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トランプ現象、フランスもか?

プラド夏樹パリ在住ライター
パリのキオスクで

トランプ現象、フランスにも?

トランプ次期大統領の当選は、フランスでも、波紋を巻き起こしている。

オランド大統領の人気が落ちるにつれ、来年春の大統領選挙では、極右翼政党である国民戦線(Front national 、以下FN)の党首、マリーン・ル・ペン氏(以下、ル・ペン)と共和党候補の一騎打ちが、今、どの統計でも確実とされている。11月9日、ル・ペン氏は、トランプ次期大統領の当選を「政治とメディア界のエリートの敗北」と評し、フランスにも、同様な現象が起きるだろうと語った。11月16日、大統領官邸エリゼ宮の近くに選挙事務所を開き、青いバラをシンボリマークにイメージチェンジを図っている。

アルジェリア戦争下での拷問を正当化したル・ペン(父)氏

「来年は極右翼政権」がなきにしもあらずとなった今、FNがどのような状況で生まれた政党かについて、ここでもう一度、明確にしたい。

1954年からアルジェリアの独立戦争が起きた。1961年、当時の大統領、ド・ゴール将軍がアルジェリアの独立計画を発表し国民投票が行ったところ、75%の国民が独立に賛成した。ところが、一部の軍人と植民者たちはこれに不満を表明。秘密軍事組織を作り、ド・ゴール暗殺計画を立てたが失敗し、1962年、アルジェリアは独立を果たした。

1972年、ジャン=マリー・ル・ペン氏(以下、ル・ペン父)は、この、アルジェリア独立に反対する秘密組織を中心に、国民戦線党(FN)を結成した。70年代は、黒い眼帯をつけて公の場に登場し、暴行や恐喝事件を起こし、ヘイトスピーチや歴史否認で何度も訴えられた、長い有罪リストをもつ人だ。1984年、テレビ番組「真実のとき」のなかで、アルジェリア戦争中に拷問に参加したことを認めており、痕が残らないものだった。当時の状況で拷問は必要だったと正当化している。

イメージチェンジを図る娘、マリーン・ル・ペン

娘であるマリーン・ル・ペンは、2011年から党首となり、イメージチェンジをはかる。これまでのファシズム党というダーティーなイメージから脱出するために、「民主主義的な党」というイメージを全面に打ち出していく。

若者票を狙うために、可愛い、ジャニースっぽい若者を重要なポストにつけ、人種差別的側面を隠蔽するために、ムスリム系フランス人も入党させている。2017年の大統領選進出への準備としてか、暴言を繰り返しては党のイメージを悪くする父、ジャン=マリーを党から追放した。

しかし、クリーンなイメージの裏で、社会の底辺にいる人々の嫉妬心、「こんなはずではなかった」という感情をうまく利用する勧誘をしている。たとえば、こんなポスターがある。http://www.frontnational.com/2016/11/migrants-decouvrez-la-nouvelle-campagne-des-jeunes-avec-marine/

人種差別的発言は、アメリカや日本ではオピニオンとして許容されるが、フランスでは軽罪だ。だから「何人が」とは指定しない、しかし、「外国人がフランス人の場所を横取りする」という見方を広めているのは明らかだ。

得票率25%が予想される極右翼政党FN

FNは、前回2012年の大統領選挙では第3位、ル・ペン父時代の2002に年は第2位を占めており、「少数の不満分子が投票する政党でしょ?」などと侮ることのできない政党になっている。昨年3月の地方選挙の第一回選では28.4%で一位を占め、来年の大統領選挙では25%の得票率が予想されている。

Ifop(フランス世論調査院)の統計によると、FNに投票する人々の典型的プロフィールというと、18歳から35歳、学歴の低い男性で、工員の43%、高卒以下の30%の男性に支持されているという。http://www.ifop.com/?option=com_publication&type=poll&id=3228

この典型的プロフィールとは違うが、今日は、私の知人でFN支持者についてレポートしたい。

私は夫がブルターニュ地方出身なので、時々、ブルターニュにいく。家の掃除を手伝ってくれる同年代の女性Bは、長年、友人つきあいをしている。難民受け入れ問題でフランスがあたふたしていた去年の秋、彼女が言った。

「わかんないのよね。どうしてこの国では、難民に生活援助金1000ユーロもあげるのか?(注1)。私たちはフランス人なのに、毎月、苦労していているんだよ。500ユーロの生活援助費しかもらってない。まずは、国民を助けてほしいわよ」

私は、「でもね、シリアにはフランスも爆弾を落としているんだよ。だから、彼らがここに来るのはしかたないよ」という言葉を飲み込んだ。これは、Bにとっては勝者の理論でしかないだろうと思うからだ。

Bは、高校教師の家庭に生まれた中流階級出身だ。学校が嫌いだったので、高卒で結婚した。DV夫から逃れるために、子ども3人を連れて家出をし、ひとりで育てたあげた。しかし、成人になったどの子も、今は、アルバイト暮らしか、生活保護を受けている。彼女自身も、日銭を稼げる仕事しかしてこなかったのでキャリアがなく、今は、掃除、老人介護、そして生活保護だけで暮らしている。

おしゃれな人なので、「自分で作った服を売りたい」という夢をもっているが、それも難しい。注文をとって、生地を買って縫製して売るとなると、ある程度の値段はつけたい。でも、H&MやらMANGOがどこの町にもある今、服にお金を出す人は少ない。

家にあった本の整理を頼んだとき、「私、昔、ロシア語やったんだ。懐かしいから、この本貸してもらってもいい?」と言い、ドストエフスキーを持って帰った人だ。まったく、教育と縁がなかった人ではない。

それだけに、自分の出自階級、中流階級から下流階級に転げ落ちたという感覚は強いのだろう。そして、その転落感覚が、「自分の生まれた国から逃れて、フランスの生活保護を受けにきた難民を許せない」というきもちにつながるのかもしれない。

今度、Bと、このような話をする機会があったら、なんと言おう? 「あなたが、毎日、頑張っているのはわかる。でも、不満やら嫉妬から、拷問を実際にしたことがあって、それを正当化するような人物が党首だった党FNに投票して、もし、ル・ペン氏が次期大統領になってしまったら、それは重大なことなんだよ。市民として責任があるよ」と言う勇気をもちたい。

(注1) これはFBでひろがったデマで、実際には、難民収容所に寝泊まりしない人々は月額ひとりあたり343.5ユーロ支給される。難民収容所に入居した人は、家族6人の場合、最高額で718ユーロhttp://www.immigration.interieur.gouv.fr/Asile/Les-differentes-formes-de-protection/Le-statut-d-apatride

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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