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「金正恩健康異変」をどう見るか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

金正恩第一書記が9月3日以来、公式の場に姿を現していない。ほぼ1か月間、「不在」が続いている。

金第一書記が父・故金正日総書記亡き後、2012年年初に政権の座に就いてから過去に2週間以上動静が途絶えたのは、同年10月14日から28日、同年11月29日から12月16日、2013年1月1日から19日、2013年4月1日から15日のたった4回しかない。どんなに長引いても、19目には姿を現している。

今年に限って言うなら、最も長くて、1月28日から2月4日までの一週間で、こうした前例を考えれば、1か月近くの不在は異例中の異例と言える。まして、昨年は出席した9月9日の建国記念日の式典も、25日に召集された最高人民会議も欠席したわけだから、ただごとではない。

原因は不明だが、最高人民会議の翌日に朝鮮中央テレビが放映した金正恩活動記録映画の中に金第一書記が足を引きずっているシーンが流れ、ナレーターが「不便な体で」精力的に視察していると語っていることから、痛風を患い、その治療のため療養しているとの見方が支配的だ。

金第一書記が足を引きずっていたのは、映像で確認する限り、7月5日のソンドウォン国際少年団キャンプ場を視察した時からだ。11日後の7月16日にも水産研究所を視察した際に足を引きづっていた。引きづっていたのはいずれも左足だった。辺境地など足場の悪い所を視察した際に捻挫したのではとみられていた。

しかし、8月に入ると、今度は右足を引きづっていた。それでも左足を庇うあまり、右足に負担がかかったのではとの見方が一般的だ。

金第一書記が最後に姿を現した9月3日のモランボン楽団の新作音楽会の写真をみると、李雪主夫人を連れ添っていた。そして、二人の両脇には黄秉西人民軍総政治局長と金基男党政治局員が座っていた。よくみると、金第一書記は右手に煙草をくわえていた。会場の中でタバコを吸っていたのは、金第一書記一人だけだった。

音楽会は野外ではなく、万寿台芸術劇場で行われていた。従って、会場は禁煙であるはずだ。いかにヘビースモーカーとはいえ、映画館や音楽会などでの喫煙はあってはならない。明らかにマナー違反だ。それを承知で、喫煙しているところをみると、肥満防止とストレス発散が金第一書記にとっては喫緊であることがわかる。

金第一書記の「病状」が単なる痛風ならば、痛みが引けば、治療すれば、直ぐに公務に復帰できる。しかし、原因が他の疾病ならば、例えば、糖尿病や心臓病などを併発しているならば、事態は、深刻である。その理由は、父・金正日総書記のケースがあるからだ。

今から6年前の2008年9月9日、金総書記が建国60周年の式典を欠席したことから「金総書記に何かあったのでは」と大騒ぎになった。調べてみると、部隊視察した8月13日を最後に動静が伝えられてなかった。その後、脳卒中で倒れていたことが判明した。

金総書記が再び、姿を現したのは金日成総合大学創立を記念した同校のサッカー試合会場だ。日時、場所は伏せられていたが、大学創立日は10月1日だった。およそ50日ぶりの動静報道だ。しかし、写真も動画も公開されなかったことからその信憑性が疑われていた。

さらに10日後の11日、今度は第821部隊傘下の女性部隊を視察したとの報道があった。今度は、いつものようにサングラスを掛けた金総書記の写真が公開された。しかし、撮影日時や、部隊の所在地は明らかにされず、写真は異例にも寝静まった深夜1時40分過ぎに配信された。かつて、最高指導者の動静が深夜に報道されたことは一度もなかった。日本や韓国では「合成写真ではないか」「過去の写真を持ち出しのでは」との疑念が指摘された。

金総書記の映像が公開されたのは、随分経ってからで、翌年の2009年4月9日に開かれた最高人民会議の場だ。金総書記は686人の代議員が見守る中、舞台の袖から登壇したが、一瞬ふらつくなど左足がぎこちなかった。また、やつれ、無表情で、生気も感じられなかった。さらに3ヵ月後の7月8日の金日成主席死去15周年追悼式では一段と激痩せし、一回りも小さくなっていた。そして、2年半後の2011年12月17日、心臓発作を起こし、急死した。

韓国では金総書記が「糖尿病などによる慢性の腎不全により人工透析を受けていた」と囁かれていたが、真偽は定かではなかった。ただ気になったのは、激痩せぶりである。激痩せが肥満防止のための計画的なダイエットによるものか、あるいは疾病による後遺症なのか、判断が分かれるところだった。このことと関連して一つ注目すべきは、金総書記が禁煙を止め、再び喫煙しだしたことだ。

かつてはヘビースモーカーだった金総書記は2001年に訪中した際に中国の幹部に「健康に悪いので禁煙した」と語っていた。当時、北朝鮮のメディアは「喫煙は心臓を打ち抜く銃と同じだ」との金総書記の言葉を紹介し、国民に禁煙を奨励するほどだった。

健康のため長年禁煙していたタバコを復活したことについては「太り過ぎないため」の説と、激務による「ストレス軽減のため」の説が交錯していた。

最高意思決定者である金総書記の不在は、外交に影響を及ぼした。

事実、金正日総書記が8月14日前後に倒れ、約50日間にわたって執務不能であったためその2日前の8月12日に合意していた北朝鮮による安否不明者の再調査が先送りされ、結局はご破算となったことは周知の事実だ。

今回も、北朝鮮が調査報告の提出最終期限である9月初旬、即ち9月3日を最後に金正恩第一書記は病に伏せてしまった。奇しくも、前回の再現である。

重症でなければ、労働党創建日の10月10日午前0時に恒例の錦壽山宮殿の参拝に現れるはずだが、その時の外見で、病状が判別するのではないだろうか。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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