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山口県に漂着した脱北者の日本への「暗示」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮の漁船

昨年11月から12月にかけて北朝鮮から集中的に木造船が漂着し、大騒ぎになったことがあった。その数は何と10余隻。生存者はなく、船倉から発見された30の遺体はほとんど白骨化していた。

今回、山口県長門市の仙崎港に漂流してきたのは遺体ではなく、生存者、それも遭難した漁師ではなく、25歳の脱北者であった。軍人ではなく、民間人とのことだ。

すでに山口県から長崎県大村市の入管に身柄が移管され、事情聴取を受けているようだが、「日本に留まりたい」という旨の話をしているようだ。事実ならば、最初から日本を亡命先に選んでいたのだろうか? 韓国ではなく、なぜ、日本なのだろうか?

これまでに船を利用した脱北者が「定住先」として日本を選ぶケースは極めて珍しい。脱北者が日本の海岸に漂着したケースは1987年の福井、2007年の青森、2011年の石川を含め29年間で3件程度に過ぎない。約10年に一度あるかないかだ。

韓国への脱北者は昨年1年間で1,276人。今年もすでに上半期だけでその数は749人に上る。先月1か月だけで150人が韓国に脱北している。韓国への脱北者に比べると日本を目指す脱北者はまさに皆無に等しいと言っても過言ではない。

それも、韓国への「中継地」として利用するか、あるいは進路が反れて、流れ着くかのどちらかだ。青森のケースは最初から新潟を目指していたが、コースが反れて青森に辿り着いた。どちらにせよ日本に無事到着すれば、確実に韓国に送還されると計算していたからだ。石川県のケースは最初から韓国への上陸を企図していたが、コースが外れて、日本に漂着してしまったパターンだ。

これから事情聴取が行われることになるが、おそらく年齢と性別以外に身元が明らかにされることはないだろう。これまでも氏名も履歴も顔写真も一切公開されることはなかった。北朝鮮に残された親族に危害が及ばないようにとの配慮のためだ。今回も同様の措置が取られるだろう。へたに公開すれば、北朝鮮が逆手にとって「漂流した」あるいは「拉致された」と難癖を付けて、返還を求めることも予想されるからだ。

それにしても、船を使った単独の亡命とは珍しい。これまで船を利用する脱北者は複数、それも家族や親族単位であったからだ。また、船をよくチャーターできたものだ。友人の船に乗せてもらい、友人はその船で北朝鮮に戻り、自分は途中から泳いで来たと言っているようだが、このようなケースも過去にはなかったケースだ。

脱北の動機についても「韓国映画を見たことが発覚し、警察に追われたので逃げて来た」と説明しているが、あり得る話だ。北朝鮮では韓国映画鑑賞は重罪で、捕まれば、見せしめとして公開処刑される恐れもあるからだ。これが動機ならば、日本政府は国連難民保護法や2006年に施行された北朝鮮人権法に則って人道的に対応しなければならない。

それでも、徹底した事情聴取は欠かせない。というのも、2000年から2005年6月まで韓国に亡命した脱北者4,080人のうち10.7%にあたる436人が北朝鮮や潜伏先の中国、あるいは逃亡地の第三国で重罪を犯していたことが明らかになったからだ。

韓国統一部の国政監査資料で判明したことだが、それによると、殺人10人、人身売買23人、麻薬密売10人、強姦・強盗・窃盗など151人、公金横領21人となっていた。あくまで自己申告によるもので、実際にはもっと多いものと推定されていた。また、韓国では工作員が脱北を装って韓国に侵入するケースも頻繁に起きている。さらには、北朝鮮にUターンしてしまうケースも2015年9月現在、16件も上る。

日本は距離が遠いうえ、日本海の波が高いため、命を落とす危険が高い。それでも今回のように船を使って、日本を目指す者は出てくるだろう。その証拠に福井に漂着した2家族11人は錆だらけの老朽化した50トンの小型船に乗っていた。石川県に漂着した大人6人と小学生ほどの男児3人、合わせて9人が乗った船はボートに毛が生えた程度の長さ約8メートルほどの小型船造漁船で、750kmも離れた日本海を渡ってきたからわけだから驚きだ。

韓国へのボートピープル第1号は1997年に新義州から脱出した2世帯14人による集団脱北だ。14人の中には1歳そこそこの幼児もいた。亡命直後にまた韓国に定着した後にも何度も彼らに会い、取材したが、一家の長は「難破の危険もあったが、子供や孫の将来のことを考えて決行した」と語っていた。船が転覆し、溺死したあのシリアの幼子の父親と同じ心境だった。

ボートピープルの日本亡命が成功したということが口コミで北朝鮮に伝われば、北朝鮮には脱北予備軍が大勢いるわけだから、今後日本に向かってくる脱北者が増えるかもしれない。まして中国ルートが厳しければなおさらのことだ。船の大小に関係なく、生きるためには、逃げるためには強奪してでも、船を手に入れてやって来るだろう。

今回を機に今のうちに対策を講じておく必要があるだろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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