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誤解で廃止?! 配偶者控除

小澤善哉公認会計士・税理士
(写真:アフロ)

今回の税制改正項目の目玉の1つとして廃止が検討されているのが、所得税の「配偶者控除」。「『103万円の壁』の存在が主婦の就労拡大の妨げになっている」というのが、配偶者控除廃止の主な根拠です。

果たして配偶者控除の廃止は、主婦(主夫)の就労拡大に本当につながるのでしょうか。

廃止の根拠とされる「103万円の壁」「専業主婦の優遇」など配偶者控除をめぐる誤解や、廃止された場合の影響にも迫ります。

本当は存在しない「103万円の壁」

主婦Aさん:「年収は103万円を超えると損するって聞いたので、私は年収103万円ちょうどにしたわ。」

主婦Bさん:「私は10万円だけ余分に働いたので年収は113万円だったわ。」

この2人による「夫婦の手取り額」レースです。どちらが勝ったのでしょうか?

AさんとBさんを比較すると、年収113万円のBさん夫婦の手取り額は、年収103万円のAさん夫婦よりも間違いなく多くなります。仮に夫の年収が514万円(平成26年分民間給与実態調査(国税庁)における男性の平均給与)と仮定すると、手取り額の差は7万5千円ほどに上ると試算されます。

逆転現象を防ぐ「配偶者特別控除」

そのからくりは、配偶者の年収が103万円を超えても、家計を支えている夫の税金の計算において配偶者控除の代わりに「配偶者特別控除」が使えるからです。

配偶者特別控除とは、妻の収入が103万円を超えることで税金が一気に増えて手取り額が逆に減る「逆転現象」を防ぐために設けられているものです。

具体的には、妻の年収が103万円超141万円未満の場合に、収入に応じた一定額(38万円~3万円)を夫の所得から控除できます(夫の所得が1千万円(給与額面で1,231万円相当)以内の場合に限ります)。

この配偶者特別控除のおかげで、妻の年収が103万円を超えると、夫婦が支払う税金(所得税・住民税)は確かに増えますが、それ以上に収入が増えるので、夫婦の手取額合計は増え続けるのです。

したがって、少しでも家計を楽にしたいと考える夫婦にとっては、年収103万円の壁なんて実際には存在しないのです。103万円は「壁」ではなく、本当はせいぜい「階段」程度のものなのです。

そもそも「103万円の壁」とは?

世間で言われる「103万円の壁」には、2つの意味があります。

1つ目の意味は、配偶者の給与収入が103万円を超えると、家計を支えている人の所得税の計算の際に配偶者控除が使えなくなるというものです。

2つ目の意味は、配偶者の給与収入が103万円を超えるあたりから、配偶者に所得税もかかり始めるというものです。

「103万円の壁」が有ったのは昔の話

ではなぜ、「103万円の壁」が存在すると巷(ちまた)で言われているのでしょうか?

実は過去には、配偶者の給与収入が年収103万円未満であれば、配偶者控除38万円に加えて「配偶者特別控除」を最高38万円控除することもできた「ダブル控除」時代がありました。

つまりその頃は、妻の収入を年収103万円未満に抑えておけばお得感満載の時代だったのです。そしてその一方で、妻の年収が103万円以上になると夫婦の税金が一気に増えてしまう、まさに「103万円の壁」が大きく立ちはだかっていた時代でもあったのです。

ただ、平成16年度の税制改正により、年収103万円未満の場合に使えた配偶者特別控除は廃止され、現在のような配偶者控除制度に整理されました。

「103万円の壁」とはダブル控除時代のネーミングですが、名前のインパクトが強いせいか税制改正後もリセットされることなく、現在まで多くの方々に疑われずに信じられ続けているようです。

今となってはすでに存在していないに等しい「103万円の壁」は、もはや「昔の名前で出ています」状態なのです。

「103万円の壁」は、人々の心の中にだけ存在する壁なのかもしれません。

結局立ちはだかる「130万円の壁」と「106万円の壁」

妻の年収が130万円以上になると、税金とは別の問題が生じます。

年収130万円以上になると、夫の社会保険の扶養に妻が入れなくなってしまい、妻自身が国民年金・国民健康保険に加入しなければならなくなります。

なお、妻の勤務形態が社会保険(厚生年金・健康保険)加入の要件を満たす場合には、国民年金・国民健康保険ではなく、妻の勤務先の社会保険に加入します。

この保険料や掛金の負担がバカになりません。しかも隠れ増税のような形で、負担が年々増え続けています。

仮に年収130万円の場合には、標準的な国民年金・国民健康保険の年間負担額は約25万円、社会保険であれば年間負担額は約20万円(自己負担分)となります(年齢・加入する保険によって保険料の金額に違いが生じます)。つまり、妻の年収が130万円になった時点こそが、夫婦の手取り額が減ってしまう、本当の逆転現象スポットなのです。

また、妻の勤務先が従業員501人以上の場合には、130万円ではなく、妻の年収が106万円以上(かつ、月額に換算した収入額が8.8万円以上などの条件)を満たす場合に、妻自身が社会保険に加入しなければならなくなり、夫の社会保険の扶養に妻が入れなくなってしまいます(平成28年10月施行の社会保険適用対象から)。

つまり、仮に103万円という階段を取り払っても、妻が大企業に勤めているなどの条件を満たす場合には「106万円の壁」、それ以外の場合には「130万円の壁」に新たにぶち当たるだけなのです。

もちろん配偶者自身が厚生年金に加入すれば、将来に配偶者がもらえる年金が増えるというメリットがあります。

しかし、今の生活を少しでも楽にしたいと考える方のなかには、「将来の年金よりも今の現金」を選択する方も多いでしょう。

仮に配偶者控除を廃止し、夫婦控除など別の制度を導入したとしても、結局、「130万円の壁」「106万円の壁」の問題を解決しない限り、収入を106万円未満や130万円未満に抑えようとする配偶者が単に増えるだけでしょう。

配偶者控除が廃止された場合に影響がある3つの層

本当は優遇されていない専業主婦

配偶者控除は専業主婦を優遇しているので、配偶者控除の廃止でこの優遇を是正すべきと言われることがあります。

果たして今の税制の下で、本当に専業主婦は優遇されているのでしょうか?

