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北朝鮮の対話攻勢の4つの狙い

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
昨年8月の南北高官会談

北朝鮮は党大会終了後、矢継ぎ早に韓国に対話を呼び掛けている。

北朝鮮の対話攻勢はまず5月16日に政府・政党・団体名義で「南朝鮮(韓国)当局が民族の自主と大団結の立場から何らかの提案をするならば、これに対し虚心坦懐に議論できる」との声明を出し、朴槿恵政権と対話の意思があることを初めて表明したことから始まった。

続いて、4日後の20日には最高権力機関である国防委員会が韓国当局向けの公開書簡で具体的に南北軍事会談の開催を求めた。翌21日には所管の人民武力部が韓国国防部に通知文を送り、実務接触を5月末、または6月初めに行うことを提案した。

韓国国防部宛ての通知文は西海(黄海)地区軍通信線を通じて行われた。一方的に切断していたホットラインを再開させることで対話への熱意を示すと同時に実務接触の時期を具体的に提示することで本気度を見せつけようとしているようでもある。

では、党大会直前まで核とミサイルで暴れまくっていた北朝鮮が一転軟化し、韓国に「対話攻勢」を仕掛けた狙いは何か?

第一に、「教示」とされる金正恩党委員長の「言葉」を実行に移すことにある。

金委員長は党大会での事業総括報告で「我々は朝鮮半島の平和と統一に向け、まず南北軍事当局間の対話と交渉が必要と認める」と述べ、南北軍事会談開催の必要性に言及していた。国防委員会は公開書簡の中で金委員長の提案に回答するよう韓国政府に強く求めていたことからも、北朝鮮の意図が透けて見える。

北朝鮮の対話提案は事態を打開するための方策である。昨年8月にも「地雷事件」を端に一触即発の状態にあった軍事緊張を緩和するため韓国に安全保障担当の高官と統一担当の高官による「2プラス2会談」を呼び掛け、実現させた経緯がある。

今回も、明らかにその再現を狙っている。折しも先月30日に就任したブルックス在韓米軍司令官が5月12日に「(北朝鮮との)対話と協力は続けられる必要があり、それらが再開されることを期待する」と発言していたことからチャンス到来とみたようだ。

韓国政府は「非核化が先」として、実務協議の開催に応じない構えでいることから韓国をテーブルに着かせるため「韓国側の懸念についても話し合う用意がある」と譲歩する姿勢を見せるかもしれない。仮に韓国が応じれば、四面楚歌の状態から突破口を見出すことができる。

第二に、同時に国際社会の風圧を交わすことができる。

北朝鮮は韓国当局が応じないことも想定して、対話を呼び掛けている。そのため北朝鮮の対話攻勢は国際社会による北朝鮮封じ込めを回避するための方策と言えなくもない。そのことは、対韓担当の金英哲副委員長ではなく、宣伝担当の金己男朝鮮労働党副委員長が前面に出たことから窺い知れる。

北朝鮮に対する国際社会の圧力と制裁は日増しに強まっている。永世中立国のスイスが18日、北朝鮮関連の資産凍結、金融取引禁止、贅沢品の禁輸品目の拡大など独自制裁を実施し、友好国のロシアも中央銀行が19日、北朝鮮との金融取引を事実上中断するよう指示を出した。また、26日から伊勢志摩で開かれるサミットでは北朝鮮の核問題にスポットが当てられる。

仮に北朝鮮の対話の呼び掛けを韓国政府が拒否すれば、朝鮮半島の安定と平和を阻害しているのは韓国であることを国際社会にアピールすることができる。そうすることで、北朝鮮に対する制裁と圧力で結束しつつある国際社会の足並みを乱すことができる。

第三に、韓国への揺さぶり、攪乱の狙いも隠されている。

今春の総選挙で与党・セヌリ党が大敗し、与野党の議席数は逆転し、朴槿恵政権はレイムダックに入り始めた。野党3党は与党よりも北朝鮮に融和的である。すでに野党の中には圧力一辺倒ではなく、対話も重視すべきとの声が上がっている。韓国に対話を呼び掛けることで野党が動き、朴政権の対北強硬策を修正させることができれば御の字である。

最後に、5度目の核実験を考えているとすれば、北朝鮮の提案はアリバイ作りと言えなくもない。韓国が軍事会談に応じないことを口実にできるからだ。

金委員長は3月10日に関係者に「早い時期に核弾頭の爆発実験を行うよう」指示したが、封印したままである。水爆も含めて金委員長が核開発を未完のままに終わらせる筈はない。まして党大会で「核戦力を質量ともに強化せよ」と訓示したばかりである。

今回の提案の中に「朝鮮半島での軍事的緊張を緩和し、第2の朝鮮戦争の勃発を事前に防ぐことは民族の生死存亡と直決される焦眉の急を要する問題である」との言及がある。来月25日は朝鮮戦争勃発日である。その3日後の28日には日米韓による北朝鮮のミサイル警報(防御)訓練が初めて実施される。北朝鮮のミサイル発射を想定して、探知追跡する訓練である。

思えば、金委員長は今年1月元旦の新年辞で「我々は南北対話と関係改善のため今後も努力する」と述べ、「民族の和解と団結、平和と統一を望む者であれば、誰とでもあって、民族・統一問題を虚心坦懐論議する用意がある」と述べていたが、この時すでに1月6日に水爆と称する4度目の核実験を行うことを決めていた。

北朝鮮が呼びかけた軍事会談のための実務者協議の開催を6月初までとしていることから韓国が応じなければ、核実験に踏み切るシナリオも用意されているかもしれない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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