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少年院からの社会復帰を阻む見えない壁――少年院送致決定後の高校退学措置は妥当か

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
多摩少年院入り口

およそ2週間前の2017年2月20日に、さまざまな若年無業者の社会復帰事業を手がける認定NPO法人育て上げネットのスタディツアーで多摩少年院を訪問した。近年、触法少年の社会復帰の問題に関心を持ち、先日来、少年院、鑑別所、矯正管区などを訪れ、下記の一連のエントリを書いてきた。まだ「研究」と呼べる水準の分析には至っていないが、先日出版した社会批評の新刊拙著『不寛容の本質』にも1章を割いた。

少年院法第18条と第40条(西田亮介)- Y!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20161014-00063241/

少年犯罪と社会復帰の「誤解」と「常識」をこえてーー茨城農芸学院再訪(西田亮介)- Y!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20160720-00060185/

少年院と少年犯罪について(西田亮介)- Y!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20160229-00054904/

改めて確認しておくと、少年院送致された少年たちは、処罰ではなく、矯正と保護の対象である。少年法は次のように定めている。

(この法律の目的)

第一条  この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。

(少年、成人、保護者)

第二条  この法律で「少年」とは、二十歳に満たない者をいい、「成人」とは、満二十歳以上の者をいう。

2  この法律で「保護者」とは、少年に対して法律上監護教育の義務ある者及び少年を現に監護する者をいう。

出典:少年法第一条、第二条

またメディアの報道の印象とは異なるかもしれないが、近年刑法犯少年の数は大幅に減少してる。凶悪犯(殺人、強盗、放火、強姦)や粗暴犯も同様だ。そのなかで今回アテンドしてくださった多摩少年院の方が「近年少年院に送られてくる少年は反社会的というより、非社会的だ」という主旨のことをおっしゃっていたのが印象的だ。いわゆるオレオレ詐欺などの特殊詐欺の末端など、犯罪行為だという認識が薄いまま犯罪に手を染めてしまう人も少なくないという。これは過去のスタディツアーで聞いてきた話とも合致する。

多摩少年院は、全国52ある少年院のなかでもっとも長い歴史を持つ。大正12年(1923年)に矯正院として設置され、規模も有数のものである。なお少年院は全国52それぞれ固有の特徴を有した施設になっている。新少年院法施行後の多摩少年院は全国で唯一、調査と支援を行う専門の支援部門を有する少年院でもある。調査は「入院・移送に関する業務」と「在院者情報に関する業務(データの収集、統計、在院者情報関連文書の作成・保管等)」からなり、支援は「出院に関する事務」「在院者の社会復帰支援に関する業務」からなるという。ここでいう社会復帰支援とは、「暴力団に属している者の離脱支援」「交友関係に問題を有している者の支援」「被害者等に対する謝罪等の支援」と多岐にわたるとともに、少年院内部の問題にとどまらず、少年院の業務の対象が広く社会に及んでいることがわかる。

また生活指導、職業指導、教科指導、体育指導、特別活動指導から構成される矯正教育は、法務大臣が矯正教育課程を指定し、それに基づき各少年院において少年院矯正教育課程を定め、それぞれの在院者に個別化された個人別矯正教育課程にもとづいて実施される。この矯正教育や社会復帰支援は最近では少年院内部のみならず、企業やNPOといったステイクホルダーとの連携で実施できるように法改正がなされた。2009年の広島少年院での教官による暴行事件がきっかけとなったが、それが少年院法第18条と第40条だ。

(関係機関等に対する協力の求め等)

第十八条  少年院の長は、在院者の処遇を行うに当たり必要があると認めるときは、家庭裁判所、少年鑑別所、地方更生保護委員会又は保護観察所その他の関係行政機関、学校、病院、児童の福祉に関する機関、民間の篤志家その他の者に対し、協力を求めるものとする。

2  前項の協力をした者は、その協力を行うに当たって知り得た在院者に関する秘密を漏らしてはならない。

(矯正教育の援助)

第四十条  少年院の長は、矯正教育の効果的な実施を図るため、その少年院の所在地を管轄する矯正管区の長の承認を得て、事業所の事業主、学校の長、学識経験のある者その他適当と認める者に委嘱して、矯正教育の援助を行わせることができる。

