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「防げた事故、守れた命…」 園児が川遊びで死亡 岩手県と愛媛県の事例検証

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
園が企画した川遊びで、同じような事故が繰り返されている

慎之介が加茂川で溺死したのは2年前です。

この間、繰り返されないように、その思いを持って事件と向き合い声をあげ続けていますが情報が全く共有されない、活かされない現実を、再び、突き付けられました。

防げた事故、守れた命です。

[愛媛県で起きた吉川慎之介さんの水難事故遺族,吉川豊さん・吉川優子さんの言葉]

2年前の事故遺族が再発防止を訴えたその次の日に・・・

9月7日の日曜日、都内で「子ども安全学会」の設立集会が開催された。2012年7月に愛媛県西条市で、当時5歳の子どもを幼稚園の川遊び中の事故で亡くした遺族が、関係者とともに立ち上げた学会である。水難事故を含め、教育現場では判で押したように類似の事故が起き続けている。それらの「事故を二度と起こしてほしくない」という思いが遺族の根底にある。

その設立集会の翌晩、関係者たちはインターネットのニュースをみて、目を疑った。まるで同じ事故が、岩手県で起きたというのだ。

岩手県花巻市の事例

手作りいかだ転覆、5歳園児流され死亡 岩手・花巻

(2014年9月8日22時31分)

8日午前11時5分ごろ、岩手県花巻市上根子の豊沢川にかかる上根子橋付近で「5歳の保育園児が流された」と保育士から119番通報があった。約40分後、約50メートル下流で沈んでいる高橋尚誠(なおまさ)君(5)=花巻市狼沢=を消防隊員が見つけたが、間もなく死亡が確認された。

花巻署によると、園児24人と保育士ら5人が、タイヤと板を組み合わせた手作りいかだで川下りをしていた。それぞれ園児8人と保育士1人が乗った三つのいかだが次々に転覆。多くの園児が自力で立ち上がって無事だったが、高橋君の行方が分からなくなったという。川は深い場所で60センチほどで、全員が救命胴衣を着けていなかった。

出典:朝日新聞DIGITAL

事故の第一報と続報を総合すると、事実レベルでおおよそ次のことが見えてくる。

1) 川遊び中の事故。

2) 大人5人に園児24人。いかだは3つあり、1つにつき、大人1人と園児8人が乗る。(大人2人は岸に残る。)

3) いかだが転覆し、園児が投げ出され、1人が50メートルほど下流で見つかる(死亡)。

4) 救命胴衣等の準備なし。

愛媛県西条市の事例

事故は繰り返された。いまから2年前の2012年7月に愛媛県西条市で起きた吉川慎之介さんの死亡事故記事を、ここに掲載しよう。

両親 引率教員ら告訴へ――安全対策を問題視

西条署などによると、事故は12年7月20日午後3時半ごろ、お泊り保育の一環で、園児31人と引率教員8人が川遊びをしていた際、増水した川に慎之介ちゃんら園児3人が流された。慎之介ちゃんは約150メートル下流で沈んでいるのが見つかり、病院に運ばれたが死亡が確認された。両親らが事故時に現場にいた園児や引率教員らから聞き取りをした結果、流されたのは園児4人と教員1人で、園側は浮輪やライフジャケット、ロープなど安全確保や救命に必要な用具を準備せず、急な増水など川の危険に対する認識も不足していたと判明。

『愛媛新聞』2013年3月14日朝刊

上の記事と他の情報(遺族作成のウェブサイト)を合わせると、事故状況は次のように整理できる。

1) 川遊び中の事故。

2) 大人8人に園児31人。大人1人を除いて、全員が川や中州付近で遊ぶ。

3) 川の増水により避難を始めるも、複数の大人と園児が流され、うち1人が150メートルほど下流で見つかる(死亡)。

4) 救命胴衣等の準備なし。

事故は繰り返された

岩手県と愛媛県の園児の死亡事案。2つの事故のもっとも重要な共通点(過失)は,次のとおりである。すなわち,自然体験とくに河川での活動というリスクが高い状況に対して,園側がそれ相応の危機意識をもっていなかったという点である。

私たちがよく知るように、人工的に設計されたプールに比べて、自然の河川にはより多くの危険(急な深みや増水など)が潜んでいる。そこに「川遊び」「水遊び」と称して,屋内における教員と園児の人数比のまま、皆で足を踏み入れる。「遊び」とはいうものの,屋内の遊びよりは,はるかにリスクが高いはずである。それに見合った大人(監視役、付き添い役)の数が必要である。

屋内遊びの状況(大人対園児の比)が、そのまま河川という危険な場所で再現される。いかにも危険な場所で,まさにそのような事態が訪れた場合、はたしてどうやって無力な子どもたちを守るというのか。岩手県の事例でいえば、大人1人につき園児8人、愛媛県では大人1人につき園児4.4人(園児31人÷教員7人)、大人たちはすべての園児の安全を確保することができず、不幸にも1人の園児が大人の目と手を離れて流され溺れていったのである

私たち大人あるいは教育者は、自然体験を礼賛することはあっても、自然体験に脅威を抱くことはあまりない。それゆえ、屋内の感覚のまま、屋外のリスクが高い環境下へと足を運んでしまう。2つの事例いずれにおいても救命胴衣等の着用の有無以前に、その準備さえなかったというのは、園側はじめから河川のリスクを想定していなかったということであろう(そこまでしてリスクの高い状況での「遊び」が必要なのか、別途議論が必要である)。

「情報が全く共有されない、活かされない現実」

冒頭の言葉は,岩手県の死亡事故情報を受けて,愛媛県の事故遺族である吉川豊さん,優子さんが発したメッセージである。今回の死亡事故の最大の問題点は,吉川さんの言葉を借りるならば,過去に起きた事故の「情報が全く共有されない、活かされない現実」である。吉川慎之介さんの事案から私たちが学んだはずの教訓――リスクの高い自然環境下に出かけて,屋内と変わらない姿勢や意識で,突発的な事態に対応しうるのか――は,岩手の保育園にまで届くことはなかった。

次の事故を防ぐには,事実究明の徹底に加えて,究明結果の核心部分が全国の保育園や幼稚園に伝えられる必要がある。子どもの命にかかわることである。疎かにはできない。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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