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「就活」や、自分が参加している/参加せざるをえない「ゲーム」のルールの把握に努めよう

西田亮介社会学者・東京工業大学准教授

ぼくの場合、人生で大切なことは少なからず、喫茶店で気がつく。

大阪梅田の繁華街の端っこの、お洒落なホテルと複合施設が入るビルの地下に、その喫茶店はあった。たまたま先日、そこで仕事をしていた。ふと気づくと、隣席で、女の子の学生二人組が、就活本片手に面接練習をはじめた。ふたりで面接練習するという発想自体はなかなか良い。

自分一人では、姿鏡でもないことには、自分の話方の癖やプレゼンテーションの傾向に気づくことはできない。お互いにプレゼンテーションして、修正していく、というのは1人では気がつかない課題に気がつく蓋然性を高める(気がした)。

ところが、そこでマニュアル本を片手に始まったのは、「わたしは物事を多角的に見て、物事の本質を自分の頭で考えることができる」というような文言から始めるプレゼンテーションだった・・・。

『新婚さんいらっしゃい!』ではないけれど、思わず、椅子から転げ落ちそうになった。

マニュアル本片手に、「わたしは物事を多角的に見て、物事の本質を自分の頭で考えることができる」と、2人で互いにプレゼンテーションすることの滑稽さに気づこうよ、と。いつかその気付きを2人が得ることを願った。だが、そんなことはなく、「物事の本質」を「自分の頭で考えている」人物像について、それぞれが自分の経験をもとに≒アルバイト経験とサークル経験をもとに、どんどんディーテールを煮詰めていく。

ありふれた、「就活」準備のワンシーンかもしれない。短期的には大卒新卒の状況も改善しているのだろう。だが、さて、本当にそれでよいのか。ぼくは、あまりそうは思えない。

高校までの勉強は、少なからず、正解がある。教科書、参考書を紐解いて、解答し、間違えたら、答えを見ながら、軌道修正していけばよい。ただし、大学以後の勉強、研究は、授業の実態はさておき、あまり正解がない。

就活は、多くの大学生にとって、はじめて参加する、(労働)市場のゲームだと思う。こちらには、まったく正解がないし、市場環境の変化で、自身の価値と価格(わかりやすくいえば、給料)が変化していく。正解は誰も知らないし、教えてもくれない。一般に(労働)市場のゲームは、差別化と希少性に価値と価格の源泉があるからだ。

その意味でマニュアル本が想定しているマーケットと、就活生が参加している市場も、実は必ずしも同じものではない。前者は基本的には書籍の市場だし、就活生は労働市場に参加している。この前提では、就活をしている皆さんは、マニュアル本の著者の規模の大きなクライアントにすぎない。そして来年には、また今年と同じように、自分が参加している市場のことをあまり知らない人が大量に参入してくることが期待できる特殊な市場でもある。

マニュアル本に書かれている知識や内容くらいは抑えてよいかもしれない。しかしそのまま真似をすると、その本の読者、数千〜数万人のうち、少なく無い人たちが同じように、同じフレーズを用いようとしていると考えるのが妥当である。

日本型雇用の習慣、終身雇用、年功序列型賃金は、それなりに人口も、経済も右肩上がりの時代には、うまく機能したように見えた。だが、最近ではさまざまな悪弊が相次いで見つかっている。わかりやすくいえば、ゲームのルールは変化している。かつて、日本を牽引した東芝は不正会計で揺らいでいるし、シャープ、ソニー、いずれも大変な局面にある。

そして、この状況は、90年代、半ばから一貫している傾向でもある。既に最近の大学生には、すっかり忘れられているけれど、当時の名門、有力証券会社、山一證券の不正会計発覚からの自主廃業までのプロセスなどを思い出すと、いろいろとデジャヴュに見える年長世代もいるかもしれない。

組織に最適化するか、市場に最適化するか。若いうちはまだよいが、前者に特化して、年齢があがったときに、市場環境が激変すると、これはなかなか厳しい。

4、50代になってから買い叩かれないように、能力向上に努めたい。たとえ勤務先が終身雇用でも。(西田亮介)- Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20150531-00046196/

そして、思い出してほしいのだけど、日本の直近のピークは、東京オリンピックを迎える2020年前後に来て、その後はだらだらとダウントレンドに入る可能性がかなり高い。ぼくもそうだが、就活をしている大学生のみなさんも、その頃まだ現役なのではないか。

就活もそうだが、自分が参加している/参加せざるをえない「ゲーム」のルールの具体的で、正確な把握に努めよう。まずはそこからだろう。友人も、先輩のアドバイスも絶対ではない。仮にいま、それで乗り切れたとしても、その後はどうか。友人、先輩と、みなさんが参加している「ゲーム」は必ずしも同じではない。

多くの重要な局面における意思決定を、随分、そういうものに頼って決めてきたかもしれない。

しかし、そろそろ、「物事の本質」を「自分の頭で考え」たい。

ざっくりとした教訓:「ゲーム」のルールを、きちんと把握しよう。

もう少し具体的な教訓:2人以上で、互いにチェックしあうピアレビューをするなら、少々、自分と違うタイプの友人知人や、社会人を入れたほうがなおよいかもしれない。

もう少し長い射程の教訓:今すぐ成果が出なくても、カイゼンを続けてはどうでしょう。意外と、人生は長いし、勝負の機会も多い。ただし矛盾するが、少年老い易く学成り難し・・・両者のあいだくらいに、「真実」はある、たぶん。

社会学者・東京工業大学准教授

博士(政策・メディア)。専門は公共政策、社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月東工大に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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