2  少年院の長は、在院者(刑法 (明治四十年法律第四十五号)第二十八条 、少年法第五十八条 又は国際受刑者移送法第二十二条 の規定により仮釈放を許すことができる期間を経過していない受刑在院者を除く。以下この条において同じ。)の円滑な社会復帰を図るため必要があると認める場合であって、その者の改善更生の状況その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、少年院の職員の同行なしに、その在院者を少年院の外の場所に通わせて、前項の規定による援助として在院者に対する指導を行う者(次項及び第五項第四号において「嘱託指導者」という。)による指導を受けさせることができる。

出典:少年院法第十八条、第四十条

今回のツアーで気が付いたのは、少年院からの社会復帰と教育の問題だ。最近では少年院からの社会復帰というとき、就労支援を対にして語られれることが多い。日本では就労が単に生計を立てるという側面のみならず、居場所や自己承認、新しい健全な関係性構築などと深く結びついているからだ。そのため協働を通して、新しい就労のルートと支援の態勢が模索されている。その一方で、多摩少年院には、進学したいという少年もいて、大学受験にも挑戦したという話を聞いた。

だが、その数は多くないという。何が、彼らが教育に向かうことを阻害しているのだろうか。厚労省の『平成28年賃金構造基本統計調査 結果の概要 学歴別』(リンク先PDF)によれば、どの年齢層においても、平均賃金は「大学・大学院卒」「高専・短大卒」「高卒」の順になっている。関連して思い当たったのが、高校等の退学措置の問題だ。要は不良行為が露呈したり少年院送致になった場合には、実質的に退学措置を取る高校は少なくないのではないかということである。そのことをツアー後の質疑応答のときに、多摩少年院の担当者に尋ねてみた。返ってきたのは、「高校は自主退学、大学は退学扱いになる事例が多い。非社会性を除去して、社会や教育に戻したいが(その場所が奪われ)、矯正教育の否定に思える」というものだった。

元職の法務教官も同種の見解を記していた。

少年院に入っても退学処分しない高校- 少年院教官・野呂の回顧録

http://blog.livedoor.jp/noro_makoto/archives/9290630.html

冒頭記したように、少年法は少年の矯正と保護を目的としている。ここでいう保護とは家庭環境等が考慮されている。そのことは今一度想起されてもよいのではないか。少年院での矯正教育は個人別矯正教育計画に基づく内容ありきの構成になっていて進捗状況に応じて期間等が考慮される。収容期間が決まっている懲役刑とは異なるものである。それらを終え、いざ社会に復帰しようと思ったときに、事実上の退学処分も課されていたとすれば、進学や一定の進学と学歴を前提とした就労は困難になるだろう。間接的に職業選択の自由が毀損されているのではないかと感じた。

さらにいえば、これはいわば二重のペナルティを課されているようなものである。それが今回のツアーで強く感じた違和だ。人が環境に応じて、確率的に間違いを犯す存在だと捉えるなら、そのように間違いを犯した人も再び社会内に安定的に包摂するルートの存在が当事者にとっても、また非当事者にとっても望ましいのではないか。事実上の退学などで特定の学校や社会から排除できればそのコミュニティにとっては厄介払いができたことになるのかもしれないがその挙句に、当事者が再び犯罪や犯罪集団に近づくようでは誰も救われないし、社会にとっても決して望ましいあり方ではない。もちろん程度問題は考慮されるべきだが、触法少年の社会復帰を阻害する教育という見えない壁の存在に気づいたツアーだった。

最後にこれは私事だが、今回のツアーでははじめてゼミの学生3人が同行した。理工系を専門にする学生たちで、彼らが直ちに問題に深く関わるというよりも、社会にこうした問題があるということを知って長いスパンで問題について考えてほしいという主旨からだ。彼らにとってはまったく未知の世界だったと思うが、これからも機会があれば、ゼミ生の同行も実施していきたい。最後に多摩少年院、認定NPO法人育て上げネットの皆さんに記して感謝します。

この日の多摩少年院のスタディツアーの様子は、やはりツアーに参加していたBLOGOSの永田さんもエントリを記していた。こちらもあわせて読んでほしい。

少年院在院者たちの「学びたい」「働きたい」という思い

http://blogos.com/article/212372/

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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