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「第百九十三回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説」に見る「目玉政策の総取り」と野党の困難

西田亮介社会学者・東京工業大学准教授
(写真:ロイター/アフロ)

昨日1月20日に、今年の施政方針演説が行われた。施政方針演説とは、1年間の基本的な政府の方向性を示した演説であるから、2017年の政治の公式の展望ともいえる。それらは首相官邸のページで全文を読むことができるのみならず、動画を見ることもできる。

平成29年1月20日 第百九十三回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説 | 平成29年 | 施政方針/所信表明 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement2/20170120siseihousin.html

これを読んでの感想は、「目玉政策の総取り」とその裏返しともいえる野党の困難だ。「目玉政策の総取り」とはなにかといえば、多くの分野での(善かれ悪しかれ)注目されている、言い換えれば耳目を惹きやすい政策群をことごとく採用していることだ。「近隣諸国との関係改善」「挑戦」「地方創生」「イノベーションと規制改革」「被災地復興」「国土強靭化」「働き方改革」「女性活用」「成長と分配の好循環」「子どもたちが夢に向かって頑張れる国創り」などが、具体的な項目として挙げられている。

これらを見て気がつくのは、規制改革や働き方改革のようにこれまで野党発や野党の旗印になっていたような政策や、古典的なイデオロギー観では保守的とは言い難いような政策までも意に介することなく取り込んでいる。百花繚乱的いえばそうだし、昔から自民党は膨大な政策項目が並んだマニフェストを作ってきたともいえるが、それにしても、昨今メディアやネットでもしばしば取り上げられる注目度の高い、話題性のある政策が、注目されるままに並んでいるようにも見える。

もちろん実務面と世論との距離の近さといった観点から肯定的に評価することもできるが、それにしても思うのは、野党の困難だ。たとえば規制改革や成長と分配の好循環、働き方改革、女性活用などは、これまで民進党が得意としてきた分野だろう。そして個々の政策に書かれている中身は完璧とはいえないにせよ、向かうべき方向性に野党の主張と明確なギャップがあるようにも見えない。もしくは差異があったとしても、小さいか摺り合わせの余地がありそうだ。また地方創生やイノベーションと規制改革などはかつてのみんなの党や維新がシングルイシューではないにせよ、シンボリックな文言として用いてきた政策でもある。

野党と与党を比較すると、実行力という与党からみれば実績、野党からみればビハインドがある。それらを踏まえつつ、この施政方針演説を振り返ると、この施政方針演説で言及された政策群に対立軸をたて、それらを政策パッケージとしてまとめ上げ、さらに有権者の支持を獲得するのは相当難しいのではないかという印象を持った。年初の下記の論考などでも書いてきたが、この施政方針演説を見るだけでも、安倍政権の情報武装の戦略と手法には改めて注目すべき点が多々あるように思える。

【西田亮介】高度化する政治の情報発信。求められる報道の形とは

https://newspicks.com/news/1977784/body/?ref=search

最後にこれもやはり各所で何度も書いてきたのだが、この施政方針演説のなかで2017年が憲法施行70年の節目の年であり、憲法改正の議論を加速させたい旨に言及されている点に注目したい。とくに象徴的な節目と、憲法改正への意欲を重ねている点だ。実務的には憲法審査会の議論の動向だろう。

健全な政治(…とは何かの議論は必要でそれはそれで難しいが)のために政治の現実的な競争環境は必要に思えるだけに、野党の健闘や現実味のある政策論争を期待したいが、同時にその難しさも感じさせる施政方針演説だった。

社会学者・東京工業大学准教授

博士(政策・メディア)。専門は公共政策、社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月東工大に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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