面会交流支援団体もいろいろありますけれど、そういった機関について、公的に「品質保証」するわけでもないし、助成するのかも定かではない。単に「連携」するとだけ。ときどき集まって会議するくらいでお茶を濁すのではないか、それでは足りないと思います。

あとは、養育費のことも、もっと踏み込んでほしい。

実務上、いまだに「算定表」がベースにされているのも問題です。あれは裁判所の裁判官たちがつくったものですが、それが全国一律、13年以上にわたって、ずっと法律みたいに君臨し続けています。日弁連は、2012年に算定表に対する問題点を指摘する意見書を公表しましたが、残念ながら見直しされていません。

――当事者からすると養育費に関しては「確実にとれるようにしてほしい」という願いが切実です。「支払い率2割未満ってどういうことだ」と思い続けて10年以上経ちました。欧米各国は行政が養育費の徴収にかんでいて、取立てのバリエーションもかなり豊富ですよね。そもそも養育費や面会交流の取り決めも当然になっていますし。

そうね。日本だと、裁判所が養育費の支払いを命じて、そのあとに別途、強制執行のための手続きもしなきゃいけないけれど、たとえば養育費の判決のときに、強制執行も一緒にやってくれる国もあるとか。民法学の水野紀子先生に伺ったところ、フランスでは直接税の取り立て手続にのせてくれるとか。二度手間にならない。

そういうのも、「子どもの利益」ということで、すぐにでもやっていってほしいですけれどね。

議論はあるかと思いますが、これまた水野先生に伺ったお話で、西欧法では養育費の不履行は刑事罰の対象にもなるそうです。養育費の取り立てにも国が本腰をいれてほしいです。

*子どもの意思をどうやって反映させていくか

あと、この点は今後修正されていくと思いますが、子の意思をどうやって現場に反映させていくのか、という問題もあります。

実際に、いろんな葛藤の果てに残念ながら「もう(別居親とは)会いたくない」と言うようになってしまった子どももいます。年齢が上がって、中学・高校の部活とかが忙しくなって、離れて暮らす親が要求する頻度で会うのが負担になるという子どもの声も多いですし。

それを、「いやいや、これはあなたの最善の利益なんだから」といって押し付けるようでは困ります。

――「子どもの気持ちに配慮する」ということを、しっかり書いたほういいということですね。

そうそう、それと、その具体的な仕組みも入れる必要があります。

改正された民法766条には、面会交流や養育費について決めるときは、子どもの利益を考える、と書かれているのに、この法案にはそれがない。離れた親と会うことが子の利益に資するんだ、ということが大前提なんですね。個別具体的にはそうではないケースもある、ということがまったく捨象されているのも問題です。

子どもの意思も、きまぐれがあったり、一緒に住んでいる親に影響されているものもあったりするので、難しいですけれどね。

――そうですね、子どもたちは基本的に、同居の親に対してものすごく気をつかっていると思います。別居親に会いたくても言いだせないでいる子もいますし。

20代半ばの、離婚・再婚家庭の子どもの立場の人たちにインタビューしたことがあるんですが、同居親のことを客観的に見られるようになったのはつい最近だ、という子が多かったです。子どものうちは、自分の本音に気づいていないこともあります。

そうですよね。それを考えると、子どもに「あんた決めなさい」というのも、酷な話です。

そういったことも考えて、せめて、家事事件手続き法「子の意思の把握」の条文(65条)程度のことは、入れて欲しい。「子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければならない」くらいのことはね。

――それは、とても大事ですね。

そんな感じで、わたしは面会交流についてはサポートを充実させていけばいいと思うんですけれど、一番ひっかかるのは、8条(別居する前に子の監護者等を決めることなどを国が啓発活動をするというもの)なんですね。

(続く)

プロフィール

打越さく良

(うちこし・さくら)

2000年弁護士登録(第二東京弁護士会)。離婚、DVなどの家事事件を多く取り扱う。日弁連両性の平等委員会委員、同家事法制員会委員。夫婦別姓訴訟弁護団事務局長。mネット・民法改正情報ネットワーク呼びかけ人、憲法24条変えさせないキャンペーン呼びかけ人。都内児童相談所非常勤嘱託弁護士。単著に『なぜ妻は突然、離婚を切り出すのか』(祥伝社新書)、『レンアイ、基本のキ―好きになったらなんでもOK?』(岩波ジュニア新書)、『改訂Q&A DV事件の実務―相談から保護命令・離婚事件まで』(日本加除出版)、共著に『親権法の比較研究』(本山敦、床谷文雄編、日本評論社)等。ジェンダー関係の裁判例等を扱うサイトgender and law(GAL)編集。ウイメンズアクションネットワーク(wan)やラブ・ピース・クラブに執筆、連載中。

(*1)民法766条の1

(改正前)父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。

(改正後)父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。

ライター

主なテーマは「保護者と学校の関係(PTA等)」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』ほか。共著は『子どもの人権をまもるために』など。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。ohj@ニフティドットコム

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