Yahoo!ニュース

日本経済新聞社による英フィナンシャル・タイムズの買収は日本の新聞社の構造改革の端緒になるか

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

日本経済新聞社による英フィナンシャル・タイムズの買収が、当の日経からもアナウンスされた。

日経、英FTを買収 ピアソンから1600億円で:日本経済新聞

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ23I5H_T20C15A7000000/

日本のメディア企業の挑戦として素直に喜ばしい。日本の新聞各社は発行部数でこそ世界でトップクラスの座を占めている。2011年時点でみると、世界の新聞発行部数の1位、2位、4位、5位にそれぞれ読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞がランクしている。

しかし、その一方で、日本語という言語の問題もあり、基本的にはビジネスの大半を国内を対象としてきた。言い換えると、メディアとしての存在感、プレゼンスも基本的には国内に留まっていた。発行部数の規模とは合致しない。

その意味では今回の買収は、日本の新聞社による、名実ともに世界トップクラスの経済紙の買収という挑戦であり期待したい。

とくに下記の記述の具体性はやや気になるところでもある。

両社は記者、編集者をはじめとする人的資源や報道機関としての伝統、知見を持ち寄り、世界的に例のない強力な経済メディアとしての進化をめざす。

出典:日経、英FTを買収 ピアソンから1600億円で:日本経済新聞

日本の新聞社の課題(の少なくとも一部)は、旧態依然としたコンテンツ(の文体や筆致)、やはり伝統的な報道手法とガバナンスの慣習、コンテンツとビジネス基盤のアンバンドリングにある。

なぜ、メディアの選挙報道は有権者に伝わらないのか――客観報道に加えて、意味内容の解説を(西田亮介)- Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20150413-00044777/

新聞の戸別宅配制度のない英米圏の新聞各社は、既に幾度かの激変期を経験済みである。80年台頃からのニューメディアに対するコンテンツ提供の試行錯誤、ネット対応、そしてリストラと売買収に伴うスリム化と人件費削減、ビジネスモデルの変質である。日本の新聞各社は、控えめにいってみてもいずれも中途半端に留まっている。ポジティブに捉えれば、読者の「信頼」と戸別宅配に支えられて変わらずにいられた。ネガティブにいえば、その基盤に支えられるがゆえに相対的に規模が小さい新領域への対応に失敗するという、アメリカの経営学者クレイトン・クリステンセンがいうところの「イノベーション(イノベータ)のジレンマ」状況にある。

今の大学生以下の世代には、就職活動の時期を除くと、新聞を読む習慣が形成されていない。現行の新聞各社のビジネスモデルはいつまで持続可能なのだろうか。

今回の日経新聞社の挑戦は、確かに新しいコンテンツやビジネスモデルも気になるところだが、メディア環境や背景、ビジネスモデルは違えど、シビアな変化に晒されてきた海外メディアの経験を活かし、日本の新聞社の構造改革の端緒になるかという点にも注目したい。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

西田亮介の最近の記事