NHKの朝ドラ「とと姉ちゃん」を例に説明しましょう。

ドラマの中では、とと姉ちゃんの小橋一家の次女 鞠子(まりこ)さんは、結婚後は仕事を辞めて家庭に入り、専業主婦として暮らしています。三女 美子(よしこ)さんは、結婚・出産を経て、再び働き始め、夫婦共働きです。

子どものことは考慮外とすると、鞠子さん夫婦、美子さん夫婦、どちらも夫婦の衣食住にかかる最低生活費としては2人分必要となります。

実は現行の税制では、一人あたりの最低生活費には税金をかけないしくみになっています。この税金がかからない最低生活費のことを「基礎控除」といいます。

共働きである美子さん夫婦は、それぞれの収入から基礎控除38万円(所得税の場合)を差し引くので、夫婦合計の控除額は76万円になります。

ところが専業主婦である鞠子さんには収入がありません。そこで、鞠子さんの夫の収入から、夫の最低生活費(基礎控除38万円)と併せて、妻の鞠子さんの最低生活費(配偶者控除38万円)を差し引けるようになっています。

結果的に共働きの夫婦も片働きの夫婦も、夫婦単位での控除額の合計は76万円と同額です。

専業主婦がいる家庭は、税金でビタ一文優遇なんてされていないのです。

配偶者控除の恩恵が大きいパート層

現行制度の下で税金が優遇されているのは、配偶者の収入が65万円超141万円未満の場合です。この場合には、妻の基礎控除+夫の基礎控除+夫の配偶者控除(または配偶者特別控除)とトリプルで控除が受けられるからです。

特に配偶者の収入が100万円前後のゾーンは、現行の制度の下でトリプル控除をほぼ満額使えており、配偶者控除制度の恩恵を最大限受けています。

これらの層が優遇されているからといって、現行制度が妥当でないと決めつけることはできないように思います。見方を変えれば「専業主婦(主夫)として家にいるよりも、とりあえず週2、3日でいいから外で働きましょう。そのほうが税金でも得ですよ」と言っているようなものだからです。

つまり、実は現行の配偶者控除制度は、女性の社会進出を妨げているどころか、「女性の社会進出促進税制」の一面を持っているのです。

また、このゾーンで働いている方々のなかには、子育てや介護などそれぞれ事情を抱えており、仕事の時間に制約がある方も少なくありません。税金で多少の優遇を認めてあげてもいいのでは無いでしょうか。

割に合わない高収入者

家計を支えている人が高収入の場合、その家庭は配偶者控除の廃止で増税になる可能性が高いです。

高収入者も、配偶者控除で優遇されていると批判を受けることがあります。

本来は、高収入者も低収入者も、配偶者の最低生活費の保証である配偶者控除額は同額の38万円(所得税の場合)なので、両者に不公平は生じていません。

配偶者控除にその人の最高税率を乗じると、その効果は、収入が低い方は約5万数千円(税率15%強)であるのに対し、収入が高い方は約21万円弱(税率55%強)と計算上導くことができます。これだけを見れば、確かに高収入者のほうが有利なように見えます。

しかし、裏を返せば、追加収入があった場合にその収入に対して税金が15%強で済む人と、55%強も取られてしまう人がいるということにもなります。

配偶者控除の効果が多い人は、収入に対してかかる税金も人より多いのです。さらに高収入者は、児童手当が減額されたり、各種公的助成が受けられなかったりと最近は冷遇されています。

収入を増やそうと頑張ると逆にペナルティを与えられてしまうような今のしくみに対しても、そろそろ論じる時期に来ているのではないでしょうか。

配偶者控除の廃止は必要なのか?

収入が103万円の方までは配偶者控除で優遇する一方で、103万円を超えてもさらに手取り額を増やしたい方には、一気に負担が増えずソフトランディングが図れるように、配偶者特別控除をもって優遇を少しずつ削っていくというのが、現行の配偶者控除の制度です。

現在でも通用する良く出来た制度だと思います。

制度は残し、「103万円の壁」が無いことをアピールするだけでも、就労促進につながるのではないでしょうか。

最後に、増税によって家計が苦しくなり、その結果、働きに出ようとする主婦(主夫)が増えないような税制改正をぜひお願いしたいものです。

公認会計士・税理士

法人・個人の税金をはじめ、相続、会計、法律、経営などジャンルを問わず相談できるオールラウンドプレイヤー会計士を自負。「人の役に立つ仕事がしたい」「毎日ドキドキワクワクしたい」という思いで、日々仕事にまい進中。「なぜ犬神家の相続税は2割増しなのか」「ひとめでわかる株・FX・不動産の税金」(いずれも東洋経済新報社刊)など著書多数。1990年東京大学経済学部卒業。1997年に7年間勤めた監査法人を辞めて独立開業、現在は銀座で小澤公認会計士事務所を開設している。国土交通省「合理的なCRE(企業不動産)戦略の推進に関する研究会」ガイドライン作成ワーキング・グループ委員を歴任。

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