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北朝鮮の「宴」が終わり、「ミサイル=人工衛星」の発射は?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

北朝鮮の「宴」が終わった。北朝鮮にミサイル(=人工衛星)と核実験の自制を働きかけるため労働党創建70周年記念式典に参加した中国の客人(劉雲山共産党政治局常務委員=序列5位)も12日に中国に戻った。

北朝鮮国家宇宙開発局が先月15日に「世界は党中央の決めた時間と場所で天高く上がり続ける先軍朝鮮の『衛星』をはっきり見ることになろう」と表明したことから党創建70周年に向け金正恩政権が「祝砲」(ミサイル=人工衛星)を打ち上げるのではと危惧していた韓国の朴槿恵政権はとりあえず安堵しているようだ。ミサイル発射→国連安保理制裁決議採択→4度目の核実験→国連安保理追加制裁→朝鮮半島危機到来という悪しきパターンの再現を防ぐことができたからだ。

このまま何事もなければ「地雷事件」と「拡声器放送」から端を発した朝鮮半島の軍事的緊張を対話で納めた8月25日の南北合意(「8.25合意」)に基づき、来週の20日から26日まで金剛山で南北離散家族の再会事業が行われる。無事実現すれば一昨年2月以来、約1年8カ月ぶりとなる。

この人道イベントに続き、28日から31日まで平壌で南北労働者の親善サッカー試合が行われる。このスポーツイベントは、韓国の2大労組である韓国労組と民主労組が北朝鮮の朝鮮職業総同盟と交わした合意に基づくもので、開催されれば、盧武鉉政権下の2007年以来実に8年ぶりのことだ。

非政治分野及び民間の交流が順調に行われれば、韓国政府は「南と北は南北関係を改善するための当局会談をソウル、または平壌で早い時期に開催する」との「8.25合意」に基づき北朝鮮に南北当局者会談を呼び掛ける構えである。

盧武鉉政権までは総理会談をはじめ長官級会談、次官級の南北経済協力推進委員会などが行われていたが、李明博政権下の5年間は一度も開かれなかった。李政権が発足した2008年に「金剛山観光客射殺事件」、2009年に「テポドン発射」と「核実験」、2010年に「韓国哨戒艦沈没事件」と「延坪島砲撃事件」、そして任期最後の年の2012年には2度の「ミサイル発射」(4月と12月)があり、また韓国が「哨戒艦沈没事件」を受け、この年の5月から北朝鮮に制裁を発動したことが原因だ。

「8.25合意」に基づく南北の関係修復の動きは北朝鮮が「70周年」に合わせた「ミサイル=衛星」発射を自制したことに尽きる。北朝鮮が自制したのは、中国が北朝鮮の「70周年」行事に習近平体制になって一番格上の党幹部を派遣したことが大きいと韓国当局はみている。

確かに習近平政権は経済援助をちらつかせることで当面、ミサイル発射や核実験を食い止めるため最大限の外交努力をするだろう。実際に新華社報道によれば、訪朝した劉政治局常務委員は金第一書記との会見で、また労働党との会談ではカウンターパートナーの崔龍海政治局員に発射を自制し、6か国協議に復帰するよう要請している。しかし、中国の説得に北朝鮮側がどう応えたかは不明のままだ。

中国は「ミサイル」については、発射の時期を遅らせることができたとしても、止めさせることまではできないだろう。理由は簡単だ。北朝鮮は長距離弾道ミサイルではなく、衛星打ち上げが目的で、「北朝鮮にも宇宙を平和利用する権利がある」と主権を主張しているからだ。どこの国にも言えることだが、「主権」で妥協することは容易ではない。まして、人工衛星の打ち上げを国家目標に掲げ、人民生活を犠牲にしてまで莫大な投資を行ってきただけにそう簡単に断念はできない。

但し、核実験については、金正恩政権は条件次第によっては交渉カードに使う余地があるようだ。しかし、その条件とは、米韓合同軍事演習の中止と、米国が平和協定の交渉を呑むことで米国にとってハードルが高い。中国は6か国協議の議長国として仲裁者役を買って出だが、北朝鮮の意を汲み米国を果たして説得できるだろうか?

米国からすれば、「ミサイル問題」では「発射するならやってみろ」との立場だ。北朝鮮が発射ボタンを押せば、それこそ飛んで火にいる夏の虫で、それを口実に韓国に高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を迫ることができる。配備されて困るのは、中国だ。東シナ海や南シナ海で米国と対峙し、自分の尻についている火も消せない中国に他人の火を消せるだろうか?と北朝鮮は疑心暗鬼だ。

金第一書記は70周年演説で休戦協定を平和協定に変えることを米国に呼びかけたが、当面オバマ政権がどう回答するのか、注視している。その意味では16日にワシントンで開かれる米韓首脳会談が注目される。

ミサイル発射の自制に値する「和平案」が出れば、発射のモラトリアムを延長するが、そうでない場合は、再び対決姿勢に転じるかもしれない。まして、10月下旬には日本海(東海)で米韓合同海上訓練がある。この訓練には米第7艦隊所属原子力空母「ドナルドレーガン」をはじめイージス駆逐艦、イージス巡洋艦など米艦船が韓国の駆逐艦や潜水艦と合同訓練を行うことになっている。

さらにこの米韓海上訓練期間中に世界最強のステレス戦闘機F-22も2機、20-25日の間に韓国に飛来する。ソウルで開催される国際航空宇宙及び防衛産業展示会でデモンストレーション飛行のためだ。北朝鮮が反発するのは必至だ。

韓国政府は26日までの南北離散家族再会事業に影響を及ぼさないよう、また北朝鮮をいたずらに刺激しないよう非公開にするようだが、公開であれ、非公開であれ、合同演習の狙いは海空から北朝鮮を軍事的に圧迫することには変わりがない。

北朝鮮は中国の立場を考慮し、しばし仲裁者としての時間的猶予を与えるものとみられるが、「もはやこれまで」と早い段階で見限るようなことになれば、いつでも、「ミサイル=衛星」を発射するだろう。

今月21日は核問題でクリントン政権との間で交わした「米朝ジュネ-ブ合意」21周年にあたる。来月(11月)は16日が「陸軍の日」であり、23日には「延坪島砲撃事件」5周年の日である。29日は一般に知られてないが、「航空の日」である。

年末の12月は、1日が「科学院」設立の日であり、6日は「科学工業の日」である。10日は「4大軍事路線」採択日であり、さらに「軍需工業の日」と重なる12日は3年前には「銀河=光明星3号」(テポドン3号)を発射している。そして17日は金正日総書記の命日(死去4周忌)である。

北朝鮮がその気になれば、発射の節目の日はいくらでもある。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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