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暗殺・クーデターを防ぐ金正恩委員長の「守護神」保衛司令部の実態

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
右端が随行者で唯一銃の携帯が許されている保衛司令部員

父親の金正日総書記が党総書記に就任したのは1997年10年8日。金日成主席死去(1994年7月)から3年後であった。しかし、最高司令官と国防委員長のポストは金主席生存時に就任していた。

金正恩委員長も金総書記死去(2011年12月)翌年の2012年4月に新たな最高ポストである党第一書記と国防第一委員長に就任したが、最高司令官のポストは金総書記死去2週間後には継承していた。また、2010年にデビューした時にはすでに党軍事委員会ではNo.2.の副委員長の肩書が与えられていた。

二人に共通しているのは、まずは軍を掌握しようとしたことだ。スタート当初は相当部分軍部に依存せざるを得ないからだ。というのも、軍は後継体制の存亡を左右するからだ。古くは、ルーマニアのチャウシェスク政権が軍の造反で崩壊したこと、近年では2014年にタイで軍事クーデターが発生し、陸軍司令官が権力を奪取したこと、また今年トルコで起きた軍の一部勢力によるクーデター未遂事件が何よりもそのことを物語っている。金正恩一人独裁体制を維持するには武力集団である軍部の動向を監視し、クーデターの動きを未然に防ぐ必要がある。

参考資料:テロ、暗殺、賄賂、心理作戦を警戒する金正恩体制

韓国の情報機関・国家情報院が公表したデーターでは、金正恩体制下で銃殺された幹部は2012年3人、2013年30人、2014年31人、2015年8人。罪名は反党、反革命宗派行為、スパイ、命令服従、横領や不正蓄財、職務怠慢など様々だ。 

金正恩政権下では実質No.2のポストにあった叔父の張成沢国防副委員長(大将)をはじめ金哲人民武力部副部長(中将)、玄永哲人民武力相(大将)らが処刑され、李英鎬軍総参謀長(次帥)、全昌復人民武力部第一副部長(上将)、辺仁善軍第一副参謀長兼作戦局長(大将)ら多くの軍幹部が粛清されている。張成沢大将には「国家転覆陰謀」の罪が着せられ、李英鎬次帥には金委員長の命令に従わないとして「反革命分子」のレッテルが貼られていた。

かくも多くの将軍らが処刑、粛清され、亡命者まで出ている状況なのにそれでも金体制に反旗を翻すようなクーデターの動きは微塵もない。一にも、二にも、監視の目を光らせているからに他ならない。

反革命や反党行為、国家反逆行為、即ち、謀反やクーデター、デモなどを監視し、封じ込めるのが保衛司令部(保衛総局)と護衛司令部(護衛総局)、そして情報機関の国家安全保衛部の三つの機関だが、中でも保衛司令部はその要である。

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保衛司令部は国家安全保衛部と異なり謎のベールに包まれている。

保衛司令部の前身は国家保衛部の統制下にあった「安全機関」と称される「政治安全局」で朝鮮戦争(1950年6月―1953年7月)時に人民軍内のスパイと反党・反革命分子を摘発する目的で作られた組織である。

朝鮮戦争休戦後の1956年には当時No.2だった朴憲永副首相を「米帝のスパイ」として「国家転覆罪」で処刑し、1968年には許鳳学軍総政治局長、金昌奉前軍参謀長、李考淳政治局員らを粛清している。許軍総政治局長は金日成首相(当時)の唯一指導体系を批判したこと、金前軍参謀長は国庫を浪費し、労農赤衛隊を軽視していたとの理由が挙げられていたが、実際はクーデターの動きを察知し、先手を打って、逮捕したと言われていた。そして、1960年代から70年代中盤までこの組織を率いていたのが、先月韓国に亡命した英国駐在の太永浩(テ・ヨンホ)公使の祖父と言われている太柄烈大将であった。

現在の保衛司令官は趙ギョンチョル大将で、金委員長が後継者に選出された2010年に党中央委員に選出され、この年の4月に軍総政治総局副局長に転出した金元弘大将(現国家安全保衛部部長)の後を受け、保衛司令官に起用されている。

保衛司令部は金委員長が軍部隊を視察する時に護衛司令部と共に警護も担当する。趙司令官は張成沢国防副委員長が処刑される直前の2013年11月に金委員長が出席して開かれた軍政治将校と防諜将校らの会合である軍保衛要員大会以降、金委員長の公開活動に随行する回数が大幅に増えている。

平壌市の大城区龍北区にある指揮所がある保衛司令部には11の部署がある。

1部の組織計画部は、保衛司令部のすべての業務を統轄する。軍団と師団以下の部隊への指示はすべて1部を通じて出される。2部の調査部は、スパイや反党、反革命分子を摘発する。3部の予審部は、2部が摘発した犯罪者を尋問する。4部(観察部)は軍事物資の横領など軍関連犯罪を扱う。脱走者を追跡するセクションは6部で、将校らの家や自宅、それにホテルでの電話を盗聴するのは技術部の7部である。さらに、外国に派遣されている武官や人民武力部傘下の貿易担当者らを監視するのが11部である。11部は国境検問所も担当する。

この他に保衛軍官らを選抜、任命する業務を行う幹部部や保衛司令部要員らの思想を統制する政治部などがある。

軍団と師団には軍団保衛部と師団保衛部があり、軍団長と師団長の一挙手一投足をチェックする。軍団長と師団長は兵力を直接指揮するだけに彼らが私組織を作ってクーデターを画策しないか、金委員長に対する忠誠心に変わりがないかをチェックしている。意外なのは、国家安全保衛部や日本の警察にあたる人民保安省にも保衛司令部の要員らが配置され、内部の動静を把握していることだ。

保衛司令部は金委員長の目となり、耳となっている限り、クーデターが起きる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。

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ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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