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安倍首相の真珠湾訪問ーフランスはどう見るか

プラド夏樹パリ在住ライター
(写真:ロイター/アフロ)

『広島破壊のほんとうの理由』

今から27年まえ、私がフランスに住み始めて数年後、広島破壊の本当の理由というタイトルのル・モンド・ディプロマティック紙上の記事を読み、仰天したことがある。

「アメリカによる日本への原爆投下の真の理由は、戦争を終わらせるためではなくソ連を威嚇するためだった。冷戦は広島から始まった」という主旨の記事だったからだ。「じゃ、日本はソ連に原爆の破壊力を見せるための実験台だったの?」と、頭が真っ白になった。

もちろん、今の日本では歴史研究も当時より進み、いろいろな説が発表されているだろう。しかし、当時、まだ日本の大学を卒業したばかりだった私は、「アメリカは長引く戦争を終わらせるために、25万人の人々の命を救うために原爆投下した」というトルーマン元米大統領の言葉(注1)を信じ切っていたのだ。

もしかしたらそんなのおためごかしかもしれない、裏にはもっと複雑な理由があるかもしれないと考えたことすらなかった。フランスという異文化のなかで暮らして初めて、日本の学校で学んだ世界史は「あるひとつの視点からの世界史」でしかないことを、歴史はいろんな角度から読めることを思い知ったのだった。

(注1)Public Papers of the Presidents : Harry S. Truman, Government Printing Office, Washington DC, 1965.

真珠湾攻撃とは?

ところで今回の安倍首相の真珠湾訪問をフランスのメディアはどのように報道しているだろうか? フランスは真珠湾攻撃に関しては第三者である。それだけに、日本の新聞とは違うニュアンスの記事があったので、いくつか紹介したい。

まず、真珠湾攻撃とはなにか?

中道左派ル・モンド紙は、安倍首相、真珠湾慰霊訪問、謝罪はなしという記事の中で、「奇襲と言われる真珠湾攻撃だが、本当だろうか?….(中略)…戦争に突入する機会を狙っていたルーズベルト大統領は日本側からの挑発を待っていた」としている。

また、中道右派フィガロ紙は安倍首相、真珠湾慰霊訪問という記事の中で、「ナチス・ドイツからヨーロッパの民主主義を救うのを躊躇していたアメリカだが、日本からの奇襲を受けてはじめて、自由世界のリーダーとして、自国の権益を守るだけではなく世界の治安を監視する憲兵として、第二次世界大戦に突入した。その意味で真珠湾攻撃以前と以降は、同じ世界ではない」としており、両紙とも、「アメリカ=善」という図式とは少々異なる観点から真珠湾攻撃を定義している。

トランプ新大統領と安倍首相は軍事的には利害一致?

そして肝心の安倍首相の真珠湾訪問についてだが、フィガロ紙は日本首相の歴史的な真珠湾訪問という記事で、「安倍首相は、アメリカが中国と緊張関係にある時を狙い、日本こそがアメリカにとって貴重な同盟国であることをアピールしに行った」とし、「トランプ新大統領の政策に対する心配はあるものの、これまでに築かれた堅固な日米関係が以前と変化することはないだろう。アメリカ大統領選後、外国の首相のなかで、最初にトランプ新大統領を訪問したのは安倍首相だったのだから」と締めくくっている。

ル・モンド紙は真珠湾訪問で安倍首相は国際的レベルでのリーダーにという記事内で、「長期的観点からいえば、安倍首相とトランプ新大統領の間では、双方の利害が一致するだろう。安倍首相は日本を軍事的に強力な国にし、国民の反対にもかかわらず憲法改正にふみきって日本を戦争できる国にしようとしている。また、トランプ氏は日本がアジア地域の防衛に充分に貢献していないと批判しているのだから、両者の意見は一致するしかないのだ」と。

日本では、「トランプが新大統領に就任したら日本はいったいどうなるの??」といった心配そうな声が多いが、ここフランスでは、安倍首相とトランプ新大統領は「軍事に関しては、最終的には利害一致するだろう」と考えられているようだ。それも困ったものだけど…

ところで、安倍首相は憲法改正をして日本を戦争できる国にしようとしていることについて、フランス人の友人(ゴリゴリの左派で、戦争反対デモには必ず参加)と話していたとき、これまた仰天したことがある。「日本には、二度と戦争する国になってほしくないの」と繰り返す私に、彼は言った。

「アメリカに依存するのはいい加減にしたら? 中国や韓国とまともな関係を築いた上で、自分の力で防衛するのが、一人前の国というものだろう。」

かつてフランスにも、日本と同じく米軍をはじめとした外国軍隊が駐在していた時期があった。第二次世界大戦でドイツの占領下にあったところを米英軍のノルマンディー上陸作戦によって救われて以来、連合軍(おもに米軍)はフランス国内に基地を維持していた。

1949年、フランスを含めた12カ国の間で北大西洋条約が結ばれると、フランスも加盟。しかし、当時の大統領ド・ゴール将軍は北大西洋条約機構(NATO)の運営がアメリカ主導であることに、また、自国内に米軍をはじめとしたNATO基地が置かれることに次第に反対を示すようになる。

このような文脈のなかで、1960年、フランスは核実験を行い、これに対してアメリカ、イギリスから批判を受ける。業を煮やしたド・ゴール将軍は、1965年、とうとう「フランスの国防や政治がアメリカに依存することを拒否する」と発表。

そして、翌年、「世界中で軍事介入するアメリカの後押しをフランスがすることはできない。フランスは主権回復のため、一方的措置をとることに決定した。外国軍隊には出て行ってもらう」と、NATOに基地立ち退きを要請、フランスもNATOの軍事部門から脱退した(2009年に復帰)という経緯がある。しかし、北大西洋条約から離脱はしなかったので、「政治的には同盟するが軍事的には独立」という立場を貫いたというニュアンスだろう。

(渡邊啓貴 『フランス現代史』1998 中公新書)参照

このような、核保有を背景としたフランスの「自主独立外交」政策は、ド・ゴール主義と呼ばれ、以降のフランスの外交政策の大きな軸となり、2003年、アメリカ主導のイラク戦争への不参加へとつながった。

だから、ここ、フランスでは、左派の人であっても「安倍首相が日本を再軍備、いいんじゃない?」と、平気で言うのである。「自分の手を汚さないで防衛するなんて、いつまでも続かないよ。自分の力で防衛して、さっさと米軍を追い出したら?」と。

こんな思ってもみなかった意見が聞けることが、外国暮らしのおもしろさのひとつでもある。もちろん、彼には、北朝鮮と「まともな関係」を結ぶことの難しさも、原爆と原発事故の痛みも、私たちのように肌で感じることはできないだろう。また、アメリカに対して、そう簡単に「日本は主権回復のため、一方的措置をとることに決定した。米軍には出て行ってもらう」とは言えない複雑な状況もわからないだろう。

でも、同じ意見をもつ人間とだけ話していては発展性がない。世界的レベルで右傾化している時代なだけに、歴史や政治について自分とは違う意見をもつ人と対話する機会が、もっと欲しいと思うのだ。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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