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相次ぐ処刑の実態は金正恩委員長の「なめたらあかんぜよ!」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
党大会での眼光鋭い金正恩委員長

韓国統一省は8月31日の会見で、北朝鮮の金勇進教育担当副首相(63歳)が「7月に処刑された」との情報を明らかにした。中央日報(8月30日付)が「スクープ」として報じた黄民元農業相(2012年4~2013年4月)の処刑についてはまだ裏が取れてないようだ。

金勇進副首相の罪状は「反党反革命分子」「現代版分派分子」とのことのようだが、5月の党大会、7月の最高人民会議に出席した際の姿勢が悪かったことが発端となったようだ。「姿勢が悪い」というので踏ん反り返って座っていたか、居眠りをしていたかのどちらかと思っていたら、どうやら金正恩委員長の演説中に眼鏡を外しては拭いたりして、集中して聞いてなかったことが問題となったようだ。

確か、昨年は国防大臣にあたる軍No.2の玄永哲人民武力相が金委員長演説中に居眠りをしたことが問題となり、これもまた「反党反革命分子」として銃殺刑に処せられたことはまだ記憶に新しい。

日本のメディアの中には父親の金正日時代には粛清や地方への左遷などはあったものの即処刑はなかったと書いているところもあったが、金正日時代にも処刑は数多くあった。

幾つか、その実例を挙げてみる。

金日成主席の死去(1994年)から3年間、喪に伏せていた後継者の金正日氏が総書記に就任した1997年に徐寛熙党書紀(農業担当)を農業政策の失敗と食糧危機の責任を転嫁し「米帝国主義の指示を受け、我が国の農業を破綻させたスパイ」との罪名で処刑している。

翌年の1998年には経済特区への外資誘致に奔走していた金正宇対外経済協力推進委員長と金文成対外経済委員会副委員長を不正蓄財の容疑で処刑している。この年にはまた、権煕京党対外情報調査部部長をソ連大使時代の公金横領容疑と「ソ連のスパイ」容疑でこれまた処刑している。張範淋人民武力部偵察局副局長もこの年に処刑されているが、本当かどうか定かではないが、北朝鮮は「拉致問題絡みで処罰」したと日本側に説明していた。

拉致問題と言えば、小泉―金正日首脳会談をセットした「ミスターX」こと柳敬国家安全保衛部副部長も2011年に不正蓄財及び韓国に機密を漏らしたとのスパイ罪で銃殺されている。「反党反革命分子」を摘発し、銃殺する側の国家安全保衛部のNo.3がいとも簡単に処分されるわけだから金正日時代の粛清も凄まじいの一言に尽きる。

この他にも崔承哲統一戦線部副部長が2009年に対韓政策の失敗で、また朴南基党計画財政部長がデノミ政策失敗で2010年に相次いで処刑されている。

朴計画財政部長の処刑は2013年12月に処刑された張成沢党行政部長兼国防副委員長の罪状の中で「2009年年万古逆賊朴南基の奴をけしかけて数千億ウォンに上る紙幣を濫発しおびただしい経済的混乱を招来させ民心を惑わすべく背後操作した張本人もまさにこの張成沢だ」と書かれていたことで判明している。

こうしてみると、金正日時代にも処刑は絶えなかったが、その多くは、失敗の責任を取らせる形となっており、金委員長の逆鱗に触れ、それが発端で査問を受け、処刑されるようなケースはほとんどなかったようだ。

(参考資料)金正恩政権が不安定な主な5つの理由

金正恩政権下での罪名は反党、反革命、宗派行為から命令服従、横領など不正や職務怠慢など様々だが、2013年に叔父の張成沢党行政部長(国防副委員長)が「傲慢な態度」や「政治的野心を抱いている」ことなどを理由に処刑され、部下の張守吉党行政部副部長も李龍河党行政部第一副部長も、また親族である張勇哲マレーシア大使(張成沢の甥)や全英鎮キューバ大使(張成沢の義兄)もこの年の12月に召還され、処刑されている。

また、判明しただけでも、翌年の2014年には金哲人民武力部副部長、朴春興党副部長、李松吉海州市党書記が枕を並べて処刑されており、2015年には趙英男国家経済委員会副委員長と玄永哲人民武力相が銃殺刑に処せられている。さらに、崔英健副首相も「金委員長の山林緑化政策に不満を漏らし、銃殺された」と言われている。

金正恩政権の粛清は、急死した父・金正日総書記の後を受け、政権を発足してから一年も絶たない2012年7月に当時軍No.1だった李英鎬軍総参謀長を電撃解任したことから始まり、その絶頂がまさに叔父・張成沢氏の処刑である。

(参考資料北朝鮮から亡命した外交官と特権層の顔ぶれ

玄永哲人民武力相の銃殺刑の直後の労働新聞(7月13日付)2面に掲載された「野戦型の指揮官」という見出しの記事に「敬愛する最高司令官同志の命令には『わかりました』という答えしか知らない軍司令官だけが真の同志である」と強調し、金正恩委員長の指示、命令には「わかりました」と無条件従うよう促していた。玄永哲大将は金委員長の命令、指示に一言「かしこまりました」と言わなかったのか、どちらにしても死刑とは何とも哀れ極まりない。

公安部長として2011年2月に訪朝し、金正恩委員長と面談した孟建柱中国国務委員兼中央法制委員会書記は帰国後、金正恩氏について「年齢が幼いと見くびってはいけない」との報告書を挙げていたが、若いからと言って、なめたり、軽んじたり、侮ったりすれば、情け容赦なく、粛清する金委員長の気質を見抜いていた。

韓国の「国情院」が公開した「北朝鮮内部特異動向資料」によると、過去3年間に銃殺された幹部は2013年30人、2014年31人、2015年8人に上る。

それにしても、父親に忠実に使えていた功労者らを「俺の言うことを聞かない」と次々と処刑してしまうやり方が一体いつまで続くのだろう。

(参考資料駐英公使の韓国亡命で金正恩体制は揺らぐか

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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