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韓国でクーデターは起きないか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
ソウル市庁前広場での12日の朴大統領の退陣を求める集会

大統領絡みのデモが奇しくも米国と韓国でほぼ同時に発生した。

米国は当選したトランプ次期大統領への抗議デモで、韓国は現職の朴槿恵大統領への抗議デモ。米国も全米各地で、韓国も全土でデモが同時多発的に起きた。

どちらのデモも「大統領として認めない」「我々の大統領ではない」をスローガンに掲げて、「反対」及び「辞めろ」の合唱、オンパレードだった。但し、両国のデモには決定的な違いがあった。

一つは、米国ではオレゴンなど一部都市でデモが暴動化したことやロサンゼルスをはじめ各地で逮捕者が続出したのに対して「国民大行進」と称された韓国のデモは最後まで秩序正しく、平和裏に行われたことである。

もう一つは、米国の「反トランプデモ」はトランプ氏の本拠地「トランプタワー」のあるニューヨークで1万人程度しか集まらなかったのに対して韓国は首都ソウルにニューヨークデモの100倍の100万人(主催者発表)が結集したことである。仮に、韓国の警察発表の26万人だとしても、ソウルでのデモはニューヨークよりもはるかに大規模デモであったことには変わりはない。

「崔順実スキャンダル」が表面化してから毎週土曜に行われる韓国のデモは主催者発表と警察発表には毎回大きな開きがある。初回の10月29日は2万対9千人、二度目の11月5日は20万対4万5千人、そして今回(12日)は100万対26万人である。警察は当初、今回のデモについては16万~17万人と予想していたわけだから、警察の見通しよりも10万人も多く参加したことになる。韓国では通常、警察発表と主催者発表を足して2で割った数が正確と言われるが、その計算で行くと、12日のデモには少なくとも63万人が参加したことになる。

仮に主催者の発表とおり、慶尚南道の釜山や全羅南道の光州など地方からの参加者6万人を含め100万人が募ったならば、建国(1948年)以来最大規模のデモという評価は別にして、少なくとも韓国では米国産牛肉の輸入再開に抗議した2008年6月10日(主催側推計70万人、警察推計8万人)のデモを上回る21世紀最大規模のデモであったことは間違いない。

一部与党議員も含め政党、社会、市民団体から労働者、農民、大学教授や学生、さらには芸術家、音楽家、映画界、文化人など各界各層から、そして主婦を含む老若男女の一般市民が石を投げ、鉄パイプを振るうなど過激な行動に走ることなく、「朴槿恵(大統領)退陣」を合唱し、蝋燭を片手に青瓦台(大統領府)近くまで整然とデモ行進したのはそれだけ国民が成熟したことの表れかもしれない。だからこそ、「ワシントンポスト」や「ロイター通信」など外信が「これまでの韓国のデモとは明らかに異なる」と絶賛しているのだろう。

確かに近年、韓国のデモは暴力など過激な行動は影を潜めている。大統領直接選挙制を求め立ち上がった1987年の民主化デモを機に国民の民度が高まったことが一つの要因に挙げられている。

しかし、問題はこれからだ。デモは今回で終わるとの保障はない。100万人が首都に結集し、「ノー」を突きつけても、朴槿恵大統領が退陣しない場合、国民の怒りは今週末に4度目のデモとなってぶつけられるだろう。再度、平和デモに徹すれば、何の問題も起きないが、仮に、辞めない朴大統領に苛立ち、暴動化し、混乱が生じた場合、あるいは治安が悪化し、警察力だけで収拾できない場合、軍が前面に出てくる可能性もゼロではない。

警察は12日のデモに警察・機動隊272個中隊、合わせて2万5千人を配備したが、昨年11月に全国民主労働組合総連盟(民主労総)など53団体が主催した「民衆総決起」集会(警察推算、団体側推算13万人、警察推定6万4千人)では約2万2千人の警察力と警察バス700台・トラック20台を動員し、規制にあたったものの死者を出し、警察官や機動警察なども113人が負傷した。

今後、警察力で治安が回復できない場合は、追い込まれた朴大統領が大統領権限である戒厳令を宣布することもないとは言えない。朴大統領を支持する60代から70代の700人前後デモ隊がソウルで集会を開き、「朴大統領の退陣デモに参加しているのは民主主義を破壊する従北左派勢力である」と非難し、主催者の一人であるソン・サンデ「ニュースタウン」発行人に至っては「朴大統領は直ちに戒厳令を宣布し、アカらを一人残らず捕まえろ」と叫んでいたことも気になる。

また、8日に開かれた国会法制司法委員会で与党・セヌリ党のキム・ジンテク議員が「北朝鮮はすべての宣伝媒体を使って『11月12日にすべてを終わらせろ』と扇動している。乱数放送も16年ぶりに再開している。11月5日の民衆総決起集会に出て来た中高校生らは『革命政権を打ち立てよう』と言っていたが、北朝鮮が裏で操っているのでは」と司法長官に調査するよう求める発言を行ったことも気になる点だ。全斗煥軍事政権が1980年5月に全羅南道・光州での民主化要求デモを武力で鎮圧した際に「デモが北朝鮮によって扇動されている」ことを口実、大義名分にしていたからだ。

韓国では過去に2度、政治的混乱を理由に戒厳令が敷かれ、最期は軍がクーデターを起こし、全権を握った歴史がある。

一度目は、1960年4月に初代の李承晩政権が学生デモで倒され、政治混乱を招いた時「北の脅威」を理由に陸士8期卒を中心とした朴正煕少将率いる軍将校らがクーデターを起こし、実験を掌握している。

二度目は、後に大統領となった朴正煕氏が1979年暗殺され、政治空白が生じた時、これまた「北の脅威」や「安全保障」を理由に陸士11期卒の全斗煥国軍保安司令官や盧泰愚第9師団長らが決起し、戒厳令を敷き、「ソウルの春」(民主化)が潰し、1980年に軍政を敷いている。

金泳三文民政権が誕生した1993年2月以来、軍の政治への介入は26年間途絶えているが、「北の脅威」は現存したままである。それどころか、ミサイルと核開発によってその脅威は以前よりも一段と強まっているというのが韓国軍部の認識である。

北朝鮮はいつでもミサイルを発射できる状況に加え、金正恩委員長が韓国の混乱に乗じ、前線部隊の視察など軍事的挑発を繰り返している時に国内が混乱している状況は軍にとっては耐え難いことである。まして、朴槿恵退陣に伴う政変で北朝鮮に融和的で、かつ高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の配備にも、日本との機密情報共有を可能にする軍事情報包括保護協定(GSOMIA)にも反対の立場を取る野党政権の誕生は軍部にとっては望ましくないのは言うまでもない。

今の韓国は昔と比べ、民度も高まり、クーデターを許す土壌はない。軍も近代化された。とは言え、東南アジアのタイでは一昨年、女性首相であるインラック・シナワトラ氏が国家安全保障会議事務局長を異動させ、親類を後継ポストに就かせたのは職権乱用であると問われた裁判で失職したのを機に発生したデモによる国内の混乱に乗じ、軍が「平和と秩序」の維持を名目に戒厳令を敷き、最期は軍政を敷いたことはまだ記憶に新しい。

先進国入りを目指す韓国でまさかクーデターが起きることはないとは思うが、「もしかしたら」との不安もよぎる。「二度あることは三度ある」という諺があるからだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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