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佐賀県知事選の結果は、ネット選挙(落選運動)の影響によるものか?

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

2015年の佐賀県知事選の結果が出た。無所属の新人で元総務省過疎対策室長の山口祥義氏が当選した。

佐賀県知事選 新人の山口氏が初当選 NHKニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150111/t10014607651000.html

この選挙が注目されたのは、前武雄市長の樋渡啓祐氏が出馬していたことによる。

「改革派市長」として知られる同氏が武雄市長を辞職して、後継の市長選挙とダブル選挙になったこと、

自民党本部と公明党が樋渡氏を推薦したのに対して、一部県連と佐賀県JAの政治団体「県農政協議会」は山口氏を推薦したことで、注目を集めていた。4月の統一地方選の前哨戦としての意味合いもあった。これらの理由によって、大いにネットの注目も集めた。

両者の明暗を分けたものは、何だったのだろうか。

一部には、ネット選挙、とくに激しく展開された樋渡氏に対する落選運動の影響ではないかという声もあるようだ。

幾つかデータを見ながら、解釈してみたい。

佐賀県選挙管理委員会事務局は、以下のように得票数を報じている。

開票率 100.00%

・いさがい 良隆 : 6,951票

・ひわたし 啓祐 :143,720票

・山口 よしのり  :182,795票

・島谷 ゆきひろ : 32,844票

(「佐賀県知事選挙 開票結果(確定23時18分発表)」より引用)

また投票結果は以下のとおりである。

・当日の有権者数: 675,865人

・投票者数     : 369,114人

・棄権者数     : 306,751人

・投票率      : 54.61%

(「佐賀県知事選挙 投票結果(確定22時35分発表)」より引用)

※投票率は、過去最低。

また、以下は、JAさがの組合員数、役員数、職員数である。

大まかに足し合わせると、約8.8万人の強い利害関係者が存在することを意味する。

組合員数 正組合員数 44,126人

准組合員数 40,596人

合計 84,722人 (平成26年3月末現在)

役員数 理事 74人(うち常勤14人)

監事 9人(うち常勤2人)

合計 83人 (平成26年7月1日現在)

職員数 正職員 2,011人

その他職員 1,019人

合計 3,030人 (平成26年3月末現在)

(「JAさがの概況」より引用)

この8.8万票が、山口氏を推薦した「県農政協議会」がもっとも組織化できる票数であり、政治への影響力の源泉といえるだろう。

この8.8万票を2倍すると、16.7万票、3倍すると26.4万票になる。農業が比較的家族経営で営まれていると考えるなら、2倍、3倍という数字は、家族の票数等に相当すると考えられる。ただし、コアの8.8万票と比べると、影響力、組織力は弱いとも考えられる。

これらをベースに、前回、同様60%ほどの投票率を想定していた場合、約40万票を奪いあうゲームが想定されていただろうから、

実際の山口氏の得票数は約18.3万票であるから、2倍+αといったところか。

一見強力な基礎票のようだが、むしろ「意外と動員が効かなかった」という印象を当事者らは持ったのではないか。民主党関係者やその他県連の支持を考えると、「+α」がかなり小さく感じられるからだ。

仮に3倍の26.4万票を押さえられたなら、いや、2倍+5万票の21.7万票で、前回同様の得票率の場合でも十分過半数を超えられる票を読めてしまうわけなので、アテが外れたという思いが強いのではないか。

苦戦した樋渡氏だが、保守分裂に加えて、流動的な無所属の票を、島谷氏と分けあってしまった可能性も否めない。

島谷氏は、ミュージシャンの三宅洋平氏や嘉田由紀子氏らの応援によって、若年世代や「新しいもの好き」といった

潜在的に樋渡氏を支援する可能性があった支持者を獲得したように見える。

とはいえ、今回の得票率では、約3.3万票の島谷票が全て樋渡氏に入っていたとしても山口氏に及ばないので、やはり低投票率の影響は効いているように見える。

これらを踏まえると、比較的シンプルに、今回の佐賀県知事選の結果も、(低)投票率と基礎票という既存の強力な変数が、選挙結果に大きな影響を与えたと考えるのが妥当ではないか。

換言すれば、ネット選挙(含む、落選運動)の影響は、むしろ小さいということなのではないだろうか。総務省の『平成 25 年通信利用動向調査の結果』によると、佐賀県の個人のネット利用率は、約80%、スマ―トフォンからの利用は約38.5%。首都圏や関西圏と比べると利用率自体が低いうえに、スマ―トフォンからの利用者が少ない。

PC中心のネットへのアクセスは(余談だが、佐賀はブロードバンド率が低いことが知られている)、相対的にアクセス頻度が少なく、またソーシャルメディアの利用者は若年世代が中心である。仮にネット上の落選運動に接触したとしても、投票行動への反映は、もちろんまったく影響を与えなかったというわけではないだろうが、未だ明確ではない。

ざっくり計算したので、計算ミス等ありましたら、適宜ご指摘下さい。

※※(1月14日 追記)

やまもといちろう氏はじめ、いろいろとネットでコメントもらって、いくつか注意を書くべきと思ったので追記しておきます。このエントリは、「検証」ではなく、「推論」による「仮説」です。平板な筆致と、「足し合わせると」とか「意味する」「計算する」とかいう記述はじめ、事実を表記した部分と推論の部分の区別しにくくしている点が、「検証として荒い」といったコメントを招くきっかけになった可能性があります。

ややこしい部分を書き換えようかな、とも思ったのですが、すでにだいぶネットに拡散してしまった後ですので、中途半端に書き換えるよりもこのように追記しておくことが望ましいように思いましたので、元記事はいじらずにおいておきます。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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