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米朝「夏の攻防」が始まった

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

日朝間では「7月合意」に基づき、日本の経済制裁が一部解除され、北朝鮮による安否不明者の再調査も行われているが、その第一次調査結果が判明する8月下旬にかけて韓国では恒例の米韓合同軍事演習が実施される。

仮に米韓合同軍事演習に反発する北朝鮮が温存している中長距離ミサイルの発射や4度目の核実験に踏み切れば、日朝合意も、何もかもすべて吹っ飛んでしまう。

朝鮮戦争停戦の日の7月27日、北朝鮮で記念式典が行われたが、故金日成・金正日親子の遺体が安置されている錦壽山太陽宮殿前で開かれた陸海空及び戦略軍の決意大会で軍トップの黄秉西人民軍総政治局長(次帥)が以下のような信じ難い発言を行い、米国に向け拳を振り上げた。

「もし米帝が核航空母艦と核攻撃手段で我々の自主権と生存権を脅かすなら、我が人民軍隊は悪の総本山であるホワイトハウスとペンタゴンに向けて、太平洋上にある米帝の軍事基地及び米国の大都市に向けて核弾頭ロケットを発射することになるだろう」

軍事的緊張が高まった昨年3月に軍総参謀部が米韓合同軍事演習にB-52核搭載戦略爆撃機とF-22が動員されたことに反発し「我々の大陸間弾道ミサイルには、ホワイトハウスや国防総省、ハワイとグアムをはじめとするアメリカの巣窟が攻撃対象として入力されている」と威嚇したことはあるが、米国への核攻撃に直接言及したのはこれが初めてだ。

北朝鮮はまだ、グアムなど太平洋上にある米軍基地を標的にした中距離ミサイルのムスダンも、米本土を射程に収めている大陸間弾道ミサイル(KN-08)の発射実験も一度もした試しがない。テストもせずして、核を搭載した中長距離ミサイルの発射は可能なのか?それとも、これから発射実験を行うという暗示なのか?不気味な発言だ。

デニス・ブレアー前国家情報局(DNI)局長は現役の2009年2月に「北朝鮮は金正日の生存危機を感じなければ米国に向け核を使用することはないだろう」と言い、また2年後の2011年2月にも「北朝鮮は核を保有しているが、敗戦寸前にならない限り使用しないだろう」と議会で証言していたが、黄総政治局長の発言は、まさに「ブレアー発言」を裏付ける発言となった。

米国のトーマス・ドニロン前大統領補佐官も退任直前の昨年3月「米国は米国を攻撃目標にできるような核ミサイルを開発しようとするのを傍観もしない」と表明し、オバマ大統領もまた、今年4月、「同盟国防衛には、軍事力行使もためらわない」と北朝鮮を牽制していたが、オバマ政権は現実味を帯び始めた米国の核恫喝にどう対応するのだろうか?

北朝鮮の恫喝の狙いは明白だ。来月(8月)中旬から始まる米韓合同軍事演習「フリーダムガーディアン」(UFG)を中止させることにある。

UFGは2010年と2011年には8月16日~25日まで、2012年には8月20~31日まで、そして昨年は8月19日~30日まで実施されている。

毎年、演習には駐韓米軍を中心に3万人の米軍と韓国軍5万人が動員されているが、今年は最大規模の訓練が行われる予定だ。米韓にとっては春の合同軍事演習(キーレゾルフとフォーイーグル)と並ぶ恒例の軍事演習だ。

特に2009年からは北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)の探知・破壊を目的とした訓練が行われており、脅威を感じた金正恩第一書記は2012年のUFGに対しては「我慢にも限界がある」として全面的な反攻撃戦に向けた作戦計画を検討し、署名していた。

昨年のUFGは春季の演習で軍事緊張が一気に高まったことから米軍は約3,500人、韓国軍は約1万人と規模が大幅に縮小されたが、それでも訓練にはF―22ステルス戦闘機、B52爆撃機、ステレス戦略爆撃機B-2、イージス駆逐艦「ラッセン」や「フィッツジェラルド」などが参加している。その理由は、UFGが北朝鮮との全面戦争を想定した訓練であることにある。

今年のUFGは北朝鮮のWMDの抑止戦略が具体的に具現される訓練となる。ミサイルにせよ、核にせよ北朝鮮によるWMD使用の兆候があれば、それを阻止するための、即ち先制攻撃を想定した訓練が実施される。

韓国の報道によると、北朝鮮はUFGに対抗して西海岸の南浦付近一帯で陸海空による国家規模の総合上陸訓練を実施するとのことだ。上陸訓練であることから、韓国では北朝鮮と海上を接しているNLL(北方限界線)にある延坪島などに北朝鮮が武力で奪還するための訓練ではないかと警戒している。

こうしたことから韓国の韓民求新国防長官は7月20日「北朝鮮が挑発すれば、我が軍が数回、数十回北朝鮮に対して警告しているように挑発原点、支援勢力、指揮勢力まで断固懲罰する。北朝鮮は再び挑発を強行するなら体制生存を覚悟すべきである」と警告を発している。

一方の北朝鮮も国防委員会が「我々はすでに1月の重大提案を通じてまた、6月の特別提案、さらには7月の共和国声明を通じて南北関係を改善するためすべてのことをやってきた。残ったのは最後の選択だけだ」との声明を出して、米韓の「敵対行為には報復する」と言明し、金正恩第一書記も一連のミサイル発射を視察した際「(米韓に対しては)言葉で言う時代は過ぎ去った。敵を降伏させなければならない」と前線の司令官らにはっぱをかけている。

昨年はUFGに対抗して戦略ロケット司令部に「1号戦闘勤務態勢」を発令したが、これをいつ発令するのか、それともしないのか、日朝関係打開への北朝鮮の本気度が試されるだけに注目したい。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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