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熊本地震、原発は「公式発表で」の危うさ

尾関章科学ジャーナリスト

びっくりするような話を毎日新聞が4月23日付で伝えた。NHKの籾井勝人会長が、局内の会議で「原発については、住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えることを続けてほしい」と発言したというのだ (「熊本地震 原発報道『公式発表で』…NHK会長が指示」)

さらに朝日新聞の27日付朝刊によれば、籾井会長はこのときに「いろいろある専門家の見解を伝えても、いたずらに不安をかき立てる」と言い添えていた、という。この部分は入手した会議録には記載がなく、「関係者への取材」でわかったとある。同じ記事は、会長が26日の衆議院総務委員会で「いろんなコメントを加味せずに伝えていく」と述べたとも報じている(「『原発報道に識者見解、不安与える』 NHK会長が指示」=後段は有料)。放送メディアのトップがこういう認識の持ち主であることは、どうやら間違いないようだ。

天災や感染症禍のように人心を揺るがす災いがあったとき、メディアが当局の公式見解を重んじるべきなのは論を俟たない。そのために地震や火山噴火の予知連絡会のような専門家集団が組織されているのだし、気象庁や厚生労働省などの省庁は寝ずの広報活動にあたる。緊急事態に直面した社会は、短い時間幅で言えば公式見解に沿って回っていく。列車を運休すべきか、学校を休校にすべきかといった判断の根拠となるのも、こうした見解だ。

ただ、それでもメディアが忘れてはならないのが、在野の専門家に耳を傾けることだ。地震であれ、噴火であれ、あるいは感染症の拡大であれ、災いには先の見通しが立ちにくい側面がある。目に見えない地中の現象や病原体のふるまいを相手にするのだから当然だ。現象そのものが予測困難な「カオス」をはらんでいるということもある。だから、専門家の間には見解のばらつきが出る。当局の判断と異なる主張をする人がいてもおかしくない。メディアに求められるのは、それらをきちんと拾いだすことだ。

一つには、それは当局が公式見解をまとめるときの緊張感につながる。的外れの見通しを打ちだして、あとで在野の意見を聴いておけばよかったと言われたくはないはずだからだ。もっと大きな意味をもってくるのは、中長期の対策を考える場合である。こちらは議論に時間の余裕があるので、参照意見は豊かなほうがよい。こうした見方もあれば、ああした見方もある、という状況を過不足なく伝えることが大切な仕事になってくる。

天災に原発のような人的社会的な要素が結びついたときはなおさらだ。公式発表の発信側は、たとえ科学的知見に忠実なように制度設計されていても、判断に人的社会的な考慮が混じる恐れにさらされている。「善意」から「不安をいたずらにかき立てない」という配慮が加えられたとしても、それはリスクの放置につながりかねない。だから、メディアは、在野にさまざまな意見があることを読み手や受け手に伝えることが必須となる。「公式発表をベースに」という考え方は、そこのところをすっぽり見落としている。

熊本地震と原発、とりわけ九州電力川内原発とのからみで言えば、専門家の多様な見解をぜひとも伝えてほしいことが一つある。それは14日夜の前震発生以来、震源域が不気味に広がっていることをどうみるかだ。気象庁発表の震央分布図によると、今回は熊本県側の布田川・日奈久断層帯だけでなく、大分県側の別府―万年山断層帯も動いたことが一目でわかる。地震がいくつもの活断層に飛び火する怖さをまざまざと見せつけられたのである。ここで思うのは、複数の断層の関係性について専門家の間でどんなことが議論されているのかを知りたいということだ。

私は今回、熊本地震が起こってから『活断層とは何か』(池田安隆、島崎邦彦、山崎晴雄著、東京大学出版会)という本を読んだ。中身については拙稿ブログ(本読み by chance 2016年4月22日付「活断層という足もとの不安定」)で紹介したが、印象に残ったことが二つある。

一つは、地震学者の目で見ると九州中部は日本列島のなかで例外的な状態にあるということだ。なべて日本列島の活断層は、プレート運動が原因で圧縮の力を受けているが、ここでは局地的に引き伸ばす力が働いているのだという。

もう一つは、「地表では独立した断層に見えるものが複数同時に動いて地震を発生する」という現象をどうとらえるかが、地震研究の難問として残されているということだ。「グルーピング問題」というらしい。地中に一つながりの断層面があるのか、あるいは異なる断層が連動するのか。断層の地中での様子やそれらの間の相互作用については未解明のことが多いらしい。この本が出たのは1996年。それから20年が過ぎたので、わかってきたこともあるに違いない。そんな話がぜひ、地震学者たちから聴きたいのである。

震源域の広がりについては原子力規制委員会の内部でも論議されていることが、ネットに公開された議事録からわかる。4月18日の臨時会議では、医学系の委員が「世の中で懸念されているのは、震源がどうも移動しているということで、さらに南西方向に来れば、川内原発により近いところで地震が起きる可能性もあるのではないかと言われていますけれども」と問いかけ、それに地質学系の委員が応じたくだりだ。ただ、その答えは布田川・日奈久断層帯の「全部が一度に動いた」場合のことは想定済みというもので、川内原発により近い未知の断層が連動する可能性には触れていない。原発の安全審査では未知の直下断層が動くこともモデル地震の計算によって織り込んでいるが、今回、断層間の相互作用の大きさが見えてきたことで、そのモデルの妥当性が問われていると言えるのかもしれない。

熊本地震の報道を見ていると、ようやく原発との関連に焦点が当てられるようになってきた。川内原発は、よりにもよって現在運転中なので、それを止めるか否かは喫緊の問題だ。だが、議論されるべきはそれだけではない。今回の地震域で得られた新知見から、日本列島全域の原発立地や安全審査のありようを見直す必要が出てくることもありうる。メディアは「公式発表」にとどまっている場合ではない。

科学ジャーナリスト

科学ジャーナリスト。1951年東京生まれ。1977年朝日新聞入社、83年科学記者となり、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹、編集委員などを務め、2013年に退職。16年3月まで2年間、北海道大学客員教授(電子科学研究所)。関心領域は宇宙、量子、素粒子などの基礎科学と科学思想、生命倫理、科学メディア論。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1回のブログ「めぐりあう書物たち」を継続中。

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