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情報価値のある「VIP」の亡命には米CIAが関与

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
太公使夫妻を輸送した英国の軍用機

北朝鮮から韓国への亡命者(脱北者)は延べ3万人近くに上るが、米国にとって情報価値のある海外駐在の外交官や重要人物らの亡命には米CIAが関与し、協力している。従って、「大物」であればあるほど、CIAの影がちらつく。

北朝鮮から亡命した外交官と特権層の顔ぶれ

今回の英国駐在の太永浩公使(55歳)の亡命事件では失踪から韓国入りするまでの経路は「関連国との外交問題がある」(韓国統一部報道官)ことから極秘扱いとされているが、「ガーディアン」や「サンデー・エクスプレス」など現地報道によると、太公使の亡命意思を英外務省が確認し、米情報当局(CIA)に知らせた結果、少数の米国の関係者らが協議のため英国を訪れたとのことだ。

また、太公使夫妻と二人の息子はオックスフォードシャーのブライズ・ノートン空軍基地から用意された英国の空軍機で飛び立ったが、「同機には米国の関係者らも同乗していた」と、報じられている。

空軍機は離陸してから2時間後にドイツのラムスタイン米空軍基地に着陸し、太公使一行はここで他の航空機に乗り換えてソウルに向かったとされているが、この米軍基地は1991年に北朝鮮の外交官としては初めてコンゴ駐在の北朝鮮一等書記官の高英煥氏が韓国に亡命する際、CIAの保護を受けていた場所である。

「サンデー・エクスプレス」は「公使の亡命はまるでスリラー小説のように緊迫したものだった」と報じているが、失踪地からCIAが支援し、ドイツの米空軍基地を経由して無事亡命させるパターンは過去にもある。

金正日総書記の元妻の姉と姪の亡命

故金正日総書記の長男(正男)の実母である成恵淋(当時59歳)が1996年1月、13年間滞在していたロシアのモスクワを出国し、スイスに向かい、その後消息を絶ったことから韓国で大騒ぎとなった。

生活を共にしていた2歳年上の姉の恵良さんがモスクワを出発する直前、14年前に韓国に亡命し、ソウルでひっそりと暮らしていた息子(李韓永=1997年2月に殺害される)との通話で脱北を示唆していたことが明るみに出て「亡命騒動」に発展した。

その後、成恵淋は亡命せず、モスクワに戻り、姉と姪(李南玉)だけが滞在先のスイスで米国の情報関係者と接触し、スイスからやはりドイツのラムスタイン米軍基地に移され、亡命を果たしている。

銀幕の女王だった成恵琳は1969年に金総書記と同居し、71年に正男氏が誕生した。ところが、金総書記が正恩委員長の実母(高容姫)に心を寄せたため別居。北朝鮮にいられず、しばらくしてロシアに渡り、死去する2002年5月までモスクワで暮らしていた。

張承吉駐エジプト大使亡命

張承吉駐エジプト大使(当時49歳)が夫人とフランスに駐在していた経済担当参事官の兄と共に米国に亡命したのは1997年8月。同居していた当時19歳の息子がカナダに亡命したため帰国後の粛清を恐れ、後追い亡命したと言われている。

張大使は金日成大学でアラビア語を学び、1976年から外交部に勤務し、1988年には中東担当5局長、そして大使就任前は外交部副部長兼朝鮮外交協会副会長のポストにあった。エジプトには金日成主席が死去した年の1994年7月に大使として赴任していた。夫人(崔恵玉)は北朝鮮が世界に誇る「花を売る乙女」の元主演女優で、万寿台歌劇団の女優であった高容姫夫人とは親しい関係にあった。

北朝鮮大使館は張夫妻の失踪が判明した翌日になってエジプト当局に捜査を要請。北朝鮮の友好国であるエジプト政府は空港や港湾で出国記録をチェックしたが、確認できなかった。張夫妻が偽名を使ったからだ。大使夫妻はカイロ市内の米CIAアジトに3日間潜伏した後、米大使館が用意したパスポートを使って8月25日に出国したことがその後、判明した。

張大使の亡命には米CIAが絡んでいたことは当時ワシントンポスト(8月28日付)などで報道されていたが、それによると、張大使は亡命への見返りとして直前までCIAに情報を流していた。北朝鮮によるエジプトなど中東諸国へのミサイル輸出を調べていた米CIAは張大使の米国亡命を「金塊を発見したような気分だ」と比喩していた。

金正恩委員長の叔母の亡命

金正恩委員長の叔母に当たる高容淑(当時42歳)さんは金委員長が兄(正哲)の後を追い、1996年にスイス留学した際に親代わりとして生活の面倒を見てもらった最も近い肉親である。

容淑さんは姉(容姫)が乳癌を発症した年の1998年5月、夫の李剛(別名:朴剛)氏と共にベルーンにある米大使館に駆け込み、米国への亡命を申請した。

米国には「鄭イルソン」名義の偽造パスポートを使って夫と共に数回米国を旅行していたようだ。亡命から7年後、韓国紙「朝鮮日報」(2005年1月19日付)は「米情報機関の調査の結果、鄭イルソンと朴某とは偽造パスポートを使用して米国を数回訪問していた」と報じていた。

当時、二人は「金正日の秘密をあまりにも知り過ぎたため、殺されるかもしれない」と、亡命の動機を語っていたようだが、亡命から18年経った今年、李剛氏は「ワシントンポスト」(5月27日付)とのインタビューで「病気の治療と北朝鮮権力の非情さに嫌気がさしたからだ」と米国亡命の理由を吐露していた。

李氏は20時間に及ぶインタビューで「スイスのペルーンの米大使館に駆け込み、亡命を申請し、数日後にフランクフルトの米軍基地に移送され、そこで数か月間調査を受けた」と証言している。

亡命から5年後、韓国誌「月刊朝鮮」(2003年9月号)は金総書記がスイス銀行に40億ドルの秘密資金を隠し、米国や英国の証券取引所で運用して、稼いでいる実態を高夫妻が米政府に詳細に伝えていたと報じていた。

駐英公使の韓国亡命で金正恩体制は揺らぐか

